見えない、触れない外ヘルニア―閉鎖孔ヘルニアはなぜ体表から診断できないのか
第104回医師国家試験 I問題 第10問
国試問題にチャレンジ
視診・触診で診断できないのはどれか。
- a.臍ヘルニア
- b.鼠径ヘルニア
- c.大腿ヘルニア
- d.閉鎖孔ヘルニア
- e.腹壁瘢痕ヘルニア
対話形式の解説
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ドクターまとめ
腹部の外ヘルニアの多くは、腹圧で体表が膨隆し臥位や圧迫で還納されるため、膨隆の部位や還納性、咳嗽時の衝撃、ヘルニア門の位置を視診・触診で確かめることで診断できます。臍ヘルニア、鼠径ヘルニア、大腿ヘルニア、腹壁瘢痕ヘルニアはいずれも体表に膨隆が現れますが、閉鎖孔ヘルニアは閉鎖管から脱出した腸管が恥骨筋や長内転筋の深部にとどまるため、見ることも触れることもほとんどできません。やせた高齢の経産婦に開腹歴のない腸閉塞が起き、閉鎖神経圧迫による大腿内側〜膝の痛み(Howship-Romberg徴候)を伴う場合に疑い、骨盤部CTで診断します。嵌頓しやすく、Richter型嵌頓で症状がはっきりしないこともあるため、早期診断と緊急手術が予後を左右します。ヘルニア門の解剖学的な深さと体表所見を結びつけて理解することが、見逃しやすい腸閉塞の原因に気づく力になります。
解答・解説
正解はdです
ヘルニアとは、臓器や組織が本来あるべき腔から、先天的または後天的にできた間隙(ヘルニア門)を通って別の場所へ脱出した状態をいう。腹部のヘルニアは、脱出先が体表側(腹壁の外)である外ヘルニアと、腹腔内の陥凹や裂孔に入り込む内ヘルニア(傍十二指腸ヘルニア、網嚢孔ヘルニアなど)に大別される。 外ヘルニアの多くは、立位や咳・いきみなどで腹圧をかけたときに体表の膨隆として現れ、臥位や用手的圧迫で還納される。そのため、視診(膨隆の有無・部位)と触診(腫瘤の性状、還納性、咳嗽時の衝撃〔cough impulse〕、ヘルニア門の位置)で診断できるのが原則である。 しかし、外ヘルニアの中でも閉鎖孔ヘルニアは例外である。ヘルニア門となる閉鎖孔(閉鎖管)は骨盤の深部にあり、脱出した腸管は恥骨筋・長内転筋などの厚い大腿の筋群の下にとどまる。このため体表から膨隆として見えず、触れることもほとんどできない。本問は「外ヘルニアでありながら体表から所見が得られないもの」を選ばせる問題である。
選択肢考察
- ×a. 臍ヘルニア
臍輪(臍部の腹壁の閉鎖が不完全な部分)をヘルニア門として腸管や大網が脱出するものである。乳児では啼泣時に臍部が膨隆する「でべそ」として気づかれ、多くは2歳ごろまでに自然閉鎖する。成人では肥満、妊娠・多産、腹水など腹圧の上昇が誘因となる。いずれも臍部の膨隆を視診で確認でき、触診で還納性やヘルニア門(臍輪の欠損部)を触れられるため、視診・触診で診断可能である。
- ×b. 鼠径ヘルニア
鼠径部の膨隆として現れる、最も頻度の高い外ヘルニアである。ヘルニア門が下腹壁動静脈の外側(内鼠径輪)にあるものを外鼠径ヘルニア(間接ヘルニア)、内側(Hesselbach三角)にあるものを内鼠径ヘルニア(直接ヘルニア)という。外鼠径ヘルニアは乳幼児や若年〜中年男性に多く、陰囊内まで下降することがある。内鼠径ヘルニアは中高年男性に多い。立位で鼠径靱帯より頭側に膨隆が見え、指を外鼠径輪から挿入して咳をさせると衝撃を触れるなど、視診・触診で診断できる。
- ×c. 大腿ヘルニア
大腿輪から大腿管を通り、鼠径靱帯の尾側(足側)に脱出するヘルニアである。骨盤が広く大腿輪の大きい中高年の女性、特に経産婦に多く、右側にやや多い。膨隆は鼠径靱帯より下方で、大腿静脈(大腿動脈の拍動を触れる位置のさらに内側)の内側に触れる。ヘルニア門が狭く硬いため嵌頓しやすい点が特徴であるが、膨隆は体表から視診・触診で確認でき、鼠径靱帯との位置関係で鼠径ヘルニアと区別できる。
- ○d. 閉鎖孔ヘルニア
閉鎖孔ヘルニアは、骨盤の閉鎖孔の上外側にある閉鎖管(閉鎖動静脈・閉鎖神経が通る管)をヘルニア門とし、腸管(多くは小腸)が大腿内側の深部へ脱出する外ヘルニアである。脱出部位は恥骨筋や長内転筋などの厚い筋層の下にあるため、体表に膨隆が現れず、触診でも腫瘤をほとんど触れない。したがって視診・触診では診断できず、骨盤部CTで恥骨筋と外閉鎖筋の間に脱出した腸管を確認して診断する。やせた高齢の経産婦に多く、腸閉塞症状で発症し、脱出腸管による閉鎖神経圧迫から大腿内側〜膝内側の痛みやしびれ(Howship-Romberg徴候)を伴うことが手がかりとなる。
- ×e. 腹壁瘢痕ヘルニア
開腹手術や外傷によって生じた腹壁の瘢痕部で筋膜の癒合が不十分となり、そこから腹腔内容が脱出するものである。創感染、肥満、高齢、糖尿病、ステロイド使用、低栄養、術後の咳嗽などの腹圧上昇が危険因子となる。手術創の部位に一致して立位や腹圧時に膨隆が見え、触診で筋膜欠損部(ヘルニア門)を触れるため、視診・触診で診断できる。欠損の大きさや内容の評価にはCTが補助的に用いられる。
閉鎖孔ヘルニアの概要
・好発: やせた高齢女性(特に多産の経産婦)。女性は骨盤が広く閉鎖管が大きいこと、加齢やるいそうで閉鎖管周囲の脂肪組織が減ることが関与する。右側に多い。 ・症状: 腸閉塞(腹痛、嘔吐、腹部膨満)で発症することが多い。腸管壁の一部だけが嵌頓するRichter型嵌頓が多く、完全な閉塞症状がはっきりしないこともある。 ・Howship-Romberg徴候: 脱出した腸管が閉鎖神経を圧迫し、大腿内側から膝にかけて痛み・しびれが生じる。股関節の伸展・外転・内旋で増強し、屈曲で軽減する。 ・診断: 体表所見に乏しいため、骨盤部CTが最も有用である。直腸診や内診で閉鎖孔付近に圧痛や腫瘤を触れることがある。 ・治療: 嵌頓例が多く、原則として緊急手術を行う。腸管壊死があれば腸切除を行う。診断の遅れが壊死・穿孔につながり、高齢者では死亡率も高い。
主な腹部外ヘルニアの比較
・外鼠径ヘルニア: ヘルニア門は内鼠径輪(下腹壁動静脈の外側)。小児・若年男性に多い。 ・内鼠径ヘルニア: ヘルニア門はHesselbach三角(下腹壁動静脈の内側)。中高年男性に多い。嵌頓はまれ。 ・大腿ヘルニア: ヘルニア門は大腿輪。鼠径靱帯の下方、大腿静脈の内側に膨隆。中高年女性に多く嵌頓しやすい。 ・閉鎖孔ヘルニア: ヘルニア門は閉鎖管。体表から見えない。やせた高齢女性に多く嵌頓しやすい。 ・臍ヘルニア: 乳児に多く多くは自然治癒。成人では肥満・妊娠・腹水が誘因。 ・腹壁瘢痕ヘルニア: 手術創に発生。創感染・肥満などが危険因子。
POINT
・外ヘルニアの多くは視診・触診で診断できるが、閉鎖孔ヘルニアは脱出部が大腿の筋層深部にあるため体表から診断できない。 ・閉鎖孔ヘルニアは「やせた高齢の経産婦+開腹歴のない腸閉塞」で疑い、骨盤部CTで診断する。 ・Howship-Romberg徴候(閉鎖神経圧迫による大腿内側〜膝の痛み)が特徴的である。 ・大腿ヘルニアと閉鎖孔ヘルニアはいずれも中高年女性に多く嵌頓しやすい。
