StudyMed医師国家試験

つわりの点滴に「B1」を忘れるな―ブドウ糖輸液が招くWernicke脳症

第105回医師国家試験 E問題 第49問

国試問題にチャレンジ

第105回 E問題 第49問

28歳の女性。全身倦怠感の増強を主訴に来院した。1週前に自宅近くの診療所で妊娠と診断された。5日前から悪心と嘔吐とが出現し,自宅で経過をみていたが改善せず,食事摂取が困難になった。超音波検査で子宮内に胎嚢と心拍動を有する胎芽とを認める。血液所見:赤血球430万,Hb 14.8 g/dL,Ht 46%,白血球12,100,血小板32万。輸液を行うこととした。  輸液に加えるべきものはどれか。

  1. a.ビタミンB1
  2. b.ビタミンB2
  3. c.ビタミンB6
  4. d.ビタミンB12
  5. e.ビタミンC

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、妊娠初期に食事がとれなくなった女性への輸液がテーマだ。まず、ただのつわりか治療を要する状態かを判断し、次に「糖を入れたら体の中で何が起こるか」という代謝の視点で考えよう。
医学生医学生
悪心・嘔吐で食事がとれず、倦怠感も強まっているので、妊娠悪阻だと思います。
ドクタードクター
そうだね。血液検査で気になる点はあるかな。
医学生医学生
Hbはむしろ高めです。貧血はないので、問題ないと思っていましたが……。
ドクタードクター
そこが落とし穴だ。妊娠中は循環血漿量が増えるので、本来はHbやHtが低めになる。それが高いということは血液濃縮、つまり脱水を示しているんだ。
医学生医学生
妊娠中の生理的変化を踏まえると、逆に異常値なんですね。超音波で心拍のある胎芽が見えているのは、何を確認しているのですか。
ドクタードクター
正常な子宮内妊娠であることの確認だ。hCGが高値になる胞状奇胎や多胎妊娠では嘔吐が強くなりやすいけれど、今回はそうした所見がない。典型的な妊娠悪阻として治療を進めてよい。治療の基本は、ブドウ糖を含む輸液で脱水と飢餓状態を補正することだ。
医学生医学生
そこに加えるビタミンとなると、生化学で習った糖代謝の補酵素……ビタミンB1でしょうか。
ドクタードクター
正解。チアミンは活性型のチアミンピロリン酸として、ピルビン酸脱水素酵素、α-ケトグルタル酸脱水素酵素、トランスケトラーゼの補酵素になる。しかも体内の貯蔵量が少なく、摂取が途絶えると数週間で枯渇しうる。チアミンが乏しい状態でブドウ糖だけを入れると、何が起こると思う?
医学生医学生
残っているB1が一気に使われて、欠乏が表に出る……Wernicke脳症ですか。
ドクタードクター
その通り。意識障害、眼球運動障害、失調性歩行が三徴だ。ただし三徴がそろうのは一部の症例だけだから、そろわなくても疑うことが大切だよ。治療が遅れると、記憶障害や作話を特徴とするKorsakoff症候群を残したり、命に関わったりする。だから糖を含む輸液には必ずB1を加えるんだ。
医学生医学生
ほかのビタミンも水溶性なので、入れても害はなさそうですが。
ドクタードクター
良い視点だね。加えてもかまわないけれど、「必ず加えるべき」ものではない。ビタミンB2は欠乏すると口角炎や舌炎などが起こるけれど、糖負荷によって急性に致命的な病態を誘発することはない。
医学生医学生
B6はつわりに効くと聞いたことがあります。
ドクタードクター
悪心の軽減に一定の効果が報告されていて、海外ではつわりの治療に使われることもある。でも、Wernicke脳症の予防という点で必須なのはB1だ。ビタミンB12は肝臓に大量に蓄えられていて、欠乏が表面化するまでに年単位かかる。ビタミンCの欠乏による壊血病も、通常は数か月にわたる摂取不足で起こるものだ。
医学生医学生
数日から数週間の摂食不良で問題になるのは、貯蔵量が少なく糖代謝で消費されるB1だけ、ということですね。
ドクタードクター
その通り。「貯蔵量」と「糖代謝での消費」の2つで説明できる。同じ理屈は妊娠悪阻以外にも当てはまるよ。アルコール依存症、胃切除後、神経性やせ症、B1を含まない高カロリー輸液などでもWernicke脳症は起こる。
医学生医学生
救急科の実習で、アルコール多飲の患者さんにブドウ糖より先にチアミンを投与していたのを思い出しました。
ドクタードクター
まさにそれだ。疑ったら直ちにB1を大量に静注し、ブドウ糖の前か同時に投与する。MRIでは乳頭体、第三脳室・中脳水道周囲、視床内側にFLAIR像で高信号がみられることがある。また妊娠悪阻では、電解質異常や、hCGの甲状腺刺激作用による一過性の甲状腺機能亢進、長期臥床に伴う深部静脈血栓症にも注意が必要だ。
医学生医学生
輸液の中身を決めるときにも、代謝の理屈を考えることが大事なんですね。
ドクタードクター
そう。「ただの点滴」ほど、何をなぜ入れるのかを理解しておこう。それが防げる合併症を確実に防ぐことにつながるよ。

まとめ

妊娠初期に悪心・嘔吐が重症化し、食事がとれずに脱水や代謝異常をきたした状態が妊娠悪阻で、妊婦では本来低めになるHb・Htの上昇は血液濃縮を示します。治療の基本はブドウ糖を含む輸液による脱水・飢餓の補正ですが、ブドウ糖の代謝ではビタミンB1(チアミン)が補酵素として消費され、体内貯蔵の少ないチアミンが枯渇するとWernicke脳症を誘発するため、輸液には必ずビタミンB1を加えます。Wernicke脳症は意識障害・眼球運動障害・失調性歩行を三徴とし、治療が遅れるとKorsakoff症候群を残すことがあり、アルコール依存症や胃切除後、B1を含まない高カロリー輸液でも起こります。B2・B6・B12・Cは補給しても差し支えありませんが、短期間の摂食不良と糖負荷で急性に重篤な病態を起こすものではありません。「貯蔵量」と「糖代謝での消費」から欠乏しやすいビタミンを考える視点は、あらゆる輸液・栄養管理に応用できます。

解答・解説

正解はaです

所見の整理

・妊娠初期(1週前に妊娠と診断)の28歳女性 ・5日前から悪心・嘔吐が続き、食事がとれなくなり、全身倦怠感が強まっている ・超音波検査で子宮内に胎嚢と、心拍動のある胎芽を認める ・Hb 14.8 g/dL、Ht 46%と、妊婦としては高値(妊娠中は循環血漿量が増えるため、通常はHb・Htが低めになる)。白血球も軽度増加している

診断

妊娠初期の悪心・嘔吐(つわり)は妊婦の多くにみられ、通常は妊娠12〜16週頃までに自然に軽快する。しかし症状が重くなって食事がとれず、脱水、体重減少、代謝異常(ケトーシス、電解質異常など)をきたした状態は、治療を要する妊娠悪阻である。本症例ではHb・Htの上昇が血液濃縮、すなわち脱水を示している。子宮内に心拍動のある胎芽が確認できたため、正常な子宮内妊娠であり、嘔吐が強くなりやすい胞状奇胎や多胎妊娠を示す所見もない。

設問の考え方

妊娠悪阻の治療の基本は、ブドウ糖を含む輸液による脱水・飢餓状態の補正である。ブドウ糖を代謝する過程では、ピルビン酸脱水素酵素などの補酵素としてビタミンB1(チアミン)が消費される。チアミンは体内の貯蔵量が少なく、数週間の摂取不足で枯渇する。すでにチアミンが不足している状態でブドウ糖だけを大量に投与すると、残っているチアミンが急速に使い果たされ、Wernicke(ウェルニッケ)脳症を誘発するおそれがある。Wernicke脳症は、意識障害、眼球運動障害、失調性歩行を特徴とし、治療が遅れるとKorsakoff(コルサコフ)症候群などの後遺症を残したり死亡したりする重篤な疾患である。したがって、糖を含む輸液にはビタミンB1を必ず加える。

選択肢考察

  1. ○a.  ビタミンB1

    ビタミンB1(チアミン)は、活性型のチアミンピロリン酸として、ピルビン酸脱水素酵素、α-ケトグルタル酸脱水素酵素、トランスケトラーゼの補酵素となり、糖代謝に不可欠である。体内の貯蔵量は約30mgと少なく、摂取が途絶えると2〜3週間程度で欠乏しうる。嘔吐によって摂食できない妊娠悪阻の患者にブドウ糖を含む輸液を行うと、チアミンの需要が増してWernicke脳症を起こす危険があるため、予防のために輸液へ加えることが必須である。

  2. ×b.  ビタミンB2

    ビタミンB2(リボフラビン)は、FADやFMNとしてエネルギー代謝の酸化還元反応に関わる。欠乏すると口角炎、口唇炎、舌炎、脂漏性皮膚炎などが起こる。妊娠悪阻で補給しても害はないが、欠乏による重篤な神経障害は知られておらず、糖負荷によって急性に致命的な病態を誘発することもない。必ず加えるべきものとはいえない。

  3. ×c.  ビタミンB6

    ビタミンB6(ピリドキシン)は、アミノ酸代謝の補酵素である。つわりの悪心の軽減に一定の効果が報告されており、海外ではつわり治療に用いられることもある。加えても差し支えはない。しかし、糖を含む輸液によるWernicke脳症を防ぐという点で必須なのはビタミンB1であり、本問の答えとしては適切でない。

  4. ×d.  ビタミンB12

    ビタミンB12(コバラミン)は主に肝臓に大量に蓄えられており、摂取が途絶えても欠乏が表面化するまでには数年を要する。欠乏すると巨赤芽球性貧血や亜急性連合性脊髄変性症をきたすが、数日〜数週間の摂食不良で問題となることはない。本症例で優先して補充する必要はない。

  5. ×e.  ビタミンC

    ビタミンC(アスコルビン酸)は、コラーゲン合成や抗酸化作用に関わる水溶性ビタミンである。欠乏症の壊血病(歯肉出血、皮下出血、創傷治癒の遅れなど)は、通常、数か月にわたる摂取不足で起こる。水溶性ビタミンとして補給しても差し支えないが、糖を含む輸液とともに必ず加えなければならないものではない。

つわりと妊娠悪阻

・つわり:妊娠5〜6週頃から始まる悪心・嘔吐・食欲不振などで、妊婦の50〜80%にみられる。多くは妊娠12〜16週頃までに軽快する。 ・妊娠悪阻:つわりが重症化し、食事摂取ができずに脱水、体重減少(妊娠前の5%以上が目安)、尿中ケトン体陽性、電解質異常などをきたしたもの。治療の対象となる。 ・原因ははっきりしないが、hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)の上昇との関連が考えられている。hCGが高値となる多胎妊娠や胞状奇胎では嘔吐が強くなりやすい。 ・治療:食事を少量ずつ頻回に摂る指導、安静。改善しなければ入院し、糖を含む輸液(ビタミンB1を添加)、電解質補正、必要に応じて制吐薬を用いる。長期臥床に伴う深部静脈血栓症にも注意する。 ・検査:尿中ケトン体、電解質(低Na、低K、低Cl性アルカローシス)、肝機能、甲状腺機能(hCGには甲状腺刺激作用があり、一過性の甲状腺機能亢進を示すことがある)。

Wernicke脳症

・原因:ビタミンB1(チアミン)欠乏。アルコール依存症、妊娠悪阻、胃切除後、神経性やせ症、ビタミンB1を含まない高カロリー輸液などで起こる。 ・三徴:意識障害(せん妄・傾眠)、眼球運動障害(眼振、外転神経麻痺など)、失調性歩行。三徴がすべてそろうのは一部の症例にすぎない。 ・画像:MRIで第三脳室・中脳水道周囲、乳頭体、視床内側にT2強調像・FLAIR像の高信号がみられる。 ・治療:疑った時点で直ちにビタミンB1を大量に静注する。ブドウ糖投与の前、あるいは同時に行う。 ・後遺症:治療が遅れると、記憶障害・作話・見当識障害を特徴とするKorsakoff症候群に移行することがある。

ビタミン欠乏症の整理

・B1:脚気(多発神経炎、高拍出性心不全)、Wernicke脳症 ・B2:口角炎、口唇炎、舌炎、脂漏性皮膚炎 ・B6:口内炎、末梢神経障害、けいれん(イソニアジド投与時に注意) ・B12:巨赤芽球性貧血、亜急性連合性脊髄変性症、Hunter舌炎 ・C:壊血病 ・ナイアシン:ペラグラ(皮膚炎、下痢、認知症) ・葉酸:巨赤芽球性貧血、妊娠中の欠乏は胎児の神経管閉鎖障害のリスク

POINT

・妊娠悪阻は、つわりが重症化して脱水、体重減少、ケトーシスなどをきたした状態であり、Hb・Htの上昇は血液濃縮(脱水)を示す。 ・治療の基本は、糖を含む輸液による脱水と飢餓状態の補正である。 ・糖を投与するとビタミンB1が消費されるため、Wernicke脳症を予防する目的で輸液に必ずビタミンB1を加える。 ・Wernicke脳症の三徴は、意識障害、眼球運動障害、失調性歩行である。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。