「薄まる・下がる」で読み解くSIADH―採血データに映る水の過剰
第104回医師国家試験 I問題 第32問
国試問題にチャレンジ
ADH不適合分泌症候群に合致する血液検査所見はどれか。2つ選べ。
- a.Ht 55%
- b.空腹時血糖 45 mg/dL
- c.クレアチニン 1.8 mg/dL
- d.尿酸 2.5 mg/dL
- e.Na 128 mEq/L
対話形式の解説
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医学生まとめ
SIADHはADHが血漿浸透圧の低下にもかかわらず分泌され続け、水が貯留して起こる希釈性の低ナトリウム血症です。体液量の増加はANP分泌やレニン抑制を介してNa排泄を促すため浮腫は目立たず、血液検査ではNa・血漿浸透圧・Ht・BUN・クレアチニン・尿酸がそろって低下する「薄まる・下がる」パターンを示します。特に低尿酸血症は、尿酸が上昇しやすい脱水性の低ナトリウム血症との鑑別に有用です。腎機能と副腎皮質機能が正常であることが診断の前提で、低血糖を伴えば副腎不全などを考えます。原因として肺小細胞癌や中枢神経疾患、薬剤を押さえ、治療では慢性例の急速補正による浸透圧性脱髄症候群に注意することが、低ナトリウム血症診療の基本となります。
解答・解説
正解はd, eです
ADH不適合分泌症候群(syndrome of inappropriate secretion of antidiuretic hormone: SIADH)は、抗利尿ホルモン(ADH、別名アルギニンバソプレシン: AVP)が、血漿浸透圧が低いにもかかわらず抑制されずに分泌され続ける病態である。ADHは腎集合管の水チャネル(アクアポリン2)を介して水の再吸収を促すため、腎臓から水を十分に排泄できなくなり、体内に水が貯留する。 体液量が増えると、それを是正しようとして心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)の分泌亢進やレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の抑制が起こり、尿中へのNa排泄が続く。その結果、体内の水は軽度に過剰でありながら浮腫や明らかな高血圧は目立たず、臨床的には「脱水を伴わない(体液量がほぼ正常な)希釈性の低ナトリウム血症」となる。 この病態から予想される血液検査所見は次の通りである。 ・水の貯留による希釈: 血清Na、血漿浸透圧の低下。ヘマトクリット(Ht)、BUN、クレアチニンも低めになる。 ・細胞外液量の軽度増加による尿酸排泄の増加: 血清尿酸値の低下(5 mg/dL以下が目安)。 ・体液量増加によるレニン分泌の抑制: 血漿レニン活性の低下。 つまり、SIADHの採血所見は「薄まる」「下がる」方向にそろうと考えると整理しやすい。選択肢の中でこれに合うのは、低尿酸血症(尿酸2.5 mg/dL)と低ナトリウム血症(Na 128 mEq/L)である。
選択肢考察
- ×a. Ht 55%
ヘマトクリット(Ht)は血液中に赤血球が占める容積の割合で、基準値はおおむね男性40〜50%、女性35〜45%程度である。SIADHでは体内に水が貯留して血液が希釈されるため、Htはむしろ低めになる。55%という高値は、脱水による血液濃縮や多血症(真性多血症、二次性多血症)を示唆する所見であり、SIADHには合致しない。
- ×b. 空腹時血糖 45 mg/dL
空腹時血糖の基準値は70〜109 mg/dL程度であり、45 mg/dLは明らかな低血糖である。SIADHの本態は水の排泄障害であり、糖代謝には直接影響しないため、低血糖はSIADHの所見ではない。低ナトリウム血症と低血糖が同時にみられた場合は、むしろ副腎皮質機能低下症(コルチゾール欠乏)や下垂体前葉機能低下症を疑うべきである。これらの疾患でも低ナトリウム血症が生じるため、SIADHの診断にあたっては副腎皮質機能が正常であることを確認する必要がある。
- ×c. クレアチニン 1.8 mg/dL
血清クレアチニンの基準値はおおむね男性0.6〜1.1 mg/dL、女性0.4〜0.8 mg/dL程度であり、1.8 mg/dLは腎機能障害を示す。SIADHでは水の貯留で血液が希釈され、腎血流・糸球体濾過量も保たれるかやや増加するため、クレアチニンはむしろ低めになる。また、腎不全そのものが水・Naの排泄異常や低ナトリウム血症の原因となりうるため、SIADHの診断基準では「腎機能が正常であること(血清クレアチニン1.2 mg/dL以下)」が条件となっている。したがって、クレアチニン高値はSIADHに合致しない。
- ○d. 尿酸 2.5 mg/dL
血清尿酸の基準値はおおむね3〜7 mg/dL程度であり、2.5 mg/dLは低値である。SIADHでは細胞外液量が軽度に増加するため、近位尿細管でのNaや尿酸の再吸収が減り、尿中への尿酸排泄が増加する。これに血液の希釈も加わって、血清尿酸値は低下する。一般に脱水では尿酸が上昇し、体液過剰では低下する。低尿酸血症(5 mg/dL以下)はSIADHの参考所見として診断基準に含まれており、同じ低ナトリウム血症でも細胞外液量が減少している病態(嘔吐・下痢、利尿薬など)との鑑別に役立つ。よって合致する。
- ○e. Na 128 mEq/L
血清Naの基準値は135〜145 mEq/L程度であり、128 mEq/Lは低ナトリウム血症である。血清Na濃度は体内のNa量そのものよりも、体内の水の量に強く左右される。SIADHではADHの作用によって自由水が排泄されずに貯留するため、血清Naが希釈されて低下する。さらに、体液量の増加に反応して尿中にNaが排泄され続けることも低Na血症を助長する。低ナトリウム血症(血清Na 135 mEq/L未満)はSIADHの診断基準の中核をなす所見であり、合致する。なお、ADH作用が不足する尿崩症では逆に自由水が失われ、血清Naは上昇する。
SIADHの診断のポイント(本邦の診断の手引きの要旨)
主な項目は以下の通りである。 ・低ナトリウム血症(血清Na 135 mEq/L未満) ・血漿浸透圧の低下(280 mOsm/kg未満) ・低ナトリウム血症・低浸透圧であるにもかかわらず、血漿ADH(バソプレシン)濃度が抑制されていない ・尿浸透圧が不適切に高い(希釈尿になっていない) ・尿中Na排泄が持続している(20 mEq/L以上) ・腎機能が正常(血清クレアチニン1.2 mg/dL以下) ・副腎皮質機能が正常 参考所見として、脱水の所見がないこと、血漿レニン活性の低下、血清尿酸値の低下(5 mg/dL以下)、水分制限で低ナトリウム血症が改善することなどが挙げられる。
SIADHの主な原因
・中枢神経疾患: 髄膜炎、脳炎、頭部外傷、くも膜下出血、脳腫瘍など ・肺疾患: 肺炎、肺結核、陽圧換気など ・異所性ADH産生腫瘍: 肺小細胞癌が代表的 ・薬剤: ビンクリスチン、シクロホスファミド、カルバマゼピン、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、三環系抗うつ薬など
症状
低ナトリウム血症の程度と進行の速さに依存する。軽度では倦怠感、食欲不振、頭痛、悪心程度だが、急速に進行した高度の低ナトリウム血症では脳浮腫による意識障害、けいれんをきたす。
治療
原因疾患の治療に加え、水分制限(1日15〜20 mL/kg程度)が基本である。必要に応じて食塩の補充、バソプレシンV2受容体拮抗薬(トルバプタン、異所性ADH産生腫瘍ではモザバプタン)を用いる。重症例では高張食塩水を用いるが、慢性の低ナトリウム血症を急速に補正すると浸透圧性脱髄症候群(橋中心髄鞘崩壊症など)をきたすため、補正速度は24時間で10 mEq/L以内にとどめる。
低ナトリウム血症の鑑別の考え方
低ナトリウム血症は細胞外液量で分けると整理しやすい。 ・細胞外液量減少: 嘔吐・下痢、利尿薬、副腎不全、中枢性塩類喪失症候群など。Ht・BUN・尿酸は上昇しやすい。 ・細胞外液量ほぼ正常: SIADH、甲状腺機能低下症、副腎皮質機能低下症(糖質コルチコイド欠乏)、心因性多飲など。 ・細胞外液量増加(浮腫あり): 心不全、肝硬変、ネフローゼ症候群、腎不全など。
POINT
・SIADHはADHの不適切な分泌により水が貯留し、脱水を伴わない希釈性低ナトリウム血症をきたす。 ・血液所見は「希釈」の方向にそろう: Na・血漿浸透圧・Ht・BUN・クレアチニン・尿酸が低下する。 ・血漿レニン活性は低下し、尿中Na排泄は持続する(20 mEq/L以上)。 ・腎機能と副腎皮質機能が正常であることが診断の前提である。 ・慢性低ナトリウム血症の急速補正は浸透圧性脱髄症候群の原因となる。
