「心を守るための切り離し」―解離性〈転換性〉障害に含まれるもの、含まれないもの
第104回医師国家試験 A問題 第15問
国試問題にチャレンジ
解離性〈転換性〉障害について誤っているのはどれか。
- a.多重人格が含まれる。
- b.トランス状態が含まれる。
- c.パニック障害がしばしば併存する。
- d.解離性遁走〈フーグ〉では解離性健忘を伴う。
- e.精神分析学的には疾病利得が根底に存在する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
解離とは、意識・記憶・自己同一性・知覚・運動などの統合が一時的に失われる現象で、耐えがたい心的外傷や葛藤から心を守る無意識の防衛機制と理解されます。ICD-10の解離性〈転換性〉障害には、解離性健忘、健忘を伴う解離性遁走、解離性昏迷、トランスおよび憑依障害、転換症状(心因性の麻痺・失声・けいれん様発作・感覚脱失)、多重人格(解離性同一症)が含まれ、精神分析学的には一次・二次の疾病利得が症状形成の根底にあるとされます。症状は無意識に形成される点で詐病とは異なり、またパニック障害は不安症群に属する別の疾患概念で、解離性障害の特徴として挙げられるものではありません。DSM-5では転換性障害が身体症状症および関連症群に移されているなど分類の違いもあるため、各疾患がどの診断カテゴリーに属するかを整理しておくことが、精神疾患の鑑別と治療方針を考える土台になります。
解答・解説
正解はcです
解離性〈転換性〉障害の概念と、そこに含まれる病型を問う一般問題である。「誤っているもの」を選ぶ形式である点に注意する。 解離とは、本来ひとまとまりに統合されている意識・記憶・自己同一性・知覚・運動などの精神機能が、部分的あるいは一時的に切り離されてしまう現象である。耐えがたい心的外傷(トラウマ)や解決できない心理的葛藤に直面したとき、それを意識から切り離して自分を守ろうとする無意識の防衛機制として生じると理解されている。心理的な葛藤が記憶や人格の領域に現れれば「解離」(健忘、遁走、多重人格、トランスなど)、運動や感覚の領域に身体症状として現れれば「転換」(心因性の麻痺、失声、けいれん発作様症状、感覚脱失など)と呼び、ICD-10ではこれらを一括して解離性〈転換性〉障害(F44)としている。 設問を解く際は、「どの病型がこのカテゴリーに含まれるか」と「この障害の成り立ちをどう説明するか(精神分析学的な理解)」を整理しておけばよい。多重人格、トランス、遁走と健忘の関係、疾病利得はいずれも解離性障害の概念そのものに属する記述である。一方、パニック障害は不安障害(現在の分類では不安症群)に属する別の疾患概念であり、解離性障害の特徴として「しばしば併存する」と挙げられるものではない。
選択肢考察
- ×a. 多重人格が含まれる。
正しい記述である。多重人格(ICD-10では多重人格障害、DSM-5では解離性同一症〈解離性同一性障害〉)は、一人の人の中に2つ以上の異なる人格状態(同一性)が存在し、それらが交代して行動を支配する病態である。ある人格が表に出ている間の出来事を別の人格が覚えていないという健忘を伴うことが多い。自己同一性の統合が失われる、解離の最も重い形の一つと位置づけられ、解離性障害に含まれる。幼少期の反復する虐待などの深刻な心的外傷との関連が指摘されている。
- ×b. トランス状態が含まれる。
正しい記述である。トランスとは、周囲への意識や自分が誰であるかという感覚が一時的に狭まったり失われたりする意識の変容状態であり、神や霊・動物などが乗り移ったかのように振る舞う場合は憑依状態と呼ばれる。ICD-10では「トランスおよび憑依障害」として解離性〈転換性〉障害に含まれ、DSM-5では「他の特定される解離症」の一例として解離性トランスが挙げられている。なお、宗教的儀式や文化的に容認された場面で本人が意図して入るトランスは病的とはみなさず、本人の意思に反して起こり苦痛や機能障害をもたらす場合に障害とする。
- ○c. パニック障害がしばしば併存する。
誤った記述であり、これが正解である。パニック障害は、予期しない激しい不安発作(動悸、息苦しさ、発汗、ふるえ、胸部不快感、「死んでしまうのではないか」という恐怖など)が繰り返し起こり、また発作が起こるのではという予期不安や、逃げ場のない場所を避ける広場恐怖を伴う疾患である。ICD-10では神経症性障害のうち「他の不安障害」に、DSM-5では不安症群に分類され、解離性障害とは成り立ちも症状の中心も異なる独立した疾患概念である。パニック発作の最中に離人感・現実感消失といった解離に似た体験を伴うことはあるが、解離性〈転換性〉障害の特徴として「パニック障害をしばしば併存する」とするのは適切でない。
- ×d. 解離性遁走〈フーグ〉では解離性健忘を伴う。
正しい記述である。解離性遁走(フーグ)は、強いストレスや葛藤のあとに突然家庭や職場を離れて放浪したり旅に出たりし、その間の身辺管理(食事、移動、他人とのやりとりなど)は一見保たれているにもかかわらず、自分の過去や身元を思い出せなくなる状態である。ICD-10では解離性遁走の診断に解離性健忘の特徴を満たすことが求められ、DSM-5では遁走は独立した診断名ではなく、解離性健忘の「解離性遁走を伴う」という特定用語として扱われている。すなわち遁走は健忘と一体の病態と考えられている。遁走中の出来事は回復後に想起できないことが多い。
- ×e. 精神分析学的には疾病利得が根底に存在する。
正しい記述である。疾病利得とは、症状があることで患者が得る心理的・現実的な利益のことである。一次疾病利得は、症状によって受け入れがたい葛藤や不安を意識から遠ざけ、心の安定を保てるという内的な利益を指す。二次疾病利得は、病気であることで責任や義務を免れる、周囲の同情や保護を得られるといった外的な利益を指す。精神分析学(フロイトに始まる、無意識の葛藤から症状を説明する理論)では、ヒステリー(現在の解離性・転換性障害)の症状形成の根底にこうした疾病利得があると考えられてきた。症状は本人が意図的に作り出しているのではなく無意識的に形成される点で、詐病(意図的に症状を装い外的利益を得ようとするもの)とは区別される。一方で疾病利得が強いと症状が固定化しやすく、治療上の妨げになることがある。
解離性〈転換性〉障害の主な病型(ICD-10 F44)
・解離性健忘:主に心的外傷となる出来事に関する重要な個人的情報が思い出せなくなる。通常の物忘れでは説明できない。 ・解離性遁走:健忘に加え、家や職場から離れて放浪する。 ・解離性昏迷:刺激に反応せず動かなくなるが、身体的・他の精神疾患では説明できない。 ・トランスおよび憑依障害:意識の変容、何かが乗り移ったような状態。 ・解離性運動障害・解離性けいれん・解離性知覚麻痺および知覚脱失:いわゆる転換症状。神経学的には説明できない麻痺、失立失歩、失声、けいれん様発作、感覚脱失などが生じる。 ・その他:多重人格障害(解離性同一性障害)など。 なお、ICD-10では離人・現実感喪失症候群は解離性障害ではなく「他の神経症性障害」に分類されている。
DSM-5での扱い
・解離症群:解離性同一症、解離性健忘(解離性遁走は特定用語)、離人感・現実感消失症、他の特定される解離症(解離性トランスなど)など。 ・転換性障害(機能性神経症状症)は、解離症群ではなく「身体症状症および関連症群」に分類される。 このように、ICD-10では解離と転換を一つのカテゴリーにまとめているが、DSM-5では別の群に分けている点を押さえておくとよい。
パニック障害との区別
パニック障害は不安症群に属し、反復する予期しないパニック発作、予期不安、広場恐怖が特徴である。治療は選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)と認知行動療法が中心となる。解離性障害は心的外傷や葛藤に対する防衛機制として理解され、精神療法が治療の中心である。
防衛機制としての解離
解離は、耐えがたい体験や感情を意識から切り離すことで心を守る無意識の働きであり、抑圧(受け入れがたい考えを無意識へ押しやる)と並んでヒステリーの中心的な機制と考えられてきた。症状の出現が心理的ストレスと時間的に関連していることが診断の手がかりになる。
POINT
・解離性〈転換性〉障害には、解離性健忘、解離性遁走、解離性昏迷、トランス・憑依障害、転換症状(運動・感覚障害、けいれん)、多重人格(解離性同一性障害)が含まれる。 ・解離性遁走は解離性健忘を伴う(DSM-5では解離性健忘の特定用語)。 ・精神分析学的には、一次・二次の疾病利得が症状形成の根底にあると考えられる。症状は無意識的に生じ、詐病とは異なる。 ・パニック障害は不安障害(不安症群)に属する別の疾患であり、解離性障害の特徴ではない。 ・DSM-5では転換性障害は解離症群ではなく身体症状症および関連症群に分類される。
