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血圧が下がると心臓が飢える―大動脈弁狭窄で「血管拡張」が危険な理由

第104回医師国家試験 B問題 第31問

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第104回 B問題 第31問

体血管抵抗の低下によって心筋虚血に陥る可能性が最も高いのはどれか。

  1. a.僧帽弁狭窄
  2. b.僧帽弁閉鎖不全
  3. c.大動脈弁狭窄
  4. d.大動脈弁閉鎖不全
  5. e.大動脈弁置換術後

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、体血管抵抗、つまり末梢の血管が広がって抵抗が下がったときに、どの弁膜症で心筋虚血が起こりやすいかを考える問題だ。カギは「冠血流がいつ、どんな圧で流れるか」と「心臓の後負荷を決めているのは何か」の2点。まずは冠循環の基本から確認しよう。左冠動脈の血流は、心周期のどの時期に多く流れるかな。
医学生医学生
生理学の講義で習いました。収縮期は心筋が血管を押しつぶすので、主に拡張期に流れるんですよね。
ドクタードクター
その通り。だから冠灌流圧はおおむね「大動脈の拡張期圧 − 左室の拡張期圧」で決まる。体血管抵抗が下がると大動脈の拡張期圧が下がるから、冠血流は減る方向に動くんだ。
医学生医学生
でも、それならどの心臓でも血管が広がれば虚血になりそうな気がします。
ドクタードクター
いい疑問だね。普通の心臓では、体血管抵抗が下がると後負荷も同時に下がる。左室は楽に血液を送り出せるので、酸素の消費量も減る。供給が少し減っても需要も減るから、バランスは保たれやすいんだ。
医学生医学生
つまり、需要が減らないまま供給だけ減る病態が危ない、ということですか。
ドクタードクター
まさにそこが本質。では、体血管抵抗が下がっても左室の負担がほとんど減らない弁膜症はどれだろう。
医学生医学生
大動脈弁狭窄でしょうか。出口の弁そのものが狭いので、末梢が広がっても左室はやっぱり高い圧で押し出さないといけない気がします。
ドクタードクター
正解。大動脈弁狭窄では後負荷を決めているのは主に狭窄した弁なので、左室内圧や壁張力は高いまま残る。しかも求心性の左室肥大で心筋量が増え、もともと酸素需要が大きいうえに、厚い心筋の心内膜下は血流が届きにくい。そこへ拡張期圧の低下で冠血流が減ると、需要と供給の不均衡が一気に強まって虚血に陥るんだ。さらに狭窄のため拍出量を増やして血圧を立て直す余力も乏しい。
医学生医学生
循環器内科の実習で、冠動脈がきれいなのに狭心痛があるASの患者さんがいて不思議だったんですが、この不均衡で説明できるんですね。
ドクタードクター
そういうこと。ASの三大症状は狭心痛、失神、心不全だったね。では他の選択肢も見ていこう。僧帽弁狭窄はどうかな。
医学生医学生
左房から左室への流入が障害されるので、負担がかかるのは左房と肺の方ですよね。
ドクタードクター
そう。左室はむしろ容量が小さく、壁張力は高くないので、左室の酸素需要は増えていない。体血管抵抗の変化が病態の中心にかかわるわけではないんだ。次に逆流性の弁膜症、僧帽弁閉鎖不全と大動脈弁閉鎖不全はどうだろう。
医学生医学生
僧帽弁閉鎖不全は後負荷が下がると前に出やすくなって、逆流が減るんじゃないでしょうか。でも大動脈弁閉鎖不全はもともと拡張期圧が低いので、虚血になりやすそうで迷います。
ドクタードクター
鋭いね。大動脈弁閉鎖不全は拡張期圧が低く左室拡張期圧が高くなりやすいから、冠灌流の面では不利な素地がある。でも体血管抵抗が下がれば逆流量が減り、左室の容量負荷や酸素消費量も減るから、悪影響は相殺される方向に働く。実際、逆流性弁膜症では血管拡張薬で後負荷を下げる治療が使われることもあるくらいなんだ。
医学生医学生
狭窄と逆流で、血管拡張の意味が正反対になるんですね。大動脈弁置換術後はどうでしょう。
ドクタードクター
人工弁でも多少の圧較差が残ることはあるけれど、未治療のASに比べれば駆出抵抗はずっと小さい。体血管抵抗が下がれば後負荷も相応に減るから、ASほど危険ではないよ。
医学生医学生
結局、「後負荷を決めているのが弁か末梢血管か」で分けて考えればいいんですね。
ドクタードクター
その整理で十分だ。臨床での注意点もまとめておこう。ASの患者さんでは、硝酸薬などの強い血管拡張薬、過度な利尿による前負荷低下、脱水、そして脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔による交感神経遮断が、急激な血圧低下から心筋虚血、失神、心停止につながりうる。麻酔管理では体血管抵抗と前負荷を保ち、頻脈を避けて洞調律を維持するのが原則とされる。頻脈は拡張期を短くして冠血流をさらに減らすからね。
医学生医学生
麻酔科の実習で、ASの患者さんの手術前に「脊麻は慎重に」と指導医の先生が話していた理由がやっとつながりました。
ドクタードクター
それはいい経験だね。症候性の重症ASには外科的大動脈弁置換術や経カテーテル大動脈弁留置術が検討される。身体所見では胸骨右縁第2肋間の収縮期駆出性雑音、遅脈・小脈もあわせて覚えておこう。

まとめ

左冠動脈の血流は主に拡張期に流れ、冠灌流圧は大動脈拡張期圧に依存するため、体血管抵抗が低下すると冠血流は減少します。通常は後負荷も同時に下がって酸素需要が減るためバランスが保たれますが、大動脈弁狭窄では後負荷を決めるのが狭窄弁そのものであり、肥大心筋の高い酸素需要が残ったまま供給だけが落ちて心筋虚血に陥りやすくなります。一方、僧帽弁閉鎖不全や大動脈弁閉鎖不全などの逆流性弁膜症では、後負荷の軽減はむしろ逆流を減らして有利に働き、大動脈弁置換術後では駆出抵抗が大きく改善しています。臨床では、ASの患者に対する血管拡張薬、過度の利尿、脊髄くも膜下麻酔・硬膜外麻酔などによる血圧低下と頻脈に注意が必要です。冠循環の生理と各弁膜症の血行動態を結びつけて考えることは、薬物治療や周術期管理の判断の土台になります。

解答・解説

正解はcです

【テーマ】体血管抵抗(末梢血管抵抗)が低下したとき、どの弁膜症で心筋虚血が起こりやすいかを、冠循環の生理と各弁膜症の血行動態から考える問題である。

前提となる生理

①冠血流、特に左冠動脈の血流は、心筋が弛緩している拡張期に大部分が流れる。収縮期には心筋内の血管が圧迫されるため、左冠動脈の血流は大きく減る。 ②冠灌流圧はおおむね「大動脈拡張期圧 − 左室拡張期圧」で決まる。 ③心筋の酸素消費量は、主に心拍数・心筋収縮力・左室壁張力(後負荷、左室内圧)で規定される。

体血管抵抗が低下すると何が起こるか

体血管抵抗が下がると大動脈圧(とくに拡張期圧)が低下し、冠灌流圧が下がって冠血流が減る。通常の心臓であれば、同時に後負荷も減るので左室の仕事量と酸素消費量も下がり、需要と供給のバランスは保たれやすい。さらに血圧低下に対する反射性頻脈が生じると、拡張期が短縮して冠血流はさらに減り、酸素需要は増える。

大動脈弁狭窄で特に危険な理由

大動脈弁狭窄(aortic stenosis:AS)では、左室の後負荷を決めているのは主に狭窄した弁そのものである。そのため体血管抵抗が下がっても左室内圧はほとんど下がらず、酸素消費量は高いまま残る。一方で大動脈拡張期圧だけが下がって冠血流が減るため、酸素の需要と供給の不均衡が一気に強まり、心筋虚血に陥る。ASでは求心性左室肥大により、もともと心筋量の増加で酸素需要が大きく、肥厚した心筋の心内膜下は虚血になりやすい。さらに狭窄のため心拍出量を増やして血圧を代償する余力も乏しい。 したがって、体血管抵抗の低下で心筋虚血に陥る可能性が最も高いのは大動脈弁狭窄である。臨床的には、ASの患者で血管拡張薬の投与や脊髄くも膜下麻酔・硬膜外麻酔(交感神経遮断による血管拡張)、脱水などを契機に、急激な血圧低下と心筋虚血・失神・心停止をきたしうることとして重要である。

選択肢考察

  1. ×a.  僧帽弁狭窄

    誤り。僧帽弁狭窄は左房から左室への流入が障害される疾患で、負荷を受けるのは主に左房と肺循環(肺うっ血・肺高血圧)である。左室はむしろ容量が小さく、壁張力は高くないため、左室の酸素需要は増えていない。体血管抵抗の変化が病態の中心に直接かかわるわけではなく、心筋虚血を起こしやすい弁膜症とはいえない。

  2. ×b.  僧帽弁閉鎖不全

    誤り。僧帽弁閉鎖不全では収縮期に左室から左房へ血液が逆流し、左室の容量負荷と左房の圧・容量負荷が生じる。体血管抵抗が下がると大動脈側へ駆出されやすくなって逆流量が減り、左室・左房の負荷はむしろ軽くなる。このため慢性僧帽弁閉鎖不全の治療では後負荷を下げる血管拡張薬が用いられるほどで、体血管抵抗の低下で心筋虚血に陥りやすいとはいえない。

  3. ○c.  大動脈弁狭窄

    正解。大動脈弁狭窄では狭窄弁が左室の駆出抵抗を決めているため、体血管抵抗が低下しても左室内圧・壁張力はほとんど下がらず、肥大心筋の高い酸素需要がそのまま残る。その一方で大動脈拡張期圧は低下するので、拡張期に依存する冠血流が減少する。需要が減らないまま供給だけが落ちるため、心内膜下を中心に心筋虚血が生じやすい。ASではもともと冠動脈に狭窄がなくても狭心痛をきたしうることも、この需要・供給の不均衡で説明される。

  4. ×d.  大動脈弁閉鎖不全

    誤り。大動脈弁閉鎖不全では拡張期に大動脈から左室へ血液が逆流するため、大動脈拡張期圧が低く、左室拡張期圧は高くなりやすい。このため冠灌流圧が低下し、心筋虚血をきたしうる素地はある。しかし体血管抵抗が下がると逆流量が減り、左室の容量負荷・酸素消費量も減るため、悪影響は相殺される方向にはたらく。実際、慢性大動脈弁閉鎖不全では血管拡張薬で後負荷を下げることがある。ASと比べて「最も」虚血に陥りやすいとはいえない。

  5. ×e.  大動脈弁置換術後

    誤り。人工弁には弁の種類やサイズにより多少の圧較差が残ることがあるが、治療前の大動脈弁狭窄に比べれば左室の駆出抵抗ははるかに小さい。体血管抵抗が下がれば後負荷も相応に減り、酸素消費量も下がるため、未治療のASほど虚血に陥りやすいとはいえない。

冠血流の特徴

・左冠動脈は左室心筋を灌流し、収縮期には心筋内圧が高いため血流が激減し、主に拡張期に流れる。 ・右冠動脈が灌流する右室は心筋内圧が低いため、収縮期・拡張期の両方で血流が得られる。 ・頻脈では拡張期が短縮し、冠血流の時間が減るうえに酸素需要が増えるため、虚血に不利である。

大動脈弁狭窄症(AS)の概要

・原因:高齢者の加齢性(動脈硬化性)石灰化、先天性二尖弁、リウマチ性。現在は加齢性が最多。 ・三大症状:狭心痛、失神(労作時)、心不全。症状が出現すると予後は不良となり、治療適応となる。 ・身体所見:胸骨右縁第2肋間を最強点とし頸部に放散する収縮期駆出性雑音、遅脈・小脈、Ⅱ音の減弱(奇異性分裂を示すこともある)。 ・治療:症候性の重症ASには外科的大動脈弁置換術(SAVR)または経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)。

ASで注意すべき薬剤・状況

・硝酸薬などの強い血管拡張薬、過度の利尿(前負荷低下)、脊髄くも膜下麻酔・硬膜外麻酔は急激な血圧低下を招き、冠灌流を損なう危険がある。 ・麻酔管理では、体血管抵抗と前負荷を保ち、頻脈を避け、洞調律を維持することが原則とされる。

逆流性弁膜症と後負荷

僧帽弁閉鎖不全・大動脈弁閉鎖不全などの逆流性弁膜症では、後負荷を下げると前方への拍出が増えて逆流が減るため、血管拡張は病態に有利にはたらく。狭窄性弁膜症(特にAS)とは対照的である。

POINT

・左冠動脈の血流は主に拡張期に流れ、冠灌流圧は大動脈拡張期圧に依存する ・ASでは後負荷を決めるのは狭窄弁であり、体血管抵抗が下がっても左室の酸素需要は減らない ・体血管抵抗低下 → 拡張期圧低下 → 冠血流減少で、ASは心筋虚血に陥りやすい ・ASの患者では血管拡張薬・脊髄くも膜下麻酔などによる血圧低下に注意する ・逆流性弁膜症(MR・AR)では後負荷の軽減はむしろ有利にはたらく

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。