「強くする」は逆効果―肥大型心筋症は"休ませて広げる"心臓の病気
第105回医師国家試験 I問題 第21問
国試問題にチャレンジ
肥大型心筋症で誤っているのはどれか。
- a.β刺激薬が予後を改善する。
- b.左室拡張末期圧が上昇する。
- c.心電図でT波の陰転化を認める。
- d.心筋細胞の錯綜配列が特徴的である。
- e.サルコメア蛋白の遺伝子異常で発症する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
肥大型心筋症は、明らかな圧負荷の原因がないのに左室心筋が不均一に肥大する疾患で、多くはβミオシン重鎖などサルコメア蛋白の遺伝子変異により常染色体顕性遺伝の形で発症します。病理では心筋細胞の錯綜配列、心電図では高電位や陰性T波(心尖部肥大型では巨大陰性T波)が特徴で、基本病態は硬い左室の拡張障害による左室拡張末期圧の上昇です。治療ではβ遮断薬や非ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬で収縮力と心拍数を抑えて拡張期を確保し、β刺激薬・ジギタリス・硝酸薬などは閉塞を悪化させるため避けます。突然死予防には植込み型除細動器が用いられ、血縁者のスクリーニングやFabry病などの鑑別も重要です。「収縮を抑えて拡張を助ける」という一つの原理で病態・聴診所見・薬剤選択を結びつけて理解すると、応用問題にも強くなります。
解答・解説
正解はaです
肥大型心筋症(hypertrophic cardiomyopathy:HCM)の病因・病理・病態生理・検査所見・治療を横断的に問う一般問題である。「誤っているのはどれか」を選ぶ形式なので、HCMの特徴として正しい記述を消去していけばよい。 HCMは、高血圧や大動脈弁狭窄症のように心臓へ圧負荷をかける原因がないにもかかわらず、左室心筋が不均一に肥大する疾患である。多くはサルコメア(心筋の収縮単位)を構成する蛋白の遺伝子変異によって起こり、病理では心筋細胞が乱れた方向に並ぶ錯綜配列(disarray)がみられる。肥大して硬くなった左室は広がりにくく(拡張障害)、左室拡張末期圧が上昇する。心電図では左室肥大を反映した高電位やST-T変化、陰性T波がみられる。 治療の考え方の軸は「心筋の過剰な収縮と心拍数を抑え、拡張期(心室が血液を受け入れる時間)を確保する」ことである。したがって、心収縮力と心拍数を高めるβ刺激薬は病態を悪化させる方向に働き、HCMの治療に用いられることはない。この点から a が誤りである。
選択肢考察
- ○a. β刺激薬が予後を改善する。
誤った記述であり、これが正解である。HCMで用いられるのはβ刺激薬ではなくβ遮断薬である。β遮断薬は陰性変力作用(収縮力を弱める)と陰性変時作用(心拍数を減らす)により、拡張期を延長させて左室の充満を改善し、閉塞性HCMでは左室流出路の圧較差を軽減して、息切れ・胸痛・失神などの症状を和らげる。心房細動を合併した際の心拍数コントロールにも使われる。反対にβ刺激薬(イソプロテレノール、ドブタミンなど)は収縮力と心拍数を高め、流出路狭窄を増悪させ得るため避けるべき薬剤であり、予後を改善することはない。なお、突然死の予防に確実に有効なのは植込み型除細動器(ICD)であり、薬物治療の主な目的は症状の改善である。
- ×b. 左室拡張末期圧が上昇する。
正しい記述である。肥大した心筋は壁が厚く硬いうえ、線維化や心筋弛緩の障害も加わり、左室のコンプライアンス(広がりやすさ)が低下する。このため拡張期に同じ量の血液を受け入れるにも高い圧が必要となり、左室拡張末期圧が上昇する。これは左房圧・肺静脈圧の上昇につながり、労作時息切れや左房拡大、心房細動の原因となる。収縮能は保たれることが多く、拡張障害がHCMの基本的な病態である。
- ×c. 心電図でT波の陰転化を認める。
正しい記述である。HCMでは左室肥大を反映して、胸部誘導のQRS高電位、ST低下、T波の陰転化(陰性T波)がみられることが多い。特に肥大が心尖部に限局する心尖部肥大型心筋症(日本人に比較的多い)では、前胸部誘導に10 mm(1.0 mV)以上の深い陰性T波(巨大陰性T波:giant negative T)が出現するのが特徴である。また中隔肥大を反映した下壁・側壁誘導の異常Q波がみられることもある。
- ×d. 心筋細胞の錯綜配列が特徴的である。
正しい記述である。正常の心筋細胞は一定の方向に規則正しく並んでいるが、HCMでは肥大した心筋細胞が互いに交差するように乱れた配列を示す。これを錯綜配列(myocardial disarray)といい、HCMの特徴的な病理所見である。錯綜配列は他の原因による心肥大でもわずかにみられることがあるが、広範に認められる点がHCMの特徴である。間質の線維化も伴い、不整脈の発生基盤になると考えられている。
- ×e. サルコメア蛋白の遺伝子異常で発症する。
正しい記述である。HCMの約半数は家族性に発症し、その多くは常染色体顕性(優性)遺伝形式をとる。原因遺伝子として最も多いのはサルコメアを構成する蛋白の遺伝子で、βミオシン重鎖(MYH7)やミオシン結合蛋白C(MYBPC3)の変異が代表的である。ほかにトロポニンT・トロポニンI・αトロポミオシンなどの変異も知られる。家族歴の聴取は診断上重要であり、患者の血縁者にはスクリーニング(心電図・心エコー、必要に応じて遺伝学的検査)が勧められる。
肥大型心筋症の概要
明らかな心肥大の原因(高血圧、大動脈弁狭窄症など)がないのに、左室(ときに右室)心筋が肥大し、拡張障害を主体とする心筋疾患である。心エコー図では非対称性中隔肥厚(asymmetric septal hypertrophy:ASH、中隔厚/後壁厚が1.3以上)が典型的である。
病型
・閉塞性HCM(HOCM):安静時または誘発時に左室流出路圧較差(30 mmHg以上)を伴う。僧帽弁前尖の収縮期前方運動(systolic anterior motion:SAM)がみられる。 ・非閉塞性HCM:流出路狭窄を伴わない。 ・心尖部肥大型:心尖部に肥大が限局し、巨大陰性T波を示す。 ・拡張相HCM(D-HCM):経過中に壁が菲薄化し、収縮能が低下して拡張型心筋症に似た病態に移行したもの。予後不良である。
症状・所見
労作時息切れ、胸痛、動悸、失神。若年者やスポーツ選手の突然死の重要な原因である。閉塞性では胸骨左縁に収縮期駆出性雑音を聴取し、この雑音はValsalva手技や立位(前負荷減少)で増強し、蹲踞(しゃがみ込み)や下肢挙上で減弱する。頸動脈波は二峰性(二峰脈)を示す。
治療
・β遮断薬、非ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬(ベラパミル、ジルチアゼム):収縮力と心拍数を抑え、拡張期を確保する。 ・閉塞性ではIa群抗不整脈薬(シベンゾリン、ジソピラミド)も流出路圧較差を減らす目的で用いられる。近年は心筋ミオシン阻害薬(マバカムテン)も閉塞性HCMに用いられるようになった。 ・薬物抵抗性の閉塞性HCMでは、経皮的中隔心筋焼灼術(PTSMA)や外科的中隔心筋切除術を行う。 ・突然死のリスクが高い例には植込み型除細動器(ICD)を用いる。
閉塞性HCMで避けるべき薬剤
流出路狭窄を悪化させる薬剤、すなわち前負荷・後負荷を下げる薬(硝酸薬、ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬などの血管拡張薬、過度の利尿薬)や、収縮力を高める薬(ジギタリス、β刺激薬などの強心薬)は避ける。
鑑別
心肥大をきたす疾患として、高血圧性心疾患、大動脈弁狭窄症、アスリート心、心Fabry病、心アミロイドーシスなどとの鑑別が必要である。特にFabry病は酵素補充療法などの特異的治療があるため、見逃さないことが重要である。
POINT
・HCMの基本病態は左室拡張障害であり、左室拡張末期圧が上昇する。 ・原因の多くはサルコメア蛋白の遺伝子変異(MYH7、MYBPC3など)で、常染色体顕性遺伝が多い。 ・病理は心筋細胞の錯綜配列、心電図は陰性T波(心尖部肥大型では巨大陰性T波)。 ・治療はβ遮断薬や非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬で収縮力・心拍数を抑える。β刺激薬、ジギタリス、硝酸薬などは閉塞を悪化させるため避ける。 ・突然死予防にはICD。
