左肋骨弓の下から臍へ伸びる「切れ込み」のある腫瘤―触診で脾腫を見抜く
第105回医師国家試験 F問題 第22問
国試問題にチャレンジ
74歳の女性。腹部の膨満感を主訴に来院した。半年前から腹部の膨満感を自覚するようになり,次第に増強してきた。腹部は膨隆し,下に示す模式図の斜線部に表面平滑で弾性硬の腫瘤を触知する。圧痛を認めない。 腫瘤として触知されている臓器はどれか。

- a.腎臓
- b.膵臓
- c.大腸
- d.脾臓
- e.卵巣
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
左肋骨弓の下から臍の方向(右下内側)へ斜めに張り出し、表面平滑・弾性硬で圧痛のない腫瘤は、腫大した脾臓(脾腫)を考えます。内側縁の切れ込みは脾切痕に相当し、脾臓を特徴づける重要な所見で、前面に腸管がないため打診で濁音となる点も、結腸が前に重なり鼓音を示しやすい腫大腎との鑑別に役立ちます。脾腫の診察では、Traubeの三角の濁音化を打診で確認し、仰臥位または右側臥位で深吸気時に触診しますが、巨脾では右下腹部から触れ始めることが大切です。巨脾の代表は骨髄線維症、慢性骨髄性白血病、マラリア、カラアザールで、高齢者では血液疾患の精査につなげます。腫瘤の位置・方向・形・性状から臓器を推定する考え方は、腹部診察全般の基本となる技術です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・74歳の女性、半年かけて徐々に強くなる腹部膨満感 ・模式図の斜線部は患者の左上腹部で、左肋骨弓の下から外側腹壁に沿って臍の高さ近くまで斜め下内側へ張り出している ・腫瘤は表面平滑、弾性硬で、圧痛はない ・斜線部の内側(正中側)の縁に切れ込み(くびれ)がある
診断へのプロセス
左上腹部には肝左葉、胃、脾臓、膵体尾部、左腎、左副腎、横行結腸・下行結腸の一部(脾彎曲部)などが存在する。本例の腫瘤は、ゆっくり大きくなり、表面平滑で弾性硬、圧痛がないことから、炎症性病変や管腔臓器ではなく、実質臓器が腫大したものと考えられる。 決め手は腫瘤の位置と形である。腫瘤は左肋骨弓の下から現れ、左上から右下(臍の方向)へ向かって伸びている。脾臓は左横隔膜下の後外側にあり、腫大すると肋骨弓の下から前方・下方・内側(右下腹部の方向)へ張り出す。さらに、腫瘤の内側縁にある切れ込みは脾臓の前縁にある脾切痕(splenic notch)に相当し、腫大脾を他の腫瘤と区別する重要な手がかりとなる。以上から、触れているのは腫大した脾臓(脾腫)と判断できる。
補足
肋骨弓下から臍に向かうほどの巨脾(高度の脾腫)をきたす代表的な疾患には、原発性骨髄線維症、慢性骨髄性白血病、悪性リンパ腫、マラリア、カラアザールなどがある。本例のような高齢者では骨髄線維症や慢性骨髄性白血病などの血液疾患をまず考え、血算・末梢血塗抹標本の確認や腹部超音波・CTでの評価へと進む。
選択肢考察
- ×a. 腎臓
誤り。腎臓は後腹膜臓器で、背側の脊椎の両脇に位置するため、腫大しても主に側腹部から背部に触れ、双手診で前後に挟むように触知される(バロットマン)。腫大脾のように肋骨弓の下から前方・内側へ斜めに張り出す形はとりにくく、内側縁に切れ込みをもつこともない。腫大腎の前面には結腸が重なるため、打診で鼓音を示すことが多い点も脾腫との鑑別点である。
- ×b. 膵臓
誤り。膵臓は後腹膜の深い位置にあり、正中付近から左上腹部へ横向きに伸びる臓器である。膵腫瘍や膵嚢胞などで腫瘤を触れることはあるが、通常は心窩部から上腹部の深部に触れ、図のように肋骨弓の直下から外側腹壁に沿って張り出す形にはならない。脾切痕のような切れ込みもない。
- ×c. 大腸
誤り。左上腹部には横行結腸から下行結腸へ移る脾彎曲部があるが、大腸は管腔臓器であり、正常では表面平滑で弾性硬の塊として触れることはない。大腸癌などの腫瘍であれば、表面が不整で硬い腫瘤として触れることが多く、本例の触診所見や形状とは合わない。
- ○d. 脾臓
正しい。脾臓は左上腹部の肋骨弓の奥にあり、正常では触知しない。腫大すると肋骨弓の下から前方・下方・内側(臍の方向)へ張り出し、図の斜線部のような形で触れる。表面平滑で弾性硬、圧痛がない点も慢性的な脾腫と矛盾しない。さらに内側縁の切れ込みは脾切痕に一致し、脾臓であることを示す特徴的な所見である。
- ×e. 卵巣
誤り。卵巣は骨盤腔内にある臓器である。卵巣腫瘍が巨大化すれば腹部全体が膨隆することはあるが、その場合は下腹部から上方へ向かって広がる腫瘤として触れる。本例のように左肋骨弓の下に限局して始まる腫瘤とは位置が合わない。
脾臓の位置と正常所見
脾臓は左上腹部の後外側、横隔膜の下にあり、およそ左第9〜11肋骨の高さで長軸が肋骨に沿うように位置する。正常の大きさは長径約10cm、重さ100〜150g程度で、肋骨に守られているため通常は触知しない。
脾腫の身体診察
・打診:Traube(トラウベ)の三角(左第6肋骨、左肋骨弓、左前腋窩線で囲まれる領域)は、正常では胃や結腸のガスによる鼓音を示す。この部位が濁音になると脾腫を疑う。 ・触診:患者を仰臥位、または股関節・膝関節を曲げた右側臥位にし、左手を患者の左下部胸郭の背側に当てて前方へ押し上げ、右手を左肋骨弓下に置いて、深吸気時に下りてくる脾臓の下端を指先で触れる。巨脾では下端が右下腹部まで達することがあるため、右下腹部から肋骨弓に向かって触診を始めるとよい。 ・脾臓であることを示す特徴:肋骨弓下から斜め内側下方に張り出す、呼吸に伴って上下に動く、内側縁に脾切痕を触れる、腫瘤と肋骨弓の間に指が入らない、前面に腸管がなく打診で濁音となる。
脾腫の主な原因
・血液疾患:骨髄線維症、慢性骨髄性白血病、真性赤血球増加症、悪性リンパ腫、慢性リンパ性白血病、有毛細胞白血病、溶血性貧血(遺伝性球状赤血球症、サラセミアなど) ・門脈圧亢進症:肝硬変、特発性門脈圧亢進症、Budd-Chiari症候群など ・感染症:伝染性単核球症、マラリア、カラアザール(内臓リーシュマニア症)、感染性心内膜炎、敗血症など ・その他:膠原病(全身性エリテマトーデスなど)、サルコイドーシス、アミロイドーシス、Gaucher病などの蓄積症 巨脾をきたしやすいのは、骨髄線維症、慢性骨髄性白血病、マラリア、カラアザールなどである。
POINT
・左肋骨弓下から臍の方向(右下)へ張り出す、表面平滑で弾性硬の腫瘤は脾腫を考える。 ・腫瘤内側縁の切れ込み(脾切痕)は脾臓を特徴づける所見である。 ・脾腫の打診ではTraubeの三角の濁音化を確認する。 ・触診は仰臥位または右側臥位で、深吸気時に左肋骨弓下で行う。 ・巨脾の代表:骨髄線維症、慢性骨髄性白血病、マラリア、カラアザール。
