幻聴と被害妄想を「数値」でとらえる―心理検査の目的を見分ける精神科の基本
第104回医師国家試験 B問題 第41問
国試問題にチャレンジ
20歳の女性。言動の異常を心配した両親に伴われて来院した。家族によれば,「家の前の道路を通る人から悪口を言われている」,「盗聴されている」と言って騒ぎ,自宅に閉じこもり,昼夜は逆転し興奮をきたすという。 診断に有用な検査はどれか。
- a.状態特性不安検査〈STAI〉
- b.田中・Binet式知能検査
- c.Minnesota多面人格検査〈MMPI〉
- d.ウィスコンシンカードソーティングテスト〈WCST〉
- e.簡易精神症状評価尺度[Brief Psychiatric Rating Scale〈BPRS〉]
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
若年者に幻聴や被害妄想などの陽性症状が出現し、病識が乏しい場合は、まず統合失調症をはじめとする精神病性障害を考えます。統合失調症は面接と経過に基づく臨床診断であり、確定診断のための検査はないため、精神病症状を検者が系統的に評価する尺度であるBPRS(簡易精神症状評価尺度)が診断の補助として役立ちます。STAIは不安、田中・Binet式は知能、MMPIは人格傾向、WCSTは前頭葉の遂行機能を測る検査であり、精神病症状そのものは評価できません。実臨床では甲状腺疾患、てんかん、薬物、抗NMDA受容体脳炎などの器質性・物質性の原因を、血液検査や頭部MRI、脳波で除外することも欠かせません。心理検査を「何を測る道具か」で整理しておくことは、国試対策だけでなく、精神科診療で適切な評価を選ぶための基礎になります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・20歳の女性。統合失調症の好発年齢(思春期〜30歳代前半)にあたる。 ・「家の前の道路を通る人から悪口を言われている」:実在しない声が聞こえる幻聴(とくに自分を批判する内容の声)、あるいは他人の言動を自分に向けたものと受け取る関係妄想・被害妄想と考えられる。 ・「盗聴されている」:被害妄想。統合失調症でよくみられる、自分の考えや生活が他者に監視・干渉されているという体験に通じる。 ・自宅に閉じこもる、昼夜逆転、興奮:社会的な引きこもり、生活リズムの乱れ、精神運動興奮。 ・本人ではなく家族が心配して受診させている。病識の乏しさがうかがえる。
診断の考え方
幻聴と被害妄想を中心とする陽性症状が若年で出現しており、統合失調症をはじめとする精神病性障害がまず疑われる。統合失調症の診断は、DSM-5やICD-11などの診断基準に基づき、面接と経過観察によって臨床的に行う。単独で診断を確定できる検査は存在しない。そのため設問の「診断に有用な検査」とは、精神病症状の種類と重症度を系統的に把握し、診断の補助とする評価尺度を指すと読むのが妥当である。 選択肢の中では、幻覚、猜疑心、思考の解体、興奮など精神病の症状を網羅的に評価するBPRS(簡易精神症状評価尺度)が、本例に最もふさわしい。その他の選択肢は、それぞれ不安、知能、人格傾向、実行機能を測る検査であり、精神病症状そのものを評価するものではない。 なお実臨床では、甲状腺機能異常、脳炎(若年女性では抗NMDA受容体脳炎など)、てんかん、薬物(覚醒剤など)による精神病といった器質性・物質性の原因を除外する必要がある。そのため、血液検査、頭部MRI、脳波などもあわせて行う。
選択肢考察
- ×a. 状態特性不安検査〈STAI〉
STAI(State-Trait Anxiety Inventory)は、不安の程度を測る自己記入式の質問紙である。その時点での一時的な不安である「状態不安」と、性格として持続的に不安を感じやすい傾向である「特性不安」を分けて評価する(各20項目、計40項目)。不安障害やストレス反応の評価に用いるもので、幻覚・妄想などの精神病症状は評価できない。
- ×b. 田中・Binet式知能検査
Binet式知能検査を日本向けに改訂した知能検査で、主に幼児・児童の知的発達の評価(知的障害の診断など)に用いられる。精神年齢を求めて知能指数(IQ)を算出するのが特徴である。成人の知能評価にはWAIS(Wechsler成人知能検査)が一般的である。いずれにしても知能の測定が目的で、精神病症状の評価には適さない。
- ×c. Minnesota多面人格検査〈MMPI〉
MMPI(Minnesota Multiphasic Personality Inventory)は、500を超える多数の質問項目に「はい/いいえ」で答える自己記入式の質問紙法人格検査である。心気症、抑うつ、統合失調症傾向など複数の臨床尺度と、回答の信頼性をみる妥当性尺度から、人格の特徴を多面的にとらえる。人格傾向の把握が目的であり、しかも項目数が多い。幻覚・妄想で興奮している急性期の患者は協力を得にくく、回答の信頼性も低くなる。そのため、本例の診断に用いる検査として適切ではない。
- ×d. ウィスコンシンカードソーティングテスト〈WCST〉
WCST(Wisconsin Card Sorting Test)は、色・形・数の異なるカードを、検者が告げない規則に従って分類させる検査である。途中で規則が変わった際に分類の基準を切り替えられるかをみる。前頭葉機能、とくに概念の形成や思考の柔軟性(セットの転換)といった遂行機能(実行機能)を評価する。統合失調症では成績が低下することが知られているが、これは認知機能障害の評価であり、陽性症状の把握や診断の補助としての有用性は低い。
- ○e. 簡易精神症状評価尺度[Brief Psychiatric Rating Scale〈BPRS〉]
BPRSは、面接にもとづいて検者(医師)が評価する精神症状の評価尺度である。18項目を7段階で評定し、心気的訴え、不安、感情的引きこもり、概念の統合障害(思考のまとまりのなさ)、罪責感、緊張、衒奇的な行動・姿勢、誇大性、抑うつ気分、敵意、猜疑心、幻覚、運動減退、非協調性、不自然な思考内容、情動の平板化、興奮、見当識障害を扱う。幻覚、猜疑心、不自然な思考内容、興奮など、本例に見られる症状を系統的に数値化できる。精神病性障害の症状把握や治療効果判定に広く用いられており、選択肢の中で本例の診断に最も役立つ。
統合失調症の概要
・生涯有病率は約1%で、思春期から青年期(10歳代後半〜30歳代)に発症することが多い。 ・陽性症状:幻覚(とくに幻聴)、妄想(被害妄想、関係妄想、注察妄想など)、思考の解体(まとまりのない会話)、緊張病性の行動。 ・陰性症状:感情の平板化、意欲の低下、会話の貧困、社会的引きこもり。 ・認知機能障害:注意、記憶、遂行機能の低下。WCSTなどで検出される。 ・Schneiderの一級症状:考想化声、話しかけと応答の形の幻聴、自己の行為に随伴して口出しする幻聴、身体への影響体験、思考奪取・思考吹入・思考伝播、妄想知覚、させられ体験など。 ・DSM-5では、妄想、幻覚、まとまりのない発語、ひどくまとまりのない行動または緊張病性の行動、陰性症状のうち2つ以上(少なくとも1つは妄想・幻覚・まとまりのない発語のいずれか)が1か月間存在し、障害の徴候が少なくとも6か月持続することを要件とする。
主な心理検査・評価尺度の整理
・精神病症状の評価:BPRS、PANSS(陽性・陰性症状評価尺度) ・抑うつの評価:ハミルトンうつ病評価尺度(HAM-D)、ベック抑うつ質問票(BDI)、SDS(Zung自己評価式抑うつ尺度) ・不安の評価:STAI、MAS(顕在性不安尺度) ・知能検査:田中・Binet式、WISC(児童用)、WAIS(成人用) ・人格検査(質問紙法):MMPI、Y-G性格検査(矢田部・Guilford性格検査) ・人格検査(投影法):Rorschachテスト(インクのしみの図版)、TAT(主題統覚検査)、SCT(文章完成法)、P-Fスタディ ・前頭葉・遂行機能:WCST、Stroopテスト、Trail Making Test ・認知症のスクリーニング:MMSE、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)
POINT
・若年者の幻聴と被害妄想は、まず統合失調症を疑う。 ・統合失調症の診断は面接と経過に基づく臨床診断であり、確定診断のための検査はない。器質性・物質性の精神病の除外は必須である。 ・BPRSは、幻覚・猜疑心・興奮などの精神病症状を検者が評価する尺度で、精神病症状の把握に用いる。 ・心理検査の目的を区別する:STAIは不安、田中・Binetは知能、MMPIは人格、WCSTは前頭葉の遂行機能。
