肺へ飛び、静脈をのぼる―VHLから読み解く腎細胞癌の5つの素顔
第103回医師国家試験 I問題 第24問
国試問題にチャレンジ
腎細胞癌で正しいのはどれか。2つ選べ。
- a.肺転移を起こしやすい。
- b.VHL遺伝子異常が関係する。
- c.腫瘍塞栓が大動脈へ進展する。
- d.転移巣の手術摘除は行わない。
- e.長期透析症例では腎部分切除術を行う。
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
腎細胞癌は尿細管上皮由来の多血性腫瘍で、淡明細胞型が最多です。VHL遺伝子の不活化によりHIFが蓄積してVEGFが過剰産生されることが多血性の背景にあり、VEGF経路を標的とする分子標的薬の根拠にもなっています。多血性で静脈に浸潤しやすいため血行性転移が多く、転移先は肺が最多で、腫瘍塞栓は大動脈ではなく腎静脈から下大静脈・右心房へと静脈内を進展します。放射線や殺細胞性抗癌薬が効きにくいため切除可能な転移巣は積極的に切除し、長期透析患者では後天性嚢胞性腎疾患からの発癌も踏まえて根治的腎摘除術を原則とします。分子病態から転移様式・治療方針までを一本の論理でつなげて理解することが、知識の定着と臨床判断の両方に役立ちます。
解答・解説
正解はa, bです
腎細胞癌は、腎実質の尿細管上皮(主に近位尿細管)から発生する悪性腫瘍で、成人の腎悪性腫瘍の大部分を占める。組織型では淡明細胞型(明細胞型)腎細胞癌が約70〜80%と最も多く、次いで乳頭状腎細胞癌、嫌色素性腎細胞癌などがある。 本問は腎細胞癌の基本的性質を、①転移様式、②分子病態(遺伝子異常)、③進展様式、④転移巣への治療方針、⑤長期透析患者での術式、という5つの観点から問うている。押さえるべき骨格は次のとおりである。 ・血行性転移をきたしやすく、転移先は肺が最多である。 ・淡明細胞型の多くでVHL遺伝子の異常がみられる。 ・腎静脈から下大静脈へと「静脈内」に腫瘍塞栓が進展しやすい。 ・放射線・従来の殺細胞性抗癌薬が効きにくいため、手術(原発巣・転移巣とも)が治療の重要な柱となる。 ・長期透析患者の腎はすでに機能を失っているため、腎機能温存を目的とする部分切除の意義はなく、根治的腎摘除術を行う。 これらを踏まえると、正しいのは「肺転移を起こしやすい」と「VHL遺伝子異常が関係する」の2つである。
選択肢考察
- ○a. 肺転移を起こしやすい。
腎細胞癌は血流豊富な(多血性の)腫瘍で、静脈に浸潤しやすいため血行性転移を起こしやすい。腎静脈→下大静脈→右心系を経て最初に到達する毛細血管床が肺であるため、転移臓器としては肺が最も多く、次いで骨、リンパ節、肝、副腎、脳などが続く。肺転移は多発する円形結節(いわゆるcannon ball状)として見つかることが多い。初診時にすでに遠隔転移を有する例も少なくない。
- ○b. VHL遺伝子異常が関係する。
VHL(von Hippel-Lindau)遺伝子は第3染色体短腕(3p25)にある癌抑制遺伝子である。VHL蛋白は低酸素誘導因子(HIF)を分解へ導く働きをもち、VHLが機能を失うとHIFが蓄積して、VEGF(血管内皮増殖因子)などの血管新生関連因子が過剰に産生される。これが淡明細胞型腎細胞癌が多血性である理由であり、孤発性の淡明細胞型腎細胞癌の大多数でVHL遺伝子の変異・欠失やメチル化による不活化が認められる。また、VHL遺伝子の生殖細胞系列変異によるvon Hippel-Lindau病では、若年で両側多発性の腎細胞癌が生じる。さらにVEGF経路を標的とする分子標的薬(チロシンキナーゼ阻害薬)が腎細胞癌の治療に用いられる根拠にもなっている。
- ×c. 腫瘍塞栓が大動脈へ進展する。
腎細胞癌は静脈内に進展する傾向が強く、腎静脈から下大静脈へ、さらに進行すると右心房にまで腫瘍塞栓が達することがある。一方、動脈(大動脈)内へ腫瘍塞栓が進展することは通常ない。左腎静脈に腫瘍塞栓が及ぶと、合流する左精巣静脈の還流が障害されて左側の精索静脈瘤を生じることがあり、下大静脈塞栓では下肢浮腫や腹壁静脈の怒張がみられることがある。
- ×d. 転移巣の手術摘除は行わない。
腎細胞癌は放射線療法や従来の殺細胞性抗癌薬に対する感受性が低い。そのため、転移巣であっても、数が少なく(孤立性など)完全切除が可能な場合には、積極的に外科的切除(転移巣切除)を行い、生存期間の延長が期待できる。特に肺の孤立性転移や、原発巣切除から長期間を経て出現した転移では切除の意義が大きい。したがって「転移巣の手術摘除は行わない」は誤りである。
- ×e. 長期透析症例では腎部分切除術を行う。
腎部分切除術は、腫瘍を切除しつつ残りの腎機能を温存することを目的とした術式である。長期透析患者ではすでに腎機能が廃絶しているため、腎組織を残す意味はなく、腫瘍を確実に取り除く根治的腎摘除術を行うのが原則である。さらに、長期透析患者の萎縮腎には後天性嚢胞性腎疾患(ACDK)が生じ、そこから多発性・両側性に腎細胞癌が発生しやすいため、残した腎組織から再発する危険を避ける意味でも全摘が選ばれる。
腎細胞癌の概要
・中高年の男性に多い(男女比はおよそ2〜3:1)。 ・危険因子:喫煙、肥満、高血圧、長期透析(後天性嚢胞性腎疾患)、von Hippel-Lindau病などの遺伝性疾患。 ・古典的三主徴は血尿・側腹部痛・腹部腫瘤であるが、3つがそろうのは進行例に限られ、現在では健診や他疾患の精査中の超音波・CTで偶然発見される例(偶発癌)が多い。 ・特異的な腫瘍マーカーはない。
腫瘍随伴症候群
・発熱、体重減少、赤沈亢進、CRP上昇。 ・多血症(腫瘍によるエリスロポエチン産生)。 ・高カルシウム血症(PTHrP産生や骨転移)。 ・高血圧(レニン産生)。 ・Stauffer症候群:肝転移がないのに肝機能異常を示し、腎摘除後に改善する。
画像所見
・造影CTで早期相に強く濃染し、後期相で速やかに造影剤が抜ける(wash out)多血性腫瘍として描出される(淡明細胞型の典型像)。 ・静脈内腫瘍塞栓の範囲評価にはCT・MRIが有用である。
治療
・限局性の腫瘍:手術が基本。小径腫瘍(おおむね4cm以下、T1a)では、腎機能温存のため可能であれば腎部分切除術が推奨される。大きな腫瘍や中心部の腫瘍、静脈内腫瘍塞栓例では根治的腎摘除術(下大静脈腫瘍塞栓の摘除を含む)を行う。高齢者や手術リスクの高い患者の小径腫瘍では、凍結療法・ラジオ波焼灼術や経過観察が選択されることもある。 ・転移性・進行性:免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ+イピリムマブ、ペムブロリズマブ+アキシチニブなど、単剤または分子標的薬との併用)、VEGF経路などを標的とするチロシンキナーゼ阻害薬(スニチニブ、カボザンチニブ、アキシチニブなど)、mTOR阻害薬が用いられる。かつてはインターフェロンαやインターロイキン2によるサイトカイン療法が中心であった。症例に応じて原発巣切除(腫瘍減量腎摘除)や転移巣切除を組み合わせる。 ・放射線療法は根治目的には効果が乏しく、主に骨転移・脳転移の症状緩和などに用いられる(定位放射線照射は局所制御に有効な場合がある)。
von Hippel-Lindau病
・常染色体顕性(優性)遺伝。 ・中枢神経系(小脳・脊髄)や網膜の血管芽腫、両側多発性の腎細胞癌・腎嚢胞、褐色細胞腫、膵嚢胞・膵神経内分泌腫瘍などを生じる。
POINT
・腎細胞癌は血行性転移をきたしやすく、転移先は肺が最多(次いで骨・肝・脳など)。 ・淡明細胞型が最多で、VHL遺伝子(3p25の癌抑制遺伝子)の異常→HIF蓄積→VEGF過剰産生により多血性となる。 ・腫瘍塞栓は腎静脈→下大静脈→右心房へと静脈内を進展する(大動脈ではない)。 ・放射線・殺細胞性抗癌薬が効きにくく、切除可能な転移巣は積極的に切除する。進行例では免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬を用いる。 ・長期透析患者では後天性嚢胞性腎疾患から腎細胞癌が発生しやすく、治療は根治的腎摘除術である。
