大動脈瘤は「周りを押す」―解剖でわかる胸部大動脈瘤の合併症
第104回医師国家試験 D問題 第27問
国試問題にチャレンジ
64歳の男性。胸部違和感を主訴に来院した。以前から高血圧を指摘されていたが放置していた。血圧220/110 mmHg。胸部エックス線写真を別に示す。 合併する病態として考えにくいのはどれか。

- a.嗄声
- b.喀血
- c.突然死
- d.嚥下困難
- e.口角下垂
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
長年放置された高血圧の高齢男性で、胸部エックス線写真に大動脈弓から連続する縦隔陰影の突出があれば、胸部大動脈瘤を考えます。合併症は、周囲臓器の圧迫による症状(左反回神経圧迫による嗄声、食道圧迫による嚥下困難、気管圧迫による咳嗽・呼吸困難、上大静脈症候群、Horner症候群)と、破裂・穿破によるもの(喀血、吐血、出血性ショック・突然死)に整理できます。口角下垂は顔面神経麻痺や脳卒中でみられる所見で、胸腔内を走行しない顔面神経が大動脈瘤に圧迫されることはありません。治療は降圧と禁煙を基本とし、瘤径5.5〜6 cm前後以上や急速な拡大、有症状例では人工血管置換術やステントグラフト内挿術を検討します。病変の位置と周囲の解剖を結びつけて症状を予測する考え方は、縦隔腫瘍など他の胸部疾患の理解にも役立ちます。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・64歳男性、胸部違和感:心臓・大血管・肺・縦隔の疾患を幅広く考える必要がある非特異的な症状である。 ・長年放置された高血圧、来院時血圧220/110 mmHg:著しくコントロール不良の高血圧であり、動脈硬化の進行や大動脈瘤・大動脈解離の危険因子となる。 ・胸部エックス線写真(正面像):左上縦隔、大動脈弓部から下行大動脈起始部にかけて、辺縁が滑らかな大きな腫瘤状陰影が左肺野へ突出している。大動脈の走行に連続する陰影であり、大動脈の瘤状拡大を示唆する。
診断に至る流れ
高齢男性・高血圧という背景と、大動脈に連続する縦隔陰影の突出から、胸部大動脈瘤(弓部〜下行大動脈)が最も考えやすい。正面像だけでは縦隔腫瘍などとの区別が完全ではないため、実際には側面像や造影CTで大動脈との連続性、瘤径、壁在血栓、解離の有無を確認する。著しい高血圧は瘤の拡大・破裂を促す因子であり、降圧が急務である。
設問の考え方
胸部大動脈瘤の合併症は、(1)瘤が周囲臓器を圧迫することによる症状と、(2)瘤の破裂・穿破によるものに分けて整理する。弓部〜下行大動脈の周囲には、左反回神経、気管・左主気管支、食道、肺、上大静脈などが存在する。これらの解剖学的関係から説明できない症状を選べばよい。
選択肢考察
- ×a. 嗄声
起こり得る。左反回神経は迷走神経から分岐した後、大動脈弓を前方から後方へくぐるように回り込み、気管と食道の間の溝を上行して喉頭へ向かう。弓部の瘤がこの神経を圧迫・伸展すると左声帯麻痺が生じ、嗄声(かすれ声)をきたす。嗄声は胸部大動脈瘤の代表的な圧迫症状であり、瘤発見の契機となることも多い。
- ×b. 喀血
起こり得る。瘤が隣接する肺実質や気管・気管支に破裂・穿破すると、大動脈血が気道内に流入して喀血をきたす(大動脈気管支瘻・大動脈肺瘻)。大量喀血となれば窒息や出血性ショックで致命的となる。また、瘤による気管・気管支の圧迫で咳嗽や喘鳴、無気肺を生じることもある。
- ×c. 突然死
起こり得る。瘤が胸腔内や縦隔内へ破裂すると、短時間で大量出血して出血性ショックとなり、突然死の原因となる。破裂の危険性は瘤の径が大きいほど、また拡大速度が速いほど高く、本例のような著しい高血圧は破裂の危険をさらに高める。大動脈解離の合併も突然死の原因となる。
- ×d. 嚥下困難
起こり得る。下行大動脈は後縦隔で食道のすぐ左後方を並走しており、瘤が食道を外側から圧迫すると嚥下困難(大動脈瘤による嚥下障害、dysphagia aortica)を生じる。瘤が食道へ穿破すると大動脈食道瘻となり、大量吐血をきたす。
- ○e. 口角下垂
考えにくく、これが正解である。口角下垂は顔面の表情筋の麻痺、すなわち顔面神経(第VII脳神経)麻痺や、脳血管障害による中枢性顔面麻痺でみられる所見である。顔面神経は脳幹から出て側頭骨内の顔面神経管を通り、茎乳突孔から顔面へ分布するため、胸腔内の大動脈瘤が直接圧迫することはない。胸部大動脈瘤による神経圧迫で問題となるのは反回神経(嗄声)であり、口角下垂とは結びつかない。
胸部大動脈瘤の概要
大動脈の一部が正常径の1.5倍以上に拡大した状態を大動脈瘤という。胸部大動脈の正常径はおおむね3 cm前後であり、4.5 cm程度以上を瘤とみなすことが多い。原因の大部分は動脈硬化で、高血圧、喫煙、脂質異常症、高齢、男性が危険因子である。そのほかMarfan症候群などの結合組織疾患、大動脈炎、感染(感染性動脈瘤)、外傷などが原因となる。
症状
多くは無症状で、健診の胸部エックス線写真やCTで偶然見つかる。症状が出る場合は周囲臓器の圧迫によるものが多い。 ・左反回神経圧迫 → 嗄声 ・食道圧迫 → 嚥下困難 ・気管・気管支圧迫 → 咳嗽、喘鳴、呼吸困難 ・上大静脈圧迫(上行・弓部の瘤)→ 上大静脈症候群(顔面・上肢の浮腫) ・交感神経幹圧迫 → Horner症候群(眼瞼下垂、縮瞳、発汗低下) ・破裂・穿破 → 胸痛・背部痛、ショック、喀血(気道穿破)、吐血(食道穿破)、突然死
検査
胸部エックス線写真では縦隔陰影の拡大や大動脈弓の突出がみられる。確定診断と治療方針の決定には造影CTが最も有用で、瘤の最大径、範囲、分枝血管との関係、壁在血栓、解離の有無を評価する。
治療
・内科的治療:降圧(β遮断薬などを含む)、禁煙、定期的な画像による経過観察。 ・侵襲的治療:瘤径がおおむね5.5〜6 cm以上、半年で5 mm以上などの急速な拡大、有症状(圧迫症状や疼痛)、嚢状瘤などは破裂予防の手術適応となる。人工血管置換術、またはステントグラフト内挿術(TEVAR:thoracic endovascular aortic repair)を行う。
POINT
・胸部大動脈瘤の圧迫症状:嗄声(左反回神経)、嚥下困難(食道)、咳嗽・呼吸困難(気管)、上大静脈症候群、Horner症候群。 ・破裂・穿破による症状:喀血(気道・肺)、吐血(食道)、出血性ショック・突然死。 ・口角下垂は顔面神経麻痺や脳卒中の所見であり、胸部大動脈瘤とは関係しない。 ・高血圧は瘤の拡大と破裂の危険因子であり、降圧が治療の基本。
