帝王切開翌朝、初めて歩いた直後の息苦しさ―肺血栓塞栓症を疑ったら「まず何を測るか」
第104回医師国家試験 D問題 第60問
国試問題にチャレンジ
24歳の初産婦。切迫早産のため入院していた。妊娠35週0日で臍帯脱出のため緊急帝王切開で2,460 gの男児を出産した。翌朝,術後初めての歩行直後に呼吸困難,胸痛および気分不良を訴えた。 初期検査として適切なのはどれか。
- a.血球検査
- b.動脈血ガス分析
- c.凝固・線溶検査
- d.肺シンチグラフィ
- e.下肢静脈超音波検査
対話形式の解説
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ドクターまとめ
妊娠・産褥、長期臥床、帝王切開はいずれもVirchowの三徴に当てはまる静脈血栓塞栓症の危険因子であり、術後の初回歩行直後の突然の呼吸困難・胸痛は急性肺血栓塞栓症を強く疑わせます。命に関わりうる病態なので、初期検査としてはまず動脈血ガス分析で低酸素血症の程度を評価し、酸素投与などの初期治療につなげることが優先されます。典型的には低酸素血症、低二酸化炭素血症、A-aDO2開大を示しますが、正常でも否定はできません。Dダイマーは妊娠・術後では特異度が低く、確定診断の中心は造影CTで、肺シンチグラフィや下肢静脈超音波検査は補助的な位置づけです。「診断より先に重症度評価と安定化」という救急の原則は、あらゆる急性呼吸困難の初期対応に通じる大切な考え方です。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
24歳の初産婦。切迫早産のため入院していた(長期の安静臥床)。妊娠35週0日に臍帯脱出で緊急帝王切開となり、その翌朝、術後初めて歩いた直後に、呼吸困難、胸痛、気分不良が突然出現した。
診断へのプロセス
本例には深部静脈血栓症(DVT)の危険因子が重なっている。 ・妊娠・産褥:エストロゲンの影響で凝固因子が増え、線溶が抑えられて血液が固まりやすくなる。増大した子宮が下大静脈や腸骨静脈を圧迫し、下肢の静脈血がうっ滞する。 ・切迫早産による長期安静臥床:下肢の筋ポンプが働かず静脈血がうっ滞する。 ・帝王切開(とくに緊急手術):手術侵襲による凝固亢進と血管内皮障害が加わる。帝王切開は経腟分娩より静脈血栓塞栓症のリスクが高い。 これらはVirchowの三徴(血流のうっ滞、血管内皮の障害、血液凝固能の亢進)にそのまま当てはまる。臥床中に下肢や骨盤の静脈にできた血栓が、術後初めての歩行(離床)をきっかけにはがれ、肺動脈に詰まったと考えるのが最も自然である。離床・初回歩行、排便・排尿直後の突然の呼吸困難・胸痛は、急性肺血栓塞栓症(PTE)の典型的な発症状況である。鑑別としては羊水塞栓症(主に分娩中から分娩直後に発症)、周産期心筋症、気胸、急性冠症候群などが挙がるが、発症のタイミングと状況からPTEを最も強く疑う。
設問の考え方
急性PTEは、血栓の大きさによってはショックや心停止に至る救急疾患である。疑った時点でまず行うべきことは、確定診断のための画像検査よりも、呼吸・循環の状態を把握して重症度を評価し、酸素投与などの初期治療を始めることである。PTEでは、血流が途絶えた領域と換気されている領域の不均衡(換気血流比不均等)などにより低酸素血症が生じ、呼吸困難による過換気のためPaCO2は低下する(低酸素血症+低二酸化炭素血症、呼吸性アルカローシス)。動脈血ガス分析はこの状態をすぐに数値で示し、酸素療法の必要性や重症度の判断に直結する。したがって、初期検査として最も適切なのは動脈血ガス分析である。実際の臨床では、これと並行してパルスオキシメータによるSpO2測定、血圧・心拍数の確認、心電図、胸部エックス線、心エコーを速やかに行い、そのうえで造影CTなどの確定診断に進む。
選択肢考察
- ×a. 血球検査
血算(赤血球、ヘモグロビン、白血球、血小板など)は、術後出血による貧血や感染の評価、抗凝固療法を始める前の血小板数の確認などに役立つため、いずれ行う検査ではある。しかしPTEに特異的な所見は得られず、呼吸状態の重症度も分からない。突然の呼吸困難・胸痛に対して最初に行うべき検査ではない。
- ○b. 動脈血ガス分析
急性PTEでは、換気血流比不均等などにより低酸素血症(PaO2低下)が生じ、同時に過換気によってPaCO2が低下する。また肺胞気-動脈血酸素分圧較差(A-aDO2)が開大する。動脈血ガス分析は数分で結果が得られ、低酸素血症の程度、換気状態、酸塩基平衡、さらにショックによる乳酸アシドーシスの有無まで把握できるため、重症度の評価と酸素投与などの初期治療方針の決定に直結する。突然の呼吸困難を訴える患者に対して最初に行うべき検査として適切である。ただし、動脈血ガス分析が正常でもPTEは否定できない点には注意する。
- ×c. 凝固・線溶検査
凝固・線溶検査のうちDダイマー(フィブリンが分解されてできる産物)は、血栓があると上昇する。Dダイマーは感度が高く、検査前確率が低い患者で正常であればPTEをほぼ否定できるという除外診断に有用である。しかし特異度は低く、妊娠・産褥期や手術直後にはPTEがなくても上昇するため、本例のような帝王切開翌日の患者では診断的価値が乏しい。また、呼吸・循環の重症度は評価できない。抗凝固療法を始める前の基礎値(PT、APTTなど)として測定する意義はあるが、最初に優先すべき検査ではない。
- ×d. 肺シンチグラフィ
肺血流シンチグラフィでは、塞栓された領域に楔状の血流欠損がみられ、換気シンチグラフィでは同じ領域の換気が保たれる(換気血流ミスマッチ)。PTEの診断に有用な検査である。しかし核医学検査室への移動と準備に時間がかかり、急変のおそれがある患者に最初に行う検査ではない。また現在、PTEの確定診断には造影CT(肺動脈CT血管造影)が第一選択として広く用いられており、肺シンチグラフィは造影剤が使えない場合(腎機能障害、造影剤アレルギー)などに用いられることが多い。
- ×e. 下肢静脈超音波検査
下肢静脈超音波検査は、PTEの塞栓源となる深部静脈血栓症の有無を非侵襲的に調べる検査である。下肢の静脈を圧迫しても内腔がつぶれない(非圧縮性)ことや、内腔の血栓像でDVTを診断する。DVTが見つかればPTEの診断を支持し、抗凝固療法の方針決定にも役立つ。しかし、急に呼吸困難・胸痛を訴えている患者の重症度を評価する検査ではなく、呼吸・循環の評価と安定化を優先すべきである。また、PTE患者でも下肢にDVTが検出されないことがあり(血栓がすでに遊離している、骨盤内静脈に血栓があるなど)、陰性でもPTEを否定できない。
急性肺血栓塞栓症(PTE)の概要
・主に下肢や骨盤内の深部静脈にできた血栓が遊離し、肺動脈を閉塞する疾患である。DVTとPTEは一連の病態として静脈血栓塞栓症(VTE)と総称される。 ・危険因子(Virchowの三徴):血流のうっ滞(長期臥床、長時間の座位、肥満、妊娠)、血管内皮の障害(手術、外傷、カテーテル)、凝固能の亢進(妊娠・産褥、悪性腫瘍、エストロゲン製剤、アンチトロンビン・プロテインC・プロテインS欠乏症、抗リン脂質抗体症候群)。 ・典型的な発症状況:術後や安静臥床後の初回歩行、排便・排尿時など。
症状・所見
・突然の呼吸困難、胸痛、頻呼吸、頻脈、失神、ショック。 ・動脈血ガス:低酸素血症、低二酸化炭素血症、A-aDO2開大。 ・心電図:洞性頻脈が最も多い。右心負荷所見として、右脚ブロック、V1〜V3の陰性T波、SⅠQⅢTⅢパターンなどがみられることがある。 ・胸部エックス線:正常のことが多い。肺動脈中枢部の拡張、末梢の血管影の減少(Westermarck徴候)、胸膜側に基底をもつ楔状影(Hampton's hump)がみられることがある。 ・心エコー:右室拡大、心室中隔の扁平化、三尖弁逆流による推定肺動脈圧上昇など。
診断の流れ
1. 疑った時点で、SpO2・動脈血ガス分析、血圧・心拍数、心電図、胸部エックス線、心エコーにより重症度を評価し、酸素投与と静脈路確保を行う。 2. 臨床的確率(Wellsスコアなど)とDダイマーで検査前確率を評価する(妊娠・術後では特異度が低い点に注意)。 3. 確定診断は造影CT(肺動脈CT血管造影)が中心。造影剤が使えない場合は肺換気血流シンチグラフィを用いる。塞栓源の検索として下肢静脈超音波検査を行う。
治療
・酸素投与、循環管理。 ・抗凝固療法(未分画ヘパリン、その後ワルファリンまたは直接経口抗凝固薬)が基本。妊娠中はヘパリンを用い、ワルファリンは催奇形性のため使用しない。 ・ショックを伴う重症例では血栓溶解療法(モンテプラーゼ)、カテーテル治療、外科的血栓摘除術、経皮的心肺補助(PCPS)を考慮する。 ・抗凝固療法が行えない場合などには下大静脈フィルターを考慮する。
予防(産科・周術期)
・早期離床、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、リスクに応じた抗凝固薬(低用量未分画ヘパリン、低分子量ヘパリンなど)による予防が行われる。
POINT
・帝王切開後や長期臥床後の初回歩行直後に、突然の呼吸困難・胸痛が出現したら急性肺血栓塞栓症を疑う。 ・妊娠・産褥、手術、長期臥床はいずれもVirchowの三徴に当てはまるVTEの危険因子である。 ・初期対応ではまず動脈血ガス分析(SpO2)で低酸素血症の程度を評価し、酸素投与を開始する。典型的には低酸素血症、低二酸化炭素血症、A-aDO2開大を示す。 ・Dダイマーは除外診断に有用だが、妊娠・産褥・術後では上昇しやすく特異度が低い。 ・確定診断の中心は造影CTであり、肺換気血流シンチグラフィや下肢静脈超音波検査は補助的な位置づけである。
