重症拡張型心筋症の治療地図―「実臨床」と「研究段階」の境界線を見極める
第120回医師国家試験 A問題 第3問
国試問題にチャレンジ
重症化した拡張型心筋症に対し,現時点で我が国で行われていないのはどれか。
- a.緩和ケア
- b.心臓移植
- c.遺伝子治療
- d.僧帽弁置換術
- e.植込み型除細動器〈ICD〉植込み術
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
重症化した拡張型心筋症の治療は、ACE阻害薬/ARB/ARNI・β遮断薬・MRA・SGLT2阻害薬を基本とする薬物療法に、突然死予防のICDや心臓再同期療法、機能性僧帽弁閉鎖不全に対する弁形成術・弁置換術・TEER、補助人工心臓、心臓移植を段階的に積み上げ、全経過を通じて緩和ケアを並行するのが基本です。二次性僧帽弁閉鎖不全は左室拡大による乳頭筋偏位(テザリング)と弁輪拡大で生じ、弁尖が正常でも手術の対象となります。日本の心臓移植の原疾患は拡張型心筋症が最多で、多くは補助人工心臓を経て移植に至ります。一方、SERCA2a遺伝子導入などの遺伝子治療は臨床試験で有効性が示されておらず、現時点では研究段階です。「原因に遺伝子が関わる」ことと「遺伝子治療が実用化されている」ことを区別し、実臨床で使える治療の全体像を押さえることが、重症心不全診療の理解につながります。
解答・解説
正解はcです
拡張型心筋症(dilated cardiomyopathy:DCM)は、左室(ときに両心室)の拡大と、びまん性の収縮能低下を特徴とする心筋疾患である。冠動脈疾患・弁膜症・高血圧など明らかな原因で説明できないものを指し、一部は心筋の構造蛋白(タイチン、ラミンA/C など)の遺伝子変異が関与する。進行すると左室駆出率(left ventricular ejection fraction:LVEF)の低下した心不全(HFrEF)となり、致死性心室性不整脈による突然死や難治性心不全が予後を規定する。 重症化したDCMに対する治療は、心不全のステージに応じて段階的に積み上げられる。 ・薬物療法:ACE阻害薬/ARB またはARNI(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)、β遮断薬、MRA(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)、SGLT2阻害薬の4系統を基本とし、うっ血には利尿薬を用いる。 ・デバイス治療:突然死予防の植込み型除細動器(ICD)、左脚ブロックなどで心室同期不全がある例への心臓再同期療法(CRT)。 ・機能性僧帽弁閉鎖不全への介入:外科的な弁形成術・弁置換術、経カテーテル的修復術。 ・補助循環と置換治療:植込み型補助人工心臓(VAD)、心臓移植。 ・全経過を通じた緩和ケア。 設問は「現時点で我が国で行われていない」ものを問う。上記はいずれも国内で実臨床として実施されているが、遺伝子治療は重症心不全に対して研究・臨床試験の段階にとどまり、承認された治療法として行われていない。この区別が正解を導くポイントである。
選択肢考察
- ×a. 緩和ケア
行われている。緩和ケアはがんに限らず、重症心不全も対象である。心不全ガイドラインでも、終末期だけでなく病初期から並行して、呼吸困難・全身倦怠感・疼痛・抑うつなどの症状緩和と、本人・家族の意思決定支援(アドバンス・ケア・プランニング)を行うことが推奨されている。2018年度の診療報酬改定で末期心不全患者が緩和ケア診療加算の対象に加わり、国内での実施体制も整ってきている。
- ×b. 心臓移植
行われている。日本では1997年の臓器移植法施行により脳死下心臓移植が可能となり、2010年の改正法施行(本人の意思が不明でも家族の承諾で提供可能、15歳未満からの提供も可能)以降に件数が増加した。拡張型心筋症は国内の心臓移植の原疾患として最も多い。ドナー不足のため待機期間は長く、多くの症例は植込み型補助人工心臓を装着して移植を待つ(bridge to transplant)。
- ○c. 遺伝子治療
現時点で行われていない治療であり、これが正解である。重症心不全に対する遺伝子治療は研究段階にある。代表例として、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いて筋小胞体のCa2+ポンプであるSERCA2aの遺伝子を心筋に導入し、Ca2+の筋小胞体への再取り込みを促して心筋の収縮・弛緩を改善しようとする試みがあるが、大規模臨床試験で有効性は示されず、承認された治療にはなっていない。遺伝性心筋症の原因遺伝子を標的とした治療も開発途上である。
- ×d. 僧帽弁置換術
行われている。DCMで左室が拡大すると乳頭筋が外側・心尖方向へ偏位し、腱索を介して弁尖が左室側へ引っ張られる(テザリング)。さらに僧帽弁輪も拡大するため、弁尖そのものは正常でも接合不全が生じる。これを二次性(機能性)僧帽弁閉鎖不全という。逆流が増えると左房圧・肺毛細血管圧が上昇し肺うっ血が悪化するため、薬物療法やCRTで改善しない例には、僧帽弁形成術や腱索を温存した僧帽弁置換術、または経皮的僧帽弁接合不全修復術(TEER:transcatheter edge-to-edge repair)が行われる。
- ×e. 植込み型除細動器〈ICD〉植込み術
行われている。DCMでは心室頻拍・心室細動による突然死のリスクが高い。心室細動や血行動態の破綻を伴う心室頻拍から救命された例では、二次予防としてICD植込みの適応となる。不整脈の既往がなくても、至適な薬物療法下でLVEF 35%以下が持続し心不全症状がある例や、非持続性心室頻拍を伴う高リスク例では、一次予防としての植込みが確立している。CRTの適応も併せ持つ例では、除細動機能付きの両室ペーシング機器(CRT-D)が用いられる。
拡張型心筋症の概要
・病態:左室の拡大と収縮能低下。心筋の線維化を伴う。 ・原因:特発性が多いが、家族性(遺伝子変異)、ウイルス性心筋炎後、アルコール、抗がん剤(アントラサイクリン系など)、周産期心筋症、頻拍誘発性などが同様の表現型をとるため鑑別が必要である。 ・症状:労作時呼吸困難、起座呼吸、浮腫など心不全症状。動悸・失神(不整脈)、塞栓症(心内血栓)も起こる。 ・検査:心エコーで左室拡大・びまん性壁運動低下。心臓MRIの遅延造影で心筋線維化を評価でき、線維化が広いほど不整脈リスクが高い。冠動脈造影などで虚血性心筋症を除外する。必要に応じて心筋生検。
補助人工心臓(VAD)の位置づけ
・bridge to transplant(BTT):移植までの橋渡し。日本ではこれが主体。 ・destination therapy(DT):移植適応がない患者への長期使用。日本でも2021年に保険適用となった。
心不全のステージ分類(ACC/AHA)
A:危険因子のみ、B:器質的心疾患はあるが症状なし、C:症候性心不全、D:治療抵抗性心不全。ステージDでは、VAD・心臓移植の検討と並行して緩和ケアの比重が大きくなる。
POINT
・重症DCMの治療:薬物療法(ACE阻害薬/ARB/ARNI、β遮断薬、MRA、SGLT2阻害薬)+デバイス(ICD・CRT)+機能性MRへの介入+VAD・心臓移植+緩和ケア。 ・遺伝子治療(SERCA2a遺伝子導入など)は研究段階であり、実臨床では行われていない。 ・DCMの左室拡大は乳頭筋偏位(テザリング)と弁輪拡大により二次性僧帽弁閉鎖不全を生じ、弁形成術・弁置換術・TEERの対象となる。 ・ICDは二次予防(VF/不安定VTの既往)に加え、LVEF≦35%などの高リスク例で一次予防としても適応。 ・日本の心臓移植の原疾患は拡張型心筋症が最多で、多くはVADを経由して移植に至る。 ・心不全は緩和ケアの対象疾患であり、早期から意思決定支援を行う。
