歩けないのは「活動」、通えないのは「参加」―脳梗塞後の暮らしをICFで読み解く
第118回医師国家試験 B問題 第38問
国試問題にチャレンジ
72歳の女性。脳梗塞で入院治療し,リハビリテーション後に自宅退院して3か月が経過した。現在は①マンションに一人暮らしをしている。右上下肢に軽度の運動麻痺が残存し,②長距離を歩くことができない。入院前は③おしゃべり好きで俳句教室に通うのが趣味であったが,俳句教室の入口の④階段を昇ることができないため最近は通っていない。退院してから⑤家に閉じこもりがちになっている。 下線部のうち,国際生活機能分類〈ICF〉の参加制約に分類されるのはどれか。
- a.①
- b.②
- c.③
- d.④
- e.⑤
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
国際生活機能分類(ICF)は、生活機能を心身機能・身体構造(機能障害)、活動(活動制限)、参加(参加制約)に分け、背景因子として環境因子と個人因子を加えたWHOの分類です。歩行や階段昇降など具体的な動作の困難は活動制限、社会生活の場面への関与や役割遂行ができない状態は参加制約であり、本例では家に閉じこもりがちになっていることが参加制約に当たります。一人暮らしや建物の階段は環境因子、性格や趣味は個人因子、麻痺そのものは機能障害に分類されます。ICFは前身のICIDHの一方向モデルを改めた相互作用モデルで、環境調整によって活動や参加を改善できるという視点をもたらしました。高齢者の閉じこもりは心身機能の低下にもつながるため、ICFで生活全体を整理し多面的な支援を計画する考え方は、リハビリテーションや地域医療の実践に欠かせません。
解答・解説
正解はeです
ICFの枠組み
国際生活機能分類(ICF)は、生活機能・障害・健康を包括的に捉える国際分類として世界保健機関(WHO)が2001年の総会で採択した、人の「生きることの全体像」を記述するための分類である。健康状態(病気・けがなど)と相互に影響し合う要素として、次のものを位置づける。 ・生活機能(プラス面)とその障害(マイナス面) 心身機能・身体構造 ⇔ 機能障害(構造障害を含む) 活動 ⇔ 活動制限 参加 ⇔ 参加制約 ・背景因子 環境因子(住居・建物・福祉用具・家族や周囲の人・制度など、本人を取り巻く物的・人的・社会的環境) 個人因子(年齢、性別、性格、趣味、生活歴など、その人固有の特徴)
活動と参加の区別
本問の鍵は「活動」と「参加」の区別である。活動は、歩く、階段を昇る、食事をする、着替えるなど、個人が遂行する具体的な行為・動作のレベルを指す。参加は、家庭や地域社会の中で役割を担ったり、社会的な場面に関わったりする「生活・人生場面への関与」のレベルを指す。したがって「〜という動作ができない」は活動制限、「社会の場面に関われない・役割を果たせない」は参加制約と考える。
症例への当てはめ
本例は脳梗塞後の右片麻痺(機能障害)が残った72歳女性である。麻痺のため長距離歩行や階段昇降ができず(活動制限)、その結果として趣味の俳句教室に通えなくなり、家に閉じこもりがちになっている(参加制約)。また、一人暮らしであることや俳句教室の入口に階段があることは環境因子、おしゃべり好きという性格や俳句という趣味は個人因子である。このように各下線部を5つの構成要素へ振り分けていけば、参加制約に当たるものは一つに絞られる。
選択肢考察
- ×a. ①
「マンションに一人暮らし」は、住居の形態と同居者の有無という、本人を取り巻く物的・人的環境についての記述である。したがって背景因子のうちの環境因子に分類される。同居家族の有無は支援を受けられるかどうかに直結し、生活機能に影響を与える重要な環境因子である。
- ×b. ②
「長距離を歩くことができない」は、歩行という個人が行う具体的な動作が困難になっている状態であり、活動制限に分類される。その原因である右上下肢の運動麻痺そのものは、心身機能の障害(機能障害)に当たる。
- ×c. ③
「おしゃべり好き」という性格や「俳句教室に通うのが趣味」という嗜好・生活歴は、その人固有の特徴であり、背景因子のうちの個人因子に分類される。個人因子は、どのような活動や参加を望むかに影響を与える要素であり、リハビリテーションの目標設定にも関わる。
- ×d. ④
「階段を昇ることができない」は、階段昇降という具体的な動作の困難であり、活動制限に分類される。なお、教室の入口に階段があり手すりやエレベーターなどがないという建物の構造は環境因子であり、環境を整えれば同じ身体機能でも活動が可能になりうる点がICFの考え方の特徴である。
- ○e. ⑤
「家に閉じこもりがち」とは、以前のように俳句教室や地域の人との交流といった社会生活の場面に関われなくなっている状態である。これは個々の動作の問題ではなく、社会への関与・役割遂行のレベルの問題であり、参加制約に分類される。高齢者の閉じこもりは、心身機能のさらなる低下や廃用、抑うつ、認知機能低下につながりやすく、介入の対象として重要である。
ICFの成り立ち
ICFの前身は、1980年にWHOが発表した国際障害分類(ICIDH)である。ICIDHは「疾患→機能障害→能力障害→社会的不利」という一方向の流れで障害を捉え、マイナス面に偏っていた。ICFではこれを改め、 ・用語を中立的・肯定的なもの(心身機能・身体構造、活動、参加)に置き換えた ・各要素が双方向に影響し合う相互作用モデルとした ・環境因子と個人因子という背景因子を加え、障害は本人と環境との相互作用の中で生じるとした という特徴をもつ。対応関係は、機能障害→機能障害(構造障害を含む)、能力障害→活動制限、社会的不利→参加制約である。
ICDとの関係
国際疾病分類(ICD)が「病気・死因」を分類するのに対し、ICFは「その健康状態のもとでどのように生活しているか」を分類する。両者はWHOの国際分類の中核として相互に補い合う関係にある。
臨床での活用
リハビリテーションや介護の現場では、ICFの枠組みで情報を整理することで、身体機能の訓練だけでなく、環境調整(手すり設置、住宅改修、送迎サービスの利用など)や社会参加の支援(通いの場、デイサービスなど)も含めた多面的な支援計画を立てやすくなる。本例でも、麻痺の改善を待つだけでなく、階段のない教室を探す、付き添いや移動支援を利用するといった環境側への働きかけで参加制約を軽くできる可能性がある。
POINT
・ICFの生活機能:心身機能・身体構造(機能障害)、活動(活動制限)、参加(参加制約)。 ・背景因子:環境因子(住居、建物、家族、制度など)と個人因子(年齢、性格、趣味、生活歴など)。 ・具体的な動作ができない(歩けない、階段を昇れない)→活動制限。 ・社会生活の場面への関与ができない(閉じこもり、仕事・地域活動に出られない)→参加制約。 ・ICFは各要素が双方向に影響し合う相互作用モデルであり、前身のICIDH(1980年)の一方向モデルを改めたもの。
