「眠れない」新米ママの声をどう受け止める?―EPDS陽性から始まる医療と地域の連携
第119回医師国家試験 F問題 第57問
国試問題にチャレンジ
38歳の褥婦。産後1か月の健診のため来院した。初めての児を1か月前に経腟分娩した。体温36.5℃。脈拍80/分,整。血圧126/76mmHg。子宮復古は良好で,悪露は正常であった。母乳哺育を行っているが,うまくできているか心配でよく眠れない。本人,夫ともに兄弟姉妹はおらず,両親は他界している。最近,転居したため,周囲に親しい友人はいない。エジンバラ産後うつ病質問票〈EPDS〉は14点(基準8点以下)であった。児は,出生体重3,096g,発育は順調である。 適切な対応はどれか。2つ選べ。
- a.抗精神病薬を処方する。
- b.精神科への受診を提案する。
- c.児と分離することを目的に本人を入院させる。
- d.本人の同意を得て市町村に患者情報を伝える。
- e.母乳哺育を中止し人工乳哺育にするように指導する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
産後1か月で不安・不眠が続き、EPDSが9点以上の高値であれば産後うつ病を疑いますが、EPDSはスクリーニング検査にすぎないため、精神科受診につなげて確定診断や重症度、希死念慮、双極性障害・産褥精神病との鑑別を評価してもらうことが重要です。支援者が乏しい褥婦では、本人の同意を得て市町村の母子保健担当(保健師など)と情報を共有し、家庭訪問や産後ケア事業など地域の支援につなげます。一方、精神病症状のない段階での抗精神病薬投与、児に危険がない状況での母児分離、順調な母乳哺育の一方的な中止は、病状や母親の自信を損なうおそれがあり不適切です。マタニティブルーズ、産後うつ病、産褥精神病を時期と症状で区別し、医療と地域が連携して母子を支える視点は、周産期医療に関わるすべての医師に求められます。
解答・解説
正解はb, dです
所見の整理
・38歳の初産婦(高年初産)。産後1か月健診で来院した。 ・身体的な産褥経過は良好(バイタルサイン正常、子宮復古良好、悪露正常)で、児の発育も順調である。 ・母乳哺育がうまくできているか心配で眠れない(育児不安と不眠)。 ・本人・夫ともに兄弟姉妹がおらず、両親は他界、転居直後で親しい友人もいない。つまり、身近に育児を手伝ってくれる人がいない(社会的支援の乏しさ)。 ・エジンバラ産後うつ病質問票(EPDS)が14点。日本では9点以上を産後うつ病の疑いとする区分点が用いられ、本例は明らかに陽性である。
評価
産後1か月の時点で不安・不眠が続き、EPDSが高値であることから産後うつ病が疑われる。産後数日~10日ごろに生じ2週間ほどで自然軽快するマタニティブルーズとは時期的に区別される。さらに高年初産、育児不安、支援者不在、転居による孤立は、いずれも産後うつ病のリスク因子であり、放置すれば母親の病状悪化や自殺、乳児虐待・ネグレクトにつながるおそれがある。
対応の考え方
EPDSはあくまでスクリーニング検査であり、診断を確定するものではない。陽性者には、精神科医による診察を受けてもらい、うつ病の重症度、希死念慮の有無、双極性障害や産褥精神病との鑑別を行うことが必要である。同時に、本例の大きな問題は家族・友人による支援がないことであり、本人の同意を得たうえで市町村(母子保健担当の保健師など)と情報を共有し、家庭訪問や産後ケア事業などの地域の支援につなげることが重要である。医療と行政(母子保健)が連携して母子を見守る体制を作ることが適切な対応である。
選択肢考察
- ×a. 抗精神病薬を処方する。
本例はEPDSで産後うつ病が疑われた段階であり、幻覚・妄想などの精神病症状はみられないため、抗精神病薬の適応はない。産後にうつ状態を呈する女性の中には双極性障害が含まれることがあり、専門的な診断を経ずに向精神薬を開始すると病状を不安定にするおそれもある。また授乳中の薬物投与は児への移行も考慮しなければならない。薬物療法の要否は精神科で診断をつけたうえで判断すべきである。
- ○b. 精神科への受診を提案する。
EPDS 14点は産後うつ病を強く疑う結果であるが、EPDSはスクリーニング検査にすぎない。精神科で診察を受けることで、産後うつ病の確定診断と重症度評価、希死念慮の確認、双極性障害・産褥精神病・不安症などとの鑑別が可能となり、必要に応じて精神療法や授乳を考慮した薬物療法が導入される。本人の不安を受け止めたうえで、受診を勧めるのが適切である。
- ×c. 児と分離することを目的に本人を入院させる。
母児分離を目的とした入院は、自殺企図や母子心中の危険、児への虐待など、児の生命・安全に重大な危険がある場合に検討される対応である。本例では児の発育は順調で、児への拒否感や希死念慮などの訴えもない。不必要な母児分離は母子の愛着(ボンディング)形成を妨げ、母親の自責感を強めるおそれがあり、適切ではない。
- ○d. 本人の同意を得て市町村に患者情報を伝える。
本例は身近に支援者がおらず、育児支援が特に必要な母子である。市町村は母子保健法などに基づき、保健師などによる家庭訪問、産後ケア事業(産後の母子に対する心身のケアや育児サポート)、子育て世代への相談支援などを提供している。医療機関が把握した情報を市町村と共有することで、地域での継続的な見守りと支援が可能になる。個人情報であるため、原則として本人の同意を得たうえで情報提供を行う。
- ×e. 母乳哺育を中止し人工乳哺育にするように指導する。
児の体重増加は順調であり、母乳哺育そのものに問題はない。本人の不安は「うまくできているか」という点にあるため、まず授乳がうまくいっていることを具体的に伝え、支持的に関わることが望ましい。一方的に母乳哺育の中止を指導すると、母親としての自信喪失や自責感を強め、抑うつを悪化させるおそれがある。授乳の継続・中止は、薬物療法の必要性や睡眠確保などを考慮し、本人の希望を尊重して個別に判断する。
産褥期の主な精神障害
・マタニティブルーズ:産後3~10日ごろに出現する一過性の涙もろさ、気分の不安定、不安など。褥婦の30~50%程度にみられ、通常2週間以内に自然軽快する。治療は不要で、傾聴と見守りで対応する。ただし産後うつ病へ移行する場合がある。 ・産後うつ病:産後数週~数か月以内に発症するうつ病で、褥婦の10~15%程度にみられる。抑うつ気分、興味・喜びの喪失、不眠、育児への過度の不安、自責感、希死念慮などを呈する。妊産婦の死亡原因として自殺が重要であり、早期発見と支援が求められる。 ・産褥精神病:産後数日~数週以内に急性に発症し、幻覚・妄想・錯乱などの精神病症状を示す。頻度は約0.1~0.2%と低いが、母子心中などの危険があり、精神科での緊急対応や入院を要する。双極性障害との関連が深い。
産後うつ病のリスク因子
精神疾患の既往(特にうつ病・双極性障害)、妊娠中の抑うつ・不安、社会的支援の乏しさ、夫婦関係の問題、望まない妊娠、経済的問題、ライフイベント(転居・死別など)、育児の困難さ、高年初産など。
エジンバラ産後うつ病質問票(EPDS)
過去7日間の気分について、母親自身が回答する10項目の自己記入式質問票である(各0~3点、合計30点)。日本では9点以上を産後うつ病の疑いとする。最後の項目は自傷(自分を傷つける考え)に関する質問であり、合計点にかかわらずこの項目が陽性の場合は特に注意して対応する。
地域での支援体制
市町村では、産婦健康診査(産後2週・1か月ごろ、EPDSなどでの心の状態の確認を含む)、新生児訪問・乳児家庭全戸訪問、産後ケア事業などにより産後の母子を支援している。支援が必要な母子を医療機関が把握した場合は、本人の同意を得て市町村の母子保健担当(保健師など)に連絡し、医療・保健・福祉が連携して継続的に支援する。
POINT
・EPDSは産後うつ病のスクリーニング検査で、日本では9点以上を陽性とする。陽性なら精神科への受診につなげる。 ・支援者が乏しい褥婦は、本人の同意を得て市町村(保健師)に情報提供し、家庭訪問や産後ケア事業などの地域支援につなぐ。 ・診断前の安易な向精神薬投与、不要な母児分離、根拠のない授乳中止は行わない。 ・マタニティブルーズ(産後早期・一過性)、産後うつ病(10~15%)、産褥精神病(まれ・緊急対応)を区別する。
