便潜血陽性でも「何もしない」が正解―注腸造影で外へ飛び出す影の読み方
第105回医師国家試験 D問題 第42問
国試問題にチャレンジ
70歳の男性。大腸がん検診で便潜血反応陽性であったため,精密検査を勧められて来院した。既往歴と家族歴とに特記すべきことはない。腹部は平坦,軟で,圧痛を認めない。血液所見:赤血球410万,Hb 13.2 g/dL,Ht 40%,白血球7,200,血小板19万。血液生化学所見:総蛋白6.8 g/dL,アルブミン4.0 g/dL,AST 20 IU/L,ALT 18 IU/L,LD 312 IU/L(基準176~353),ALP 275 IU/L(基準115~359)。CRP 0.1 mg/dL。注腸造影写真を別に示す。 対応として適切なのはどれか。

- a.内視鏡的ポリペクトミー
- b.無治療で経過観察
- c.腹腔ドレナージ
- d.結腸右半切除術
- e.抗癌化学療法
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
注腸造影で腸管の外側へ突出する多数のバリウム貯留像は大腸憩室であり、内腔へ突出して陰影欠損を作るポリープや腫瘍、全周性狭窄を示す進行癌とは区別して読みます。無症状で圧痛や炎症反応、貧血を伴わない大腸憩室症は治療不要で、便秘予防や食物繊維摂取を指導しつつ無治療で経過観察とします。治療が必要になるのは憩室炎、穿孔・膿瘍、出血、狭窄・瘻孔などの合併症が生じたときで、膿瘍にはドレナージ、汎発性腹膜炎や瘻孔には手術、出血には内視鏡的止血や塞栓術が選択されます。日本人の憩室は右側結腸に多い傾向があり、近年は左側型も増えています。便潜血陽性の精密検査は全大腸内視鏡が原則であり、憩室を見つけても腫瘍の見落としがないか確認する姿勢が、検診から診療へつなぐうえで重要です。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・70歳男性。大腸がん検診の便潜血反応(便中のヒトヘモグロビンを検出する免疫学的検査)が陽性で、精密検査目的に来院した。 ・自覚症状の記載はなく、腹部は平坦・軟で圧痛もない。 ・Hb 13.2 g/dLと明らかな貧血はなく、白血球 7,200、CRP 0.1 mg/dLと炎症反応も認めない。 ・総蛋白・アルブミンは正常で低栄養はなく、AST・ALT・LD・ALPも基準範囲内であり、肝転移や骨転移を疑わせる所見はない。
画像の読み方
注腸造影(肛門からバリウムと空気を注入して大腸を描出する二重造影検査)では、上行結腸から肝弯曲部、横行結腸にかけて、腸管の輪郭の外側へ突出する小さな円形~類円形のバリウム貯留像が多数みられる。これは腸管壁の一部が外側へ袋状に飛び出した憩室にバリウムが入り込んだ像であり、大腸多発憩室(憩室症)と診断できる。腸管内腔へ突出する隆起(ポリープや腫瘍では透亮像・陰影欠損として描出される)や、全周性の狭窄(進行癌の「アップルコア像」)は指摘されない。
診断と方針の考え方
本例は、症状も炎症所見もない大腸憩室症であり、憩室炎・憩室穿孔・大量の憩室出血といった合併症は起こしていない。便潜血陽性は、憩室からの少量の出血などを拾ったものと解釈される。大腸憩室そのものは良性の構造変化で、合併症がなければ治療対象とならず、無治療で経過観察とするのが原則である。 設問は「どの治療・処置が適切か」を問うており、ポリープ切除・ドレナージ・手術・化学療法はいずれも、本例に存在しない病態(ポリープ、膿瘍、手術適応のある合併症、切除不能癌)を前提とした対応である。 なお実臨床では、便潜血陽性者の精密検査は全大腸内視鏡検査が第一選択であり、憩室が見つかっても、それだけで出血源と決めつけず腫瘍性病変の見落としがないかを確認することが重要である。本問は、画像上ほかに病変がないという前提で、憩室症自体への対応を問うている。
選択肢考察
- ×a. 内視鏡的ポリペクトミー
内視鏡的ポリペクトミーは、茎のある(有茎性)ポリープなどに金属のスネア(輪)をかけ、高周波電流で切除する手技である。適応は腺腫や早期癌などの隆起性病変である。本例の注腸像では腸管の外側へ突出するバリウム貯留(憩室)が多数みられるだけで、内腔へ突出する隆起性病変は描出されていない。切除すべき病変がなく、憩室を内視鏡的に切除することもしないので誤りである。
- ○b. 無治療で経過観察
注腸造影所見から大腸多発憩室と診断される。腹部症状・圧痛がなく、白血球数・CRPも正常であり、憩室炎や穿孔は起こしていない。貧血もなく、治療を要する出血もない。合併症のない大腸憩室症は治療の必要がなく、無治療で経過をみるのが標準的な対応である。生活上は、便秘を避け食物繊維を十分にとるよう指導することが多い。
- ×c. 腹腔ドレナージ
腹腔ドレナージは、腹腔内に溜まった膿や腸液・血液などを体外へ排出する処置であり、憩室穿孔後の腹腔内膿瘍や腹膜炎などで行う。本例は腹部が平坦・軟で圧痛がなく、炎症反応も陰性であり、穿孔や膿瘍を示唆する所見はない。排出すべき貯留物がないので誤りである。
- ×d. 結腸右半切除術
結腸右半切除術は、盲腸・上行結腸・横行結腸の右側を切除する手術で、主に右側結腸癌に対して行われる。憩室が右側結腸に多発している本例でも、合併症がなければ手術の適応はない。大腸憩室で手術を考慮するのは、穿孔による汎発性腹膜炎、保存的に治らない膿瘍、狭窄や瘻孔の形成、内視鏡・血管内治療で止まらない出血、繰り返す憩室炎などの場合である。本例はいずれにも当たらないので誤りである。
- ×e. 抗癌化学療法
抗癌化学療法は、切除不能な進行・再発大腸癌や、術後の再発予防(補助化学療法)に対して行う治療である。本例の注腸像には癌を疑う陰影欠損や狭窄はなく、肝胆道系酵素などにも転移を示唆する異常はない。悪性腫瘍と診断されていない段階で化学療法を行う根拠はなく、誤りである。
大腸憩室とは
大腸の壁の一部が外側へ袋状に突出したものを憩室という。大腸憩室の多くは、筋層を欠き粘膜・粘膜下層だけが脱出する仮性憩室(圧出性憩室)であり、血管が腸管壁を貫く筋層の弱い部位から生じやすい。便秘などによる腸管内圧の上昇、加齢による壁の脆弱化、食物繊維の摂取不足が発生に関与するとされる。
好発部位
欧米では左側(S状結腸)に多いが、日本ではもともと右側結腸(盲腸・上行結腸)に多いのが特徴であった。近年は高齢化や食生活の欧米化により、左側型・両側型も増えている。
症状と合併症
大部分は無症状で、注腸造影・大腸内視鏡・CTなどで偶然見つかる。問題となる合併症は以下のとおりである。 ・憩室炎:発熱、限局した腹痛・圧痛、白血球増多、CRP上昇。右側では虫垂炎との鑑別が重要となる。軽症は腸管安静・抗菌薬で治療する。 ・穿孔・膿瘍・腹膜炎:膿瘍にはドレナージ、汎発性腹膜炎には緊急手術を行う。 ・憩室出血:高齢者の下血の主要な原因で、突然の無痛性の血便として現れることが多い。多くは自然に止血するが、内視鏡的止血術(クリップ、結紮法など)や、血管造影下の塞栓術を要することがある。抗血栓薬やNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)の服用は危険因子である。 ・狭窄・瘻孔:炎症を繰り返した結果として生じ、S状結腸膀胱瘻などは手術適応となる。
便潜血陽性時の精密検査
大腸がん検診(免疫学的便潜血検査2日法)が陽性の場合、精密検査として全大腸内視鏡検査を行うのが原則であり、それが困難な場合に注腸造影やCTコロノグラフィーを用いる。便潜血の再検査で陰性だったからといって精密検査を省略してはならない。
POINT
・注腸造影で腸管の外側へ突出する多数のバリウム貯留像は大腸憩室である(内腔へ突出するポリープ・腫瘍の陰影欠損と区別する)。 ・無症状で炎症所見のない大腸憩室症は治療不要で、経過観察とする。 ・治療が必要になるのは合併症(憩室炎、穿孔・膿瘍、出血、狭窄・瘻孔)が起きたときである。 ・日本人の大腸憩室は右側結腸に多い傾向がある。 ・便潜血陽性の精密検査は全大腸内視鏡検査が原則である。
