飲み込むと動く首の腫れ―Basedow病の甲状腺を「指先」で見抜く
第103回医師国家試験 F問題 第25問
国試問題にチャレンジ
20歳の女性。前頸部の腫大を主訴に来院した。半年前から次第に増大する前頸部腫大に気付き,動悸と発汗増加とを自覚した。最近,手指が震えるようになった。意識は清明。身長160cm,体重48kg。体温37.1℃。脈拍112/分,整。血圧134/58mmHg。皮膚は湿潤。手指に振戦を認める。前頸部の写真を別に示す。 腫大部位でみられるのはどれか。

- a.圧痛
- b.表面不整
- c.皮膚との癒着
- d.嚥下運動に連動
- e.硬さは硬軟が混在
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
若年女性で、数か月以上続く頻脈・発汗・振戦などの甲状腺中毒症状と、痛みのないびまん性甲状腺腫があれば、まずBasedow病を考えます。甲状腺は気管前葉やBerry靱帯で喉頭・気管に固定されているため、嚥下に連動して上下に動き、これは頸部腫瘤が甲状腺由来であることを確かめる基本所見です。Basedow病の甲状腺は表面平滑で軟らかい〜弾性があり、圧痛や癒着はなく、血管雑音を伴うことがあります。一方、圧痛は亜急性甲状腺炎、硬く表面不整で周囲と癒着する腫瘤は甲状腺癌、硬さや大きさの異なる結節の混在は腺腫様甲状腺腫を示唆します。触診所見と疾患の対応を押さえておくと、検査に進む前の段階で鑑別を的確に絞り込めます。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
若年女性が、半年かけて徐々に大きくなる前頸部の腫れで受診している。写真では前頸部が左右対称になだらかに膨らんでおり、甲状腺のびまん性腫大(甲状腺全体が均一に大きくなる状態)と読み取れる。これに加えて次の所見がある。 ・動悸、脈拍112/分の頻脈、脈圧の開大(収縮期134mmHg・拡張期58mmHgで差76mmHg):甲状腺ホルモンは心拍数と心収縮力を高め、末梢血管を拡張させる。さらにβアドレナリン受容体への反応性を高めるため、交感神経が優位になったような症状が出る。 ・発汗増加、皮膚の湿潤、37.1℃の微熱:基礎代謝が上がって熱産生が増えることによる。 ・手指振戦:交感神経系の反応性亢進による、細かく速いふるえである。 ・身長160cm、体重48kg(BMI 約18.8)とやせ型である。 以上から、甲状腺機能亢進症(甲状腺中毒症)による症状と考える。
鑑別診断
甲状腺腫大に甲状腺中毒症状を伴う疾患として、主にBasedow病(Graves病)、亜急性甲状腺炎、無痛性甲状腺炎を考える。 ・亜急性甲状腺炎:ウイルス感染後などに起こる甲状腺の炎症で、腫大した部位に強い痛みと圧痛があり、硬いしこりとして触れ、痛む場所が移動することもある。発熱を伴うことが多い。本例は痛みの訴えがなく、半年かけてゆっくり進行しており合わない。 ・無痛性甲状腺炎:甲状腺組織が壊れて蓄えられていたホルモンが漏れ出す病態で、中毒症状は通常数週間〜3か月ほどの一過性である。半年続いて腫大が進む経過とは合わない。 ・Basedow病:TSH(甲状腺刺激ホルモン)受容体に対する自己抗体(TRAb)が甲状腺を刺激し続ける自己免疫疾患である。20〜40歳代の女性に多く、びまん性の甲状腺腫大、持続する機能亢進症状を示す。本例に最もよく当てはまる。
設問の考え方
問われているのは、Basedow病で腫れた甲状腺を触ったときの所見である。甲状腺は気管・喉頭に固定されているため、どの甲状腺疾患でも嚥下のときに喉頭と一緒に上下に動く。これにより、前頸部の腫れが甲状腺由来であることを確かめられる。Basedow病の甲状腺は、表面が滑らかで、軟らかい〜弾性のあるびまん性腫大として触れ、痛みはなく、皮膚や周囲組織との癒着もない。
選択肢考察
- ×a. 圧痛
Basedow病は自己抗体が甲状腺を刺激する病態で、甲状腺組織が破壊される炎症ではないため、痛みや圧痛は通常ない。腫大部の圧痛は亜急性甲状腺炎の特徴で、そのほか急性化膿性甲状腺炎、嚢胞内出血、橋本病の急性増悪などでもみられる。
- ×b. 表面不整
Basedow病では甲状腺全体が均一に腫れるため、表面は平滑である。表面がでこぼこに触れるのは、甲状腺癌(特に未分化癌や進行した乳頭癌)、複数の結節をもつ腺腫様甲状腺腫などで、慢性甲状腺炎(橋本病)でも表面が細かい凹凸(顆粒状)に触れることがある。
- ×c. 皮膚との癒着
Basedow病の腫大は甲状腺の中で起こる変化で、周囲組織へ広がらないため、皮膚や前頸筋群との癒着はない。癒着して動かなくなるのは、悪性腫瘍が甲状腺の被膜を越えて周囲に広がった場合で、未分化癌などでみられる。癒着が強いと、嚥下のときの動きも悪くなる。
- ○d. 嚥下運動に連動
甲状腺は気管前葉(頸部の筋膜の一部)やBerry靱帯によって喉頭・気管に固定されている。そのため、つばを飲み込むと喉頭が挙上するのに合わせて、甲状腺も一緒に上下に動く。Basedow病のびまん性腫大でも、この動きははっきり確認できる。診察では、患者に水を含ませて飲み込ませながら視診・触診する。動く腫瘤は甲状腺由来と判断でき、リンパ節や皮下腫瘤など甲状腺以外の頸部腫瘤との区別に役立つ。
- ×e. 硬さは硬軟が混在
Basedow病では甲状腺全体が均一に腫大し、軟らかい〜弾性のある硬さとして一様に触れる。場所によって硬さが違うのは、腺腫様甲状腺腫のように大きさや性状の異なる結節が混在する場合や、腫瘍の中に嚢胞・出血・石灰化がある場合などである。
甲状腺の触診で評価する項目
大きさ・形(びまん性か結節性か)、硬さ、表面の性状、圧痛の有無、可動性(嚥下で動くか、周囲と癒着していないか)、頸部リンパ節の腫れ、血管雑音(Basedow病では腫大した甲状腺の上で聞こえることがある)を評価する。
主な甲状腺疾患の触診所見
・Basedow病:びまん性腫大。軟らかい〜弾性があり、表面は平滑で、圧痛はない。血流が増えているため、振動(thrill)や血管雑音を伴うことがある。 ・慢性甲状腺炎(橋本病):びまん性腫大。弾性硬で、表面は細かい凹凸(顆粒状)に触れることがある。圧痛は通常ない。 ・亜急性甲状腺炎:硬く、強い痛みと圧痛がある。痛む部位が反対側へ移ること(クリーピング)がある。 ・腺腫様甲状腺腫:大きさや硬さの異なる複数の結節を触れる。 ・甲状腺癌:硬く、表面不整。進行すると周囲や皮膚と癒着して動かなくなり、頸部リンパ節の腫れを伴うことがある。
Basedow病の概要
TSH受容体抗体(TRAb)が受容体を刺激し、甲状腺ホルモンが過剰につくられる自己免疫疾患である。若年〜中年の女性に多い。古典的な三徴(Merseburgの三徴)は甲状腺腫、頻脈、眼球突出である。そのほか、体重減少(食欲はむしろ増す)、発汗過多、手指振戦、いらいら感、軟便・下痢、月経異常などがみられる。検査では、遊離T4・遊離T3の上昇、TSHの抑制、TRAbの陽性がみられる。甲状腺シンチグラフィ(放射性ヨウ素やテクネチウムの取り込み検査)で取り込みが増えていれば、取り込みが低下する破壊性甲状腺炎(亜急性・無痛性)と区別できる。治療には抗甲状腺薬、放射性ヨウ素内用療法、手術がある。
POINT
・甲状腺は喉頭・気管に固定されているため、嚥下運動に連動して上下する。前頸部腫瘤が甲状腺由来かを見分ける基本の所見である。 ・Basedow病の甲状腺:びまん性、軟らかい〜弾性、表面平滑、圧痛なし、癒着なし。 ・圧痛は亜急性甲状腺炎、表面不整・癒着・硬い腫瘤は悪性腫瘍、硬さや大きさの異なる結節の混在は腺腫様甲状腺腫を考える。 ・若年女性で、数か月以上続く甲状腺中毒症状とびまん性甲状腺腫があれば、まずBasedow病を考える。
