検診に行けないのは誰の「障害」?―ICFで読み解く難聴と参加制約
第103回医師国家試験 H問題 第8問
国試問題にチャレンジ
難聴のある人が,検査時の指示が聞き取りにくいため上部消化管造影による胃がん検診を受けていない。 検診を受けていないこの状態はどれか。
- a.機能障害
- b.能力低下
- c.QOL〈quality of life〉低下
- d.参加制約(社会的不利)
- e.バリアフリー化不備
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
障害の構造は、WHOの国際障害分類(ICIDH、1980年)では機能障害→能力低下→社会的不利、国際生活機能分類(ICF、2001年)では機能障害・活動制限・参加制約として整理されます。本問では、難聴が機能障害、検査時の指示が聞き取りにくいことが能力低下(活動制限)、その結果として胃がん検診を受けていないことが参加制約(社会的不利)にあたります。QOLは生活全体の質を表す包括的概念、バリアフリーは環境因子側の整備を指す言葉であり、いずれも本人の状態を表す障害の階層用語ではありません。ICFは環境因子と個人因子を含む相互作用モデルであり、環境を整えれば機能障害が変わらなくても参加制約を減らせるという考え方は、合理的配慮や地域保健を実践するうえでの土台になります。
解答・解説
正解はdです
障害の構造をどの階層でとらえるかを問う問題である。障害の分類には、WHO(世界保健機関)が1980年に示した国際障害分類〈ICIDH〉と、それを2001年に改訂した国際生活機能分類〈ICF〉(Functioning=生活機能と、障害・健康を合わせて分類する枠組み)がある。
ICIDHの3階層
機能障害(impairment)→ 能力低下(能力障害、disability)→ 社会的不利(handicap)という一方向の流れで障害をとらえた。
ICFの3階層
心身機能・身体構造 → 活動 → 参加 という生活機能の側面を中立的な言葉で表し、それぞれが損なわれた状態を「機能障害」「活動制限」「参加制約」と呼ぶ。さらに背景因子として環境因子と個人因子を加え、各要素が相互に影響し合うモデルとした。
本問への当てはめ
・難聴があること=聴覚という身体機能の問題 → 機能障害 ・検査時の指示が聞き取りにくいこと=個人として「聞いて理解し、指示どおり動く」という行為ができにくい → 能力低下(ICFでは活動制限) ・その結果、胃がん検診を受けていないこと=社会の中で提供されている保健サービスに関与できていない → 参加制約(ICIDHでは社会的不利) 設問は「検診を受けていないこの状態」を問うているので、社会生活場面への関わりが損なわれた段階、すなわち参加制約(社会的不利)が該当する。問題文の3つの要素を、身体レベル・個人レベル・社会レベルに順に割り振って考えるのがコツである。
選択肢考察
- ×a. 機能障害
機能障害は、心身の機能や身体の構造そのものに生じた問題(喪失や著しい変異)を指す。本問では「難聴がある」ことが機能障害にあたる。検診を受けていないという状態は身体レベルの問題ではなく、社会生活場面への関与の問題なので該当しない。
- ×b. 能力低下
能力低下(能力障害)は、機能障害の結果として個人が行為や課題を遂行する力が制限されることをいい、ICFの「活動制限」に相当する。本問では「検査時の指示が聞き取りにくい」ことがこれにあたる。検診を受けていないことは、個人の遂行能力よりも一段上の社会的な関わりの問題であり、該当しない。
- ×c. QOL〈quality of life〉低下
QOL(生活の質)は、身体的・心理的・社会的な側面などを含めて本人がとらえる生活全体の質を表す包括的な概念であり、障害の階層構造を表す用語ではない。検診を受けていないという一つの事実だけでQOLが低下していると評価することはできず、この状態を表す言葉として適切でない。
- ○d. 参加制約(社会的不利)
参加制約は、個人が社会生活や人生のさまざまな場面に関わろうとするときに経験する困難をいう(ICIDHでは社会的不利)。がん検診は地域住民に広く提供される保健サービスであり、難聴という機能障害と、指示が聞き取れないという能力低下の結果として、本来受けられるはずの検診を受けられていない状態は、社会的な場面への関与が妨げられた参加制約にあたる。
- ×e. バリアフリー化不備
バリアフリーは、障害のある人や高齢者が生活するうえで妨げとなる障壁(バリア)を取り除くことを指し、一般に住宅・交通機関・公共施設などの物理的環境や、情報・制度面の整備について用いられる。ICFでいえば環境因子の側の問題であり、筆談や文字での指示を用意しないことなどは参加制約の「原因」にはなりうるが、「検診を受けていない」という本人の状態そのものを表す用語ではない。
ICIDHとICFの対応
・機能障害(impairment)→ ICF:心身機能・身体構造の問題=機能障害(impairments) ・能力低下(disability)→ ICF:活動の問題=活動制限(activity limitations) ・社会的不利(handicap)→ ICF:参加の問題=参加制約
ICFの特徴
1. 「障害」というマイナス面だけでなく、生活機能(functioning)というプラス面を含めた中立的な枠組みである。 2. 背景因子として環境因子(物理的環境、人的環境、制度・サービス、社会の意識など)と個人因子(年齢、性別、生活歴など)を位置づけた。 3. 各要素は一方向ではなく双方向に影響し合う相互作用モデルである。ICIDHが「病気→機能障害→能力低下→社会的不利」という一方向モデルで、環境の影響を十分に扱えないと批判されたことを受けて改訂された。
本問を環境因子から見ると
検査時の指示を文字やジェスチャーで示す、手話通訳を用意するなど環境因子を整えれば、機能障害(難聴)は変わらなくても活動制限や参加制約は軽減できる。これがICFの考え方の要点であり、合理的配慮の基盤にもなっている。
POINT
・難聴(身体の問題)=機能障害、指示が聞き取れない(個人の行為の問題)=能力低下(活動制限)、検診を受けていない(社会的場面への関与の問題)=参加制約(社会的不利)。 ・ICIDH(1980年):機能障害→能力低下→社会的不利。ICF(2001年):心身機能・身体構造/活動/参加+環境因子・個人因子の相互作用モデル。 ・QOLやバリアフリーは障害の階層を表す用語ではない。
