痛くない、熱もない、でも大きくなる―高齢者の顎下腫瘤は「悪性」から考える
第103回医師国家試験 G問題 第49問
国試問題にチャレンジ
65歳の男性。左顎下の腫瘤と息苦しさとを主訴に来院した。1か月前から腫瘤に気付いていたが,痛みがないため放置していた。その後も徐々に大きくなっていた。3日前から息苦しさを感じた。この間,発熱はなかった。身体診察で他の部位に腫瘤を認めない。頸部の写真を別に示す。 考えられるのはどれか。2つ選べ。

- a.膠原病
- b.細菌性感染
- c.転移性腫瘍
- d.悪性リンパ腫
- e.ウイルス性感染
対話形式の解説
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ドクターまとめ
高齢者の片側性・無痛性で、発熱を伴わず数週〜数か月で増大する頸部腫瘤は、否定されるまで悪性腫瘍として扱い、転移性腫瘍と悪性リンパ腫を第一に考えます。顎下リンパ節転移では口腔癌などの頭頸部扁平上皮癌が原発巣として多く、内視鏡による原発巣検索が欠かせません。悪性リンパ腫は弾性硬で可動性が保たれやすく、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫などは急速に増大し、B症状を欠くこともあります。細菌感染は痛み・発熱・発赤を伴い数日で進行し、ウイルス感染や膠原病は両側性・多発性が多い点で区別されます。息苦しさを伴う頸部腫瘤では気道評価と気道確保の準備を並行して行うことが重要で、年齢と経過から鑑別を絞る考え方は頸部腫瘤診療の基本となります。
解答・解説
正解はc, dです
所見の整理
・65歳の高齢男性 ・左顎下の腫瘤:1か月前に気付き、その後も徐々に増大(1か月単位で明らかに大きくなる、比較的速い増大) ・痛みがない(無痛性) ・発熱がない ・3日前から息苦しさ:腫瘤が大きくなり、上気道を圧迫し始めた可能性を示す ・他の部位に腫瘤なし(全身性のリンパ節腫大ではない) ・頸部写真:左顎下部から頸部にかけて境界不明瞭な大きな膨隆があり、表面皮膚に明らかな発赤は認めない
診断へのプロセス
頸部腫瘤の鑑別は、大きく「炎症性」「腫瘍性(良性・悪性)」「先天性(嚢胞など)」に分けて考える。 まず炎症性病変(細菌性リンパ節炎、顎下腺炎、深頸部膿瘍、ウイルス性リンパ節炎など)は、一般に痛み・圧痛や発熱、皮膚の発赤・熱感を伴い、経過も数日単位と急である。本症例は無痛性で発熱がなく、皮膚の発赤もないため炎症性病変は考えにくい。 先天性の嚢胞性疾患(側頸嚢胞など)は若年者に多く、高齢で新たに出現し1か月で急速に増大する経過には合わない。 これに対し「高齢者」「無痛性」「数週〜数か月で増大」「単発・片側性」という特徴は、悪性腫瘍を強く疑わせる典型的なパターンである。成人の片側性の無痛性頸部腫瘤は、否定されるまで悪性腫瘍として扱うべきとされる。 悪性腫瘍の中で頸部(顎下部)に腫瘤をつくる代表は、①口腔・咽頭・喉頭などの頭頸部癌の頸部リンパ節転移(高齢男性・喫煙・飲酒歴で多い)、②悪性リンパ腫(特にびまん性大細胞型B細胞リンパ腫などは急速に増大する)である。顎下腺癌などの唾液腺悪性腫瘍も鑑別に挙がる。
設問への考え方
経過と所見から悪性疾患を考え、選択肢の中では転移性腫瘍と悪性リンパ腫の2つを選ぶ。確定診断には、原発巣検索(口腔・咽頭・喉頭の内視鏡観察など)、画像検査(頸部CT・MRI、超音波、PET-CT)、穿刺吸引細胞診や生検(リンパ腫が疑われれば切除生検)を行う。息苦しさを訴えているため、気道狭窄の評価と気道確保の準備も同時に急ぐ必要がある。
選択肢考察
- ×a. 膠原病
膠原病ではSjögren症候群による唾液腺腫脹や、全身性エリテマトーデス(SLE)などに伴う軽度のリンパ節腫大はみられることがある。しかし、それらは両側性・多発性であることが多く、発熱や関節痛など全身症状を伴うのが一般的である。高齢者で片側の顎下に1か月で気道を圧迫するほど急速に増大する単発の腫瘤をつくるとは考えにくい。
- ×b. 細菌性感染
細菌感染による顎下部の腫脹(化膿性リンパ節炎、顎下腺炎、口腔底蜂窩織炎、深頸部膿瘍など)は、頸部が大きく腫れて気道狭窄をきたすことがあるため鑑別上重要である。しかし、これらは通常、強い痛み・圧痛、発熱、皮膚の発赤や熱感を伴い、数日単位で急激に進行する。本症例は1か月にわたり無痛性で発熱もなく、写真でも発赤は目立たないため否定的である。
- ○c. 転移性腫瘍
高齢男性の片側性・無痛性で増大する頸部腫瘤は、悪性腫瘍のリンパ節転移をまず考える。顎下部のリンパ節は口腔(舌、口腔底、歯肉など)や口唇、顎下腺などのリンパ流を受けるため、これらの部位の癌(多くは扁平上皮癌)の転移が代表的である。頸部リンパ節転移が初発症状となり、原発巣がまだ自覚されていない例も少なくない。その他の臓器からの遠隔転移も可能性がある。転移リンパ節は硬く、周囲に固着して可動性が乏しいことが多い。
- ○d. 悪性リンパ腫
悪性リンパ腫は無痛性のリンパ節腫大として発症することが多く、頸部は最も好発する部位の一つである。特に高齢者に多いびまん性大細胞型B細胞リンパ腫などの中〜高悪性度リンパ腫は、数週〜数か月で急速に増大し、気道や周囲組織を圧迫しうる。リンパ腫のリンパ節は弾性硬(ゴムのような硬さ)で、癌の転移より可動性が保たれることが多いとされる。発熱・体重減少・盗汗(B症状)を伴うこともあるが、本症例のように伴わないこともある。診断には生検による病理組織診断が必要である。
- ×e. ウイルス性感染
ウイルス感染(伝染性単核症、風疹、サイトメガロウイルス感染など)によるリンパ節腫大は、通常は両側性・多発性で全身のリンパ節に及ぶことが多く、発熱や咽頭痛を伴い、圧痛を認めることが多い。また腫大は数週で自然に縮小していくのが一般的である。1か月以上増大し続けて気道を圧迫するほどの単発の大きな腫瘤をつくることは考えにくい。
頸部腫瘤の鑑別の考え方
年齢・経過・痛みの有無・部位が重要な手がかりとなる。 ・小児〜若年者:炎症性(反応性リンパ節炎など)や先天性(正中頸嚢胞、側頸嚢胞、リンパ管腫)が多い。 ・中高年:悪性腫瘍(転移性腫瘍、悪性リンパ腫)の頻度が高くなる。 ・経過の目安:数日で増大し痛みを伴えば炎症、数週〜数か月で増大すれば悪性腫瘍、数年かけてゆっくり増大すれば良性腫瘍や先天性病変を考えやすい。
部位による鑑別
・顎下部:顎下リンパ節炎、顎下腺炎(唾石症を含む)、顎下腺腫瘍、頸部膿瘍、癌のリンパ節転移、悪性リンパ腫 ・オトガイ下部:口腔底蜂窩織炎(Ludwig angina)、類皮嚢胞(皮様嚢胞) ・前頸部正中:正中頸嚢胞(甲状舌管嚢胞)、甲状腺腫瘍・甲状腺腫 ・側頸部(胸鎖乳突筋前縁):側頸嚢胞 ・左鎖骨上窩:Virchowリンパ節転移(胃癌など腹部悪性腫瘍)
転移性腫瘍と悪性リンパ腫の比較
・頸部リンパ節転移:原発巣は頭頸部扁平上皮癌が最多。硬く、可動性不良で周囲と癒着しやすい。原発巣検索として上気道・上部消化管の内視鏡検査を行う。 ・悪性リンパ腫:弾性硬で可動性が比較的保たれることが多い。可溶性IL-2受容体やLDHの上昇が参考になる。診断には切除生検が望ましい。
気道症状への対応
腫瘤による息苦しさや喘鳴は上気道閉塞の前兆であり、喉頭ファイバースコープで気道の状態を評価し、必要に応じて気管挿管や気管切開などによる気道確保を考慮する。
POINT
・高齢者の無痛性・片側性で、数週〜数か月で増大する頸部腫瘤 → まず悪性腫瘍(転移性腫瘍、悪性リンパ腫)を疑う ・痛み・発熱・発赤を伴い数日で進行 → 細菌感染(リンパ節炎、深頸部膿瘍など) ・ウイルス性リンパ節腫大は両側性・多発性で自然軽快することが多い ・顎下部リンパ節転移の原発巣として口腔癌などの頭頸部癌を検索する ・息苦しさを伴う頸部腫瘤では気道狭窄の評価・気道確保を急ぐ
