かぜのあとに止まった心臓―冠動脈が正常な心停止で劇症型心筋炎を見抜く
第120回医師国家試験 B問題 第32問
国試問題にチャレンジ
62歳の男性。心肺停止状態で救急搬入された。約1週間前から感冒様症状があり,自宅近くの診療所で治療をうけていた。午前8時ごろ散歩に出たところ,自宅前で意識消失した。一緒にいた家族が救急車を要請し,心肺蘇生を行っていた。救急隊の接触時には心室細動で,除細動を試みるも効果はなく,病院到着時も心室細動であった。救急外来で気管挿管を行い,カテーテル検査室に移動して,緊急で経皮的心肺補助〈PCPS〉により循環動態を維持した。心エコー検査では,左室壁はやや浮腫状で,ほぼ無収縮であった。冠動脈造影検査で冠動脈に有意狭窄を認めず,心筋生検を行い,ICUへ入室となった。血液所見:Hb 12.3g/dL,白血球11,800,血小板32万。血液生化学所見:総ビリルビン1.4mg/dL,AST 1,254U/L,ALT 281U/L,LD 2,390U/L(基準124~222),CK 29,099U/L(基準59~248),尿素窒素39mg/dL,クレアチニン1.4mg/dL,Na 131mEq/L,K 4.4mEq/L。BNP 1,824pg/mL(基準18.4以下),心筋トロポニンT 3,240ng/mL(基準0.01以下)。CRP 5.8 mg/dL。 最も考えられる疾患はどれか。
- a.急性心筋炎
- b.急性心膜炎
- c.急性心筋梗塞
- d.肥大型心筋症
- e.たこつぼ心筋症
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
感冒様症状の先行、炎症反応陽性、心筋逸脱酵素の著明上昇、冠動脈に有意狭窄がないことがそろえば急性心筋炎を考え、心エコーでの壁の浮腫状所見とびまん性の壁運動低下はそれを裏付けます。致死性不整脈や心原性ショックによりPCPSなどの補助循環を要するものは劇症型心筋炎と呼ばれ、急性期を乗り切れば心機能が回復しうるため、早期診断と機械的循環補助の導入が鍵となります。急性心筋梗塞は冠動脈の責任病変と支配領域に一致した壁運動異常、急性心膜炎は体位で変化する胸痛と広範なST上昇、たこつぼ心筋症は高齢女性・ストレス契機・心尖部バルーニング、肥大型心筋症は保たれた収縮と慢性経過で区別します。確定診断は心筋生検で、組織型によっては免疫抑制療法の適応となります。成人の心停止でも冠動脈が正常なら心筋炎を想起できることが、救命につながる臨床判断の土台になります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・62歳男性。約1週間前から感冒様症状(上気道炎症状)が先行している → ウイルス感染が先行した可能性。 ・散歩中に突然意識消失し、心室細動(VF)による心肺停止。除細動に反応せず、経皮的心肺補助〈PCPS:静脈脱血・動脈送血による体外循環で心肺機能を代行する装置。VA-ECMOとほぼ同義〉でようやく循環を維持 → 致死性不整脈と高度のポンプ失調を同時に起こしており、きわめて重症である。 ・心エコー:左室壁がやや浮腫状(壁が腫れて厚く見える)で、ほぼ無収縮 → 心筋全体に及ぶびまん性の収縮障害と、心筋の炎症性浮腫を示唆する。 ・冠動脈造影:有意狭窄なし → 冠動脈の閉塞・高度狭窄による虚血(急性心筋梗塞)は否定的。 ・心筋生検を施行 → 心筋そのものの病変(炎症など)を組織学的に確かめる目的で行われている。 ・血液検査:白血球 11,800/μL、CRP 5.8 mg/dL と炎症反応が陽性。CK 29,099 U/L、心筋トロポニンT 著明高値と、心筋傷害マーカーが極端に上昇している → 広範な心筋細胞の傷害・壊死。 ・AST 1,254 U/L、LD 2,390 U/L の著明高値はASTに比べALTの上昇が小さく、心筋由来の逸脱に加えて、心停止・低心拍出に伴う肝うっ血や虚血性肝障害の要素もあると考えられる。尿素窒素・クレアチニンの軽度上昇も低灌流による腎障害を反映する。 ・BNP 1,824 pg/mL(基準18.4以下)→ 心室壁へのストレスが著しく高い重症心不全状態。
診断のプロセス
突然の重症心不全・致死性不整脈をきたす疾患として、急性心筋梗塞、急性心筋炎(劇症型)、たこつぼ心筋症、急性弁膜症(乳頭筋断裂・腱索断裂など)、拡張型心筋症などの心筋症の急性増悪、急性肺血栓塞栓症、敗血症に伴う心筋障害、冠動脈閉塞を伴う急性大動脈解離などが挙がる。 このうち、成人のVF・心原性ショックで最初に除外すべき急性心筋梗塞は、冠動脈造影で有意狭窄がないことから否定的である。そのうえで、①感冒様症状の先行、②炎症反応陽性、③心エコーで壁の浮腫とびまん性の高度収縮低下、④心筋逸脱酵素の著明上昇、がそろっており、ウイルス感染を契機に心筋に炎症が生じた急性心筋炎が最も考えやすい。発症から短時間で心肺停止に至り、PCPSなどの機械的循環補助を要していることから、急性心筋炎の中でも劇症型心筋炎(fulminant myocarditis)に相当する。心筋生検は心筋炎の確定診断と組織型(リンパ球性、巨細胞性、好酸球性など)の判定に用いられ、本例でもその目的で施行されたと読み取れる。
選択肢考察
- ○a. 急性心筋炎
感冒様症状の数日〜1週間後に発症し、炎症反応陽性、心筋トロポニン・CKの著明上昇、心エコーで心筋浮腫による壁の肥厚様所見とびまん性の壁運動低下を示し、冠動脈に有意狭窄がない、という経過は急性心筋炎の典型像である。致死性不整脈(VF)と心原性ショックを生じてPCPSを要しているため劇症型と考えられる。劇症型でも急性期を補助循環で乗り切れば心機能が回復しうるため、早期の診断と機械的循環補助の導入が重要である。
- ×b. 急性心膜炎
急性心膜炎も感冒様症状に続いて起こることが多いが、主な病変は心膜である。臨床像は前かがみで軽快し吸気・臥位で増強する胸痛、心膜摩擦音、心電図での広範なST上昇(凹型)とPR低下、心嚢液貯留が中心となる。心筋自体は主病変でないため、本例のような高度の左室収縮不全、著しい心筋逸脱酵素上昇、VFによる心停止は説明できない(心膜炎に心筋炎が合併した心筋心膜炎は別に考える)。
- ×c. 急性心筋梗塞
VFによる心肺停止、CK・トロポニンの著明上昇は急性心筋梗塞でもみられ、成人の心停止例ではまず考えるべき疾患である。しかし本例では冠動脈造影で責任病変となる閉塞・高度狭窄を認めず、壁運動異常も冠動脈の支配領域に一致する局所的なものではなく、びまん性である。さらに感冒様症状の先行、壁の浮腫状所見、CRP上昇も心筋梗塞では説明しにくく、否定的である。
- ×d. 肥大型心筋症
肥大型心筋症はサルコメア遺伝子変異などを背景に左室壁が非対称性に肥厚する心筋症で、若年者の突然死(心室性不整脈)の原因にはなりうる。しかし典型的には左室収縮は保たれるか過収縮で、慢性に経過する疾患であり、急性の炎症反応や数万単位のCK上昇は伴わない。本例の壁の厚みは浮腫によるもので、ほぼ無収縮という所見とも合わない。
- ×e. たこつぼ心筋症
たこつぼ心筋症は閉経後の高齢女性に多く、強い精神的・身体的ストレスを契機に発症する。左室心尖部が無収縮となり心基部は過収縮となる特徴的な壁運動(心尖部バルーニング)を示し、冠動脈支配に一致しない。心筋逸脱酵素の上昇は壁運動異常の範囲に比べて軽度にとどまることが多く、数週で自然に回復することが多い。本例は男性で、明らかなストレスの契機がなく、左室全体の無収縮と著明な酵素上昇、炎症反応陽性を示しており合致しない。
急性心筋炎の概要
心筋に炎症細胞浸潤と心筋細胞傷害が生じる疾患である。原因の多くはウイルス感染で、コクサッキーウイルスB群、アデノウイルス、パルボウイルスB19、ヒトヘルペスウイルス6、インフルエンザウイルス、SARS-CoV-2などが知られる。そのほか、mRNAワクチン接種後、免疫チェックポイント阻害薬などの薬剤、膠原病、好酸球増多(好酸球性心筋炎)なども原因となる。
臨床像
・発熱・咽頭痛・咳などの感冒様症状や、悪心・下痢などの消化器症状が先行し、数日〜1週間程度で心症状が現れる。 ・症状は無症状〜軽い胸部不快感・動悸から、心不全、心原性ショック、致死性不整脈(心室頻拍・心室細動、完全房室ブロック)まで幅広い。 ・劇症型心筋炎:発症早期に血行動態が破綻し、補助循環を必要とする重症型。
検査所見
・血液:白血球増多・CRP上昇、CK・CK-MB、心筋トロポニンT/Iの上昇、BNP上昇。 ・心電図:ST上昇(冠動脈支配に一致しない)、異常Q波、QRS幅の拡大、房室ブロック、心室性不整脈など。経時的に変化するため繰り返し記録する。 ・心エコー:びまん性の壁運動低下、心筋浮腫による一過性の壁肥厚、心嚢液貯留。 ・冠動脈造影:有意狭窄なし(急性冠症候群との鑑別に必須)。 ・心臓MRI:T2強調像での心筋浮腫、ガドリニウム遅延造影で心外膜側〜中層優位の非虚血性パターン。 ・心筋生検:確定診断。炎症細胞(主にリンパ球)浸潤と、それに隣接する心筋細胞の壊死を確認する(Dallas基準)。巨細胞性心筋炎や好酸球性心筋炎など組織型によりステロイド・免疫抑制療法の適応が変わるため、組織診断の意義は大きい。
治療
・ウイルス性心筋炎に対する特異的治療は確立しておらず、炎症が鎮静化するまで(通常1〜2週程度)の全身管理が中心となる。 ・心不全治療、不整脈管理(房室ブロックに対する一時ペーシングなど)。 ・劇症型では、強心薬に反応しない場合に早期からVA-ECMO(PCPS)、大動脈内バルーンパンピング(IABP)、補助循環用ポンプカテーテル(Impella)などの機械的循環補助を導入する。急性期を乗り切ればかなりの例で心機能が回復するため、ためらわず補助循環を用いることが予後改善の鍵となる。 ・巨細胞性心筋炎、好酸球性心筋炎、免疫チェックポイント阻害薬関連心筋炎などでは免疫抑制療法を検討する。
心筋梗塞・たこつぼ心筋症との鑑別の整理
・急性心筋梗塞:冠動脈に責任病変あり、壁運動異常は冠動脈支配領域に一致。 ・たこつぼ心筋症:高齢女性、ストレス契機、心尖部バルーニング、酵素上昇は比較的軽度。 ・急性心筋炎:感冒様症状の先行、炎症反応陽性、冠動脈正常、びまん性壁運動低下と心筋浮腫、確定は心筋生検。
POINT
・感冒様症状の先行+心筋逸脱酵素の著明上昇+冠動脈に有意狭窄なし → 急性心筋炎を考える。 ・心エコーで「壁が浮腫状(一過性の壁肥厚)」+びまん性の壁運動低下は心筋炎を示唆する所見。 ・心原性ショックや致死性不整脈で補助循環(PCPS/VA-ECMO)を要するものは劇症型心筋炎。急性期を乗り切れば回復しうる。 ・確定診断は心筋生検(炎症細胞浸潤と心筋細胞壊死)。 ・急性心筋梗塞の除外には冠動脈造影が必須。たこつぼ心筋症は高齢女性・ストレス契機・心尖部バルーニング。
