ホルモンの「やりすぎ」を想像せよ―膵内分泌腫瘍の症候を論理で解く
第104回医師国家試験 A問題 第16問
国試問題にチャレンジ
組合せで正しいのはどれか。3つ選べ。
- a.インスリノーマ ―― 手指振戦
- b.ガストリノーマ ―― 胃無酸症
- c.グルカゴノーマ ―― 耐糖能異常
- d.ソマトスタチノーマ ―― 難治性潰瘍
- e.VIPoma ―― 下痢
対話形式の解説
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ドクターまとめ
機能性膵内分泌腫瘍の症候は、腫瘍が分泌するホルモンの生理作用が過剰になった状態として理解できます。インスリノーマは低血糖による交感神経症状(手指振戦、動悸、冷汗)と中枢神経症状をきたし、グルカゴノーマは耐糖能異常と壊死性遊走性紅斑、VIPomaは水様性下痢・低カリウム血症・無酸症からなるWDHA症候群を起こします。一方、ガストリノーマは胃酸過多による難治性潰瘍(Zollinger-Ellison症候群)、ソマトスタチノーマは糖尿病・胆石・脂肪便・低酸症が特徴であり、無酸症や潰瘍との組合せは誤りです。「ガストリンは酸を出す、VIPとソマトスタチンは酸を抑える」と対比させることで取り違えを防げ、MEN1との関連も合わせて押さえておくと臨床での鑑別に役立ちます。
解答・解説
正解はa, c, eです
機能性膵内分泌腫瘍(現在は膵神経内分泌腫瘍〈膵NET〉と総称される)について、腫瘍が過剰に分泌するホルモンと、それによって生じる症候の対応を問う一般問題である。 機能性膵内分泌腫瘍の症状は、腫瘍そのものの大きさよりも「どのホルモンが過剰になるか」で決まる。したがって、各ホルモンの本来の生理作用を思い出し、それが過剰になった状態を考えれば症候を論理的に導ける。 ・インスリン:血糖を下げる → 過剰で低血糖症状 ・ガストリン:胃酸分泌を促す → 過剰で胃酸過多、難治性消化性潰瘍、下痢 ・グルカゴン:血糖を上げ、アミノ酸を糖新生に動員する → 過剰で耐糖能異常、低アミノ酸血症、皮膚症状 ・ソマトスタチン:多くの消化管・膵ホルモンの分泌を抑える → 過剰で糖尿病、胆石、脂肪便、低酸症 ・VIP(血管作動性腸管ペプチド):腸管からの水・電解質分泌を促し、胃酸分泌を抑える → 過剰で大量の水様性下痢、低カリウム血症、無酸症 この整理に照らすと、「ガストリノーマ―胃無酸症」はガストリンの作用と正反対であり、「ソマトスタチノーマ―難治性潰瘍」も酸分泌を抑えるソマトスタチンの作用と合わない。残る3つが正しい組合せとなる。
選択肢考察
- ○a. インスリノーマ ―― 手指振戦
正しい組合せである。インスリノーマは膵β細胞由来の腫瘍で、血糖値に関係なくインスリンを自律的に分泌するため、特に空腹時や運動後に低血糖を起こす。低血糖になると、血糖を上げようとして交感神経系が興奮し、アドレナリン(エピネフリン)が放出される。これにより手指振戦、動悸、発汗(冷汗)、不安感、空腹感といった自律神経症状が現れる。さらに血糖が下がると、脳へのブドウ糖供給不足による中枢神経症状(集中力低下、異常行動、意識障害、けいれん)が生じる。診断の手がかりとして、低血糖症状・発作時の低血糖値・ブドウ糖投与による症状改善の3つからなるWhippleの三徴が有名である。
- ×b. ガストリノーマ ―― 胃無酸症
誤った組合せである。ガストリノーマは膵臓や十二指腸に発生し、ガストリンを過剰に分泌する腫瘍で、Zollinger-Ellison症候群を引き起こす。ガストリンは胃の壁細胞に働いて胃酸分泌を強力に促すため、生じるのは無酸症ではなく胃酸の過剰分泌である。その結果、多発性・再発性で通常の治療に反応しにくい消化性潰瘍(十二指腸球部以遠や空腸など非典型的な部位にもできる)や、逆流性食道炎が起こる。また、大量の酸が小腸に流れ込むことで膵酵素が失活し、腸粘膜も傷害されるため、下痢や脂肪便を伴う。なお、無酸症は後述のVIPomaの特徴である。また、萎縮性胃炎などによる無酸症では、酸による負のフィードバックが外れて血中ガストリンが二次的に高値となるため、高ガストリン血症をみた際には胃酸分泌の有無で両者を区別する。
- ○c. グルカゴノーマ ―― 耐糖能異常
正しい組合せである。グルカゴノーマは膵α細胞由来の腫瘍で、グルカゴンを過剰に分泌する。グルカゴンは肝臓でグリコーゲン分解と糖新生を促進して血糖を上昇させるため、耐糖能異常(多くは軽度の糖尿病)をきたす。また、糖新生の材料としてアミノ酸が大量に消費されるため低アミノ酸血症となり、これが関与すると考えられる壊死性遊走性紅斑(顔面・会陰部・下肢などに移動しながら現れる、びらんや痂皮を伴う紅斑)が特徴的な皮膚症状である。そのほか、体重減少、口角炎・舌炎、貧血、深部静脈血栓症などを伴う。
- ×d. ソマトスタチノーマ ―― 難治性潰瘍
誤った組合せである。ソマトスタチノーマは膵δ細胞などに由来し、ソマトスタチンを過剰に分泌する腫瘍である。ソマトスタチンはインスリン、ガストリン、コレシストキニン、膵外分泌などを広く抑制するホルモンであるため、その過剰では糖尿病(インスリン分泌の抑制)、胆石症(胆嚢収縮の抑制)、脂肪便・下痢(膵外分泌の抑制による消化吸収障害)、胃酸分泌低下(低酸症)が生じる。胃酸分泌はむしろ抑えられるので、難治性潰瘍の原因にはならない。難治性潰瘍を起こすのはガストリノーマである。
- ○e. VIPoma ―― 下痢
正しい組合せである。VIPomaはVIP(vasoactive intestinal peptide:血管作動性腸管ペプチド)を過剰に分泌する腫瘍である。VIPは腸管上皮細胞内のサイクリックAMP(cAMP)を増加させ、腸管内への水と電解質の分泌を促進するため、1日数リットルに及ぶこともある大量の水様性下痢(分泌性下痢であり絶食でも持続する)が起こる。下痢により便中にカリウムが失われて低カリウム血症となり、さらにVIPは胃酸分泌を抑制するため無酸症(または低酸症)を伴う。これらの頭文字をとってWDHA症候群(watery diarrhea, hypokalemia, achlorhydria)と呼ばれ、報告者の名からVerner-Morrison症候群ともいう。重炭酸の喪失による代謝性アシドーシスや脱水、低カリウムに伴う筋力低下もみられる。
主な機能性膵内分泌腫瘍の整理
・インスリノーマ:β細胞由来。機能性膵内分泌腫瘍で最も多く、約90%は良性・単発。空腹時低血糖、Whippleの三徴。絶食試験で低血糖時にもインスリンが不適切に分泌されていることを確認する。 ・ガストリノーマ:膵臓・十二指腸に発生(ガストリノーマ三角と呼ばれる領域に多い)。Zollinger-Ellison症候群:難治性・多発性の消化性潰瘍、下痢、高ガストリン血症。悪性の割合が高い。治療にはプロトンポンプ阻害薬が有効。 ・グルカゴノーマ:α細胞由来。耐糖能異常、壊死性遊走性紅斑、低アミノ酸血症、体重減少、血栓症。 ・ソマトスタチノーマ:δ細胞由来。糖尿病、胆石、脂肪便・下痢、低酸症。 ・VIPoma:WDHA症候群(水様性下痢、低カリウム血症、無酸症)。
多発性内分泌腫瘍症1型(MEN1)との関連
MEN1は副甲状腺(原発性副甲状腺機能亢進症)・膵消化管神経内分泌腫瘍・下垂体腺腫を三大病変とする常染色体顕性(優性)遺伝性疾患である。MEN1に合併する膵消化管の腫瘍としてはガストリノーマ(十二指腸に多発しやすい)が多く、次いでインスリノーマなどがみられる。若年で多発する膵内分泌腫瘍や、高カルシウム血症を伴う場合にはMEN1を疑う。
治療の基本
根治的治療は外科的切除である。切除困難例や転移例では、ソマトスタチンアナログ(オクトレオチドなど。ホルモン分泌を抑えて症状を和らげる)、分子標的薬、化学療法などが用いられる。
覚え方のヒント
症状はホルモンの生理作用の「過剰」で考える。ガストリン=酸を出す(潰瘍)、VIPとソマトスタチン=酸を抑える(無酸症・低酸症)と対比させると、組合せ問題の取り違えを防げる。
POINT
・インスリノーマ:低血糖 → 交感神経症状(手指振戦、動悸、冷汗)と中枢神経症状。Whippleの三徴。 ・ガストリノーマ:胃酸過多 → 難治性潰瘍、下痢(Zollinger-Ellison症候群)。無酸症ではない。 ・グルカゴノーマ:耐糖能異常、壊死性遊走性紅斑、低アミノ酸血症。 ・ソマトスタチノーマ:糖尿病、胆石、脂肪便、低酸症。潰瘍ではない。 ・VIPoma:水様性下痢、低カリウム血症、無酸症(WDHA症候群)。 ・MEN1では膵消化管神経内分泌腫瘍(特にガストリノーマ)を合併しやすい。
