頻脈の心房細動にアトロピン?―房室結節の「関所」から考える治療の正解と禁忌
第103回医師国家試験 I問題 第60問
国試問題にチャレンジ
56歳の男性。動悸を主訴に来院した。数年前から頻回に動悸を自覚していた。脈拍132/分,不整。血圧130/74mmHg。心雑音を認めない。モニター心電図を別に示す。 治療として適切でないのはどれか。

- a.β遮断薬投与
- b.ジギタリス投与
- c.アトロピン投与
- d.電気的除細動
- e.カテーテルアブレーション
対話形式の解説
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ドクターまとめ
不整な頻脈で、心電図上P波の消失・f波・RR間隔の絶対的不整を認めれば心房細動と診断でき、心室レートは房室結節を通過する興奮の数で決まります。治療は、β遮断薬・非ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬・ジギタリスによる心拍数調節、電気的除細動・抗不整脈薬・カテーテルアブレーションによる洞調律維持、CHADS2スコアなどに基づく抗凝固療法の3本柱です。アトロピンは迷走神経を遮断して房室伝導を促進するため、頻脈性心房細動では心室レートをさらに上げてしまい不適切で、本来は症候性徐脈に用いる薬です。48時間以上持続した心房細動の除細動前には抗凝固または経食道心エコーでの血栓除外が必要で、WPW症候群合併例ではジギタリスやベラパミルが禁忌となる点も重要です。薬が伝導路のどこにどう作用するかを理解することが、不整脈治療を正しく選ぶ土台になります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・56歳男性。数年前から動悸を繰り返し自覚しており、今回も動悸で来院した。 ・脈拍132/分で不整:頻脈で、しかもリズムが不規則である。 ・血圧130/74mmHg:血行動態は保たれている。 ・心雑音なし:僧帽弁狭窄症などの弁膜症や先天性心疾患を示唆する所見はない。 ・モニター心電図は心房細動を示すものである(心房細動の心電図では、P波が消失して基線に細かく不規則な細動波〈f波〉がみられ、QRS波の間隔〈RR間隔〉が全く不規則となる)。
診断に至る考え方
頻脈性不整脈のうち、発作性上室頻拍、心房粗動(房室伝導比が一定の場合)、心室頻拍などはリズムが規則的なことが多い。一方、脈が「絶対的に不整」となる代表は心房細動である。動悸を数年来繰り返しているというエピソードから、発作性心房細動(あるいは発作を繰り返しつつ進行してきた心房細動)と考えられる。
設問への考え方
心房細動の治療は、次の3本柱で考える。 ①心拍数調節(レートコントロール):房室結節の伝導を抑え、心室レートを適切な範囲に下げる。β遮断薬、非ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬(ベラパミル、ジルチアゼム)、ジギタリスを用いる。 ②洞調律維持(リズムコントロール):抗不整脈薬、電気的除細動、カテーテルアブレーションで洞調律に戻し、維持する。 ③血栓塞栓症の予防:CHADS2スコアなどで脳梗塞リスクを評価し、抗凝固療法を行う。 本問は「適切でないもの」を選ぶ設問である。心房細動では毎分300~600回もの心房からの興奮が房室結節に押し寄せており、心室レートは房室結節をどれだけ通過できるかで決まる。房室伝導を促進する薬は心室レートをさらに上昇させるため、禁忌となる。
選択肢考察
- ×a. β遮断薬投与
β遮断薬(ビソプロロール、カルベジロール、メトプロロールなど)は交感神経による房室結節の伝導促進を抑え、心室レートを下げる。心房細動の心拍数調節の第一選択薬の一つであり、本例のように血行動態が安定した頻脈性心房細動に適切な治療である。心機能が低下した例でも少量から慎重に用いることができる。
- ×b. ジギタリス投与
ジギタリス(ジゴキシン)は迷走神経を介して房室結節の伝導を遅らせ、心室レートを低下させる。さらに陽性変力作用(心筋収縮力を増す作用)をもつため、心不全を合併した心房細動の心拍数調節で用いられる。運動時など交感神経が優位になると効果が弱まること、治療域が狭くジギタリス中毒(消化器症状、不整脈、視覚異常など)に注意が必要なことから、単独での第一選択にはなりにくいが、心房細動の心拍数調節に用いる薬として適切である。
- ○c. アトロピン投与
アトロピンは抗コリン薬(ムスカリン受容体遮断薬)で、迷走神経の作用を遮断して洞結節の自動能と房室結節の伝導を促進する。洞性徐脈や房室ブロックなど症候性の徐脈性不整脈に用いる薬である。心房細動に投与すると、房室結節を通過する心房興奮が増え、心室レートがさらに上昇して動悸や血行動態の悪化を招く。すでに132/分の頻脈を呈する本例には用いるべきではなく、適切でない治療である。
- ×d. 電気的除細動
電気的除細動(心電図のR波に同期させて通電する同期下カルディオバージョン)は、心房細動を洞調律に戻すリズムコントロールの方法である。血圧低下・心不全・心筋虚血などで血行動態が不安定な場合は緊急で行い、安定していても薬物で停止しない例や症状の強い例では待機的に行う。発症から48時間以上経過している(または持続時間が不明な)場合は、左房内血栓を遊離させて脳塞栓を起こす危険があるため、施行前に3週間以上の抗凝固療法を行うか、経食道心エコーで左心耳内血栓がないことを確認する。施行後も少なくとも4週間は抗凝固療法を続ける。心房細動の治療として適切な選択肢である。
- ×e. カテーテルアブレーション
心房細動の多くは、肺静脈内から生じる異常興奮が引き金となって起こる。カテーテルアブレーションは、肺静脈と左房の間を高周波やクライオ(冷凍)で焼灼・隔離する肺静脈隔離術を中心とした根治的治療である。とくに症候性の発作性心房細動で成功率が高く、抗不整脈薬が無効な例はもちろん、現在は薬物療法を経ずに第一選択として考慮されることもある。本例のように症状を繰り返す例では適切な治療である。
心房細動の分類(持続時間による)
・発作性:発症後7日以内に自然に、または治療により洞調律に戻るもの ・持続性:7日を超えて持続するもの ・長期持続性:1年以上持続するもの ・永続性:洞調律への復帰を目指さない(あるいは困難な)もの 心房細動は、発作を繰り返すうちに心房の電気的・構造的な変化(リモデリング)が進み、持続性・永続性へと移行しやすい。
心電図所見
P波の消失、f波(細動波:350~600/分の不規則な基線の揺れ)、RR間隔の絶対的不整。QRS幅は通常正常(狭い)。
心拍数調節に用いる薬
・β遮断薬 ・非ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬(ベラパミル、ジルチアゼム):心機能低下例では陰性変力作用のため避ける ・ジギタリス:心不全合併例で有用 目標心拍数は安静時110/分未満程度が一つの目安とされ、症状に応じてより厳格に調節する。
洞調律維持
・抗不整脈薬:Naチャネル遮断薬(Ic群のフレカイニド、ピルシカイニドなど。器質的心疾患のない例で使用)、心機能低下例ではアミオダロンなど ・電気的除細動 ・カテーテルアブレーション(肺静脈隔離術)
抗凝固療法
・CHADS2スコア(心不全、高血圧、75歳以上、糖尿病が各1点、脳梗塞・一過性脳虚血発作の既往が2点)などで評価する。 ・直接経口抗凝固薬(DOAC:ダビガトラン、リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバン)が広く用いられる。僧帽弁狭窄症合併例や機械弁置換後の心房細動ではワルファリンを用いる。 ・発作性か持続性かにかかわらず、脳梗塞のリスクに応じて抗凝固療法の要否を判断する。
WPW症候群を伴う心房細動の注意
副伝導路(ケント束)をもつ例では、房室結節を抑えるジギタリスやベラパミルなどが副伝導路経由の伝導を相対的に増やし、心室細動を誘発する危険があるため禁忌である。この場合は電気的除細動や、副伝導路の伝導を抑えるIa・Ic群抗不整脈薬を用いる。
アトロピンの適応
症候性の洞性徐脈、房室ブロック(主に房室結節レベル)、麻酔前投薬(気道分泌抑制)、有機リン中毒など。
POINT
・脈拍不整の頻脈で、心電図でP波消失・f波・RR間隔の絶対的不整があれば心房細動。 ・心房細動の治療の3本柱:心拍数調節(β遮断薬、Ca拮抗薬、ジギタリス)、洞調律維持(抗不整脈薬、電気的除細動、カテーテルアブレーション)、抗凝固療法。 ・アトロピンは房室伝導を促進し心室レートを上げるため、頻脈性心房細動には用いない。アトロピンは徐脈性不整脈の治療薬である。 ・48時間以上持続した心房細動の除細動前には、3週間以上の抗凝固療法または経食道心エコーでの左房内血栓の除外が必要。 ・WPW症候群合併の心房細動ではジギタリス・ベラパミルは禁忌。
