StudyMed医師国家試験

「頑張れ」の前にすること―リハビリを休みはじめた脳卒中患者の心の声を聴く

第105回医師国家試験 H問題 第30問

国試問題にチャレンジ

第105回 H問題 第30問

42歳の男性。右被殻出血の急性期治療の後,後遺症として左片麻痺が残りリハビリテーション目的で転入院した。入院直後はリハビリテーションに熱心に取り組んでいたが,1か月過ぎたころから頭痛を訴え,リハビリテーションを休むようになった。不眠の訴えもある。血圧は正常で,新たな神経症状は認めず,尿・血液検査所見に異常を認めない。頭部CT所見上,血腫は順調に吸収されている。  まず行うべき対応はどれか。

  1. a.抗うつ薬を投与する。
  2. b.家族からの励ましを伝える。
  3. c.現在の精神状態を把握する。
  4. d.リハビリテーションのプログラムを強化する。
  5. e.リハビリテーションを休まないように指導する。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、脳出血後のリハビリ中に起きた変化をどう受け止め、まず何をすべきかを問う問題だ。ポイントは2つ。身体的な原因が除外されているかどうかと、熱心だった人が急に訓練を休むようになったという「変化」の意味だよ。
医学生医学生
頭痛が出てきたので、最初は再出血を心配しました。
ドクタードクター
それは正しい発想だね。脳出血後の頭痛なら、再出血や血腫の増大、水頭症、血圧の悪化をまず考える。ただ今回は、血圧も神経所見も検査もCTも問題なく、血腫は順調に吸収されている。身体的な原因はかなり否定的と言っていい。
医学生医学生
身体に原因がないとすると、気持ちの問題ということでしょうか。
ドクタードクター
そう考えるのが自然だ。頭痛と不眠という身体の訴えに加えて、それまで熱心だった訓練への意欲が落ちている。この組み合わせは抑うつ状態をまず疑うサインなんだ。脳卒中後のうつでは「気分が落ち込む」と本人が語るより、頭痛、めまい、倦怠感、不眠といった身体症状が前に出ることが多い。
医学生医学生
精神科の講義で「仮面うつ病」という言葉を習いました。身体症状に隠れるうつのことですよね。
ドクタードクター
よく覚えているね。では、抑うつが疑われたとき、最初にすべきことは何だと思う?
医学生医学生
うつなら抗うつ薬を始めればいいのかな、と一瞬思いました。
ドクタードクター
そこが落とし穴だ。抑うつの背景には、脳の器質的な損傷に関連する脳卒中後うつ病、障害を負ったことへの心理的反応としての抑うつ、脳卒中とは独立した内因性のうつ病などがあり、それぞれ対応が違う。心理的反応が中心なら、傾聴や支持的精神療法、環境調整が主役になることもある。だから、まず面接して現在の精神状態を把握すること、これが正解だ。薬を使うかどうかは、その評価の後に決めればいい。
医学生医学生
具体的には、面接で何を確認すればいいんでしょうか。
ドクタードクター
気分、興味や意欲、睡眠、食欲、そして必ず希死念慮の有無を聞く。さらに、障害や仕事、家庭の将来をどう受け止めているかも大切だ。42歳という働き盛りだから、復職や家族の生活への不安が大きくても不思議ではないよね。
医学生医学生
家族からの励ましを伝えるのは、本人にとって支えになりそうな気もしますが……。
ドクタードクター
そう感じる人は多いけど、抑うつ状態の人への励ましは逆効果になりやすい。「期待に応えられない自分」を突きつけられて、自責感や焦りが強まり、希死念慮を深めてしまうことさえある。安易な励ましは避けるのが原則だよ。
医学生医学生
じゃあ、プログラムを強化したり、休まないよう指導したりするのも同じ理由でだめですね。
ドクタードクター
その通り。訓練を休むこと自体がうつの症状である可能性が高い。そこで負荷を増やしたり叱咤したりすれば、無力感が増して悪化させかねない。むしろ精神状態に合わせて負荷を調整する必要がある。まずは休んでいる理由を理解することが先なんだ。
医学生医学生
OSCEの医療面接で、まず開放型の質問で傾聴するよう繰り返し練習したのを思い出しました。
ドクタードクター
まさにその基本が生きる場面だね。最後に発展知識をまとめよう。脳卒中後うつ病は脳卒中患者のおよそ3分の1にみられるとされ、報告によって幅がある。リハビリへの参加意欲を下げ、ADLの回復を遅らせ、生活の質の低下や死亡率の上昇とも関連するから、見逃せないんだ。
医学生医学生
治療で薬を使う場合は、どんな薬が選ばれますか。
ドクタードクター
評価の結果、必要と判断されればSSRIなどが用いられることが多い。三環系抗うつ薬は抗コリン作用や心血管系への影響があり、脳血管障害の患者では使いにくい。また、意欲が出ない状態には自発性低下、いわゆるアパシーもあって、うつとの区別が必要になることも覚えておこう。
医学生医学生
リハビリ科を回ったとき、医療ソーシャルワーカーさんがカンファレンスに参加していた理由がわかった気がします。
ドクタードクター
いいところに気づいたね。若年の脳卒中では復職や経済面の問題が抑うつの背景になりやすい。医師、療法士、看護師、ソーシャルワーカーがチームで支えることが、心と身体の両方の回復につながるんだ。

まとめ

脳卒中の回復期に、身体的な原因では説明できない頭痛・不眠とリハビリへの意欲低下が現れた場合は、脳卒中後うつ病を含む抑うつ状態を疑います。まず再出血などの器質的原因を除外したうえで、面接によって気分、意欲、睡眠、食欲、希死念慮の有無、障害や将来への受け止め方を評価し、現在の精神状態を把握することが最初の対応です。抑うつ状態の患者には励ましや叱咤、訓練負荷の増強は症状を悪化させうるため避け、抗うつ薬などの治療は評価の結果に基づいて選択します。脳卒中後うつ病は患者の約3分の1にみられるとされ、ADLの回復遅延や生活の質の低下と関連するため、早期の気づきとチームでの支援が重要です。「対応を決める前にまず評価する」という原則は、精神科に限らずあらゆる臨床の場面に通じる基本姿勢です。

解答・解説

正解はcです

所見の整理

・42歳男性、右被殻出血後の左片麻痺で回復期リハビリテーション中 ・転院当初は意欲的に訓練に取り組んでいた ・約1か月後から頭痛、訓練の欠席(意欲低下)、不眠が出現 ・血圧正常、新たな神経症状なし、尿・血液検査正常、頭部CTで血腫は順調に吸収

鑑別のプロセス

まず身体的な原因を除外する。頭痛の原因として再出血や血腫増大、水頭症、高血圧の悪化などが考えられるが、血圧は正常で新たな神経脱落症状もなく、CTでも血腫は順調に吸収されている。検査値異常もなく、代謝・感染症などの全身的要因も考えにくい。 身体的原因が否定的である一方、頭痛・不眠といった身体症状の訴えと、それまで熱心だった訓練への意欲低下がそろっていることから、抑うつ状態の出現が強く疑われる。脳卒中後のうつでは、気分の落ち込みを自ら語るよりも、頭痛、めまい、しびれ、倦怠感、不眠などの身体的な訴えが前景に立つことが多い。 抑うつ状態の背景としては、 ①脳卒中後うつ病(脳の器質的損傷に関連して生じるもの) ②障害を負ったことへの心理的反応としての抑うつ(適応障害など) ③脳卒中とは独立したうつ病(内因性うつ病) が考えられ、病態によって対応が異なる。

まず行うべきこと

治療方針を決める前に、患者と面接して気分、興味・意欲、睡眠、食欲、希死念慮の有無、障害や将来(仕事・家庭)に対する受け止め方などを評価し、現在の精神状態を正確に把握することが出発点となる。薬物療法や訓練内容の調整はその評価に基づいて行う。

選択肢考察

  1. ×a.  抗うつ薬を投与する。

    誤り(最初の対応としては不適切)。抑うつ状態の程度や成因を評価しないまま薬物療法を始めるべきではない。障害への心理的反応であれば、傾聴や支持的精神療法、環境調整が中心となる場合もある。精神状態を評価して脳卒中後うつ病と判断されれば、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などの抗うつ薬を用いることはあるが、それは評価の後に行うべき対応である。

  2. ×b.  家族からの励ましを伝える。

    誤り。抑うつ状態の患者にとって励ましは「期待に応えられない自分」を意識させ、自責感や焦燥感を強めて症状を悪化させることがある。また希死念慮を強める危険もあるため、安易な励ましは避けるべきである。

  3. ○c.  現在の精神状態を把握する。

    正しい。身体的な原因が否定的な状況で、頭痛・不眠・訓練の欠席が出現しており、抑うつ状態が疑われる。抑うつの有無と重症度、希死念慮の有無、背景(脳卒中後うつ病か、障害への心理的反応か、内因性うつ病か)を面接で評価することが、その後の治療(精神療法、薬物療法、リハビリテーション計画の調整)を選ぶための第一歩となる。

  4. ×d.  リハビリテーションのプログラムを強化する。

    誤り。抑うつ状態にある患者に訓練の負荷を増やすと、ついていけないことによる無力感や不安が強まり、症状をさらに悪化させるおそれがある。むしろ精神状態に合わせて負荷を調整することが必要である。

  5. ×e.  リハビリテーションを休まないように指導する。

    誤り。訓練を休むこと自体が抑うつ症状の表れである可能性が高く、叱咤するような指導は励ましと同様に心理的負担となり、自責感や無力感を強めて病状を悪化させうる。まず休んでいる理由を理解することが先である。

脳卒中後うつ病(post-stroke depression:PSD)

・脳卒中患者の約3分の1にみられるとされ、報告により頻度には幅がある。発症後数か月以内に生じることが多いが、慢性期にも起こりうる。 ・脳の器質的損傷(前頭葉–基底核系の障害など)と、機能障害・社会的役割の喪失に対する心理的反応の両方が関与すると考えられている。 ・症状:抑うつ気分、意欲低下、不眠、食欲低下のほか、頭痛・めまい・しびれ・倦怠感など身体的な訴えが目立つことが多い。自発性低下(アパシー)との区別も必要である。 ・影響:リハビリテーションへの参加意欲が低下し、ADL(日常生活動作)の回復遅延、生活の質の低下、死亡率上昇と関連する。 ・治療:支持的精神療法、認知行動療法、家族や医療チームによる環境調整に加え、必要に応じてSSRIなどの抗うつ薬が用いられる。三環系抗うつ薬は抗コリン作用や心血管系への影響があり、高齢者や脳血管障害患者では使いにくい。

うつ状態の患者への基本的対応

・まず傾聴し、つらさを受け止める(受容・共感) ・安易な励まし、叱咤は避ける ・休養の必要性を保証する ・重大な決断(退職など)は先延ばしにするよう助言する ・希死念慮の有無を必ず確認する

若年脳卒中患者の特徴

42歳という働き盛りでの発症であり、復職や家族の扶養など社会的な問題が大きい。こうした将来への不安も抑うつの背景になりうるため、医療ソーシャルワーカーを含めたチームでの支援が重要である。

POINT

・脳卒中の回復期に、身体的原因のない頭痛・不眠・意欲低下(リハビリテーションの欠席)が出現したら、脳卒中後うつ病を含む抑うつ状態を疑う。 ・まず再出血などの器質的原因を除外し、そのうえで現在の精神状態(抑うつの程度、希死念慮、背景要因)を評価する。 ・抑うつ状態の患者に励ましや叱咤、負荷の増強は禁物である。 ・薬物療法は精神状態を評価したうえで検討する。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。