StudyMed医師国家試験

「許容濃度」は誰のための数字か―産業保健の基準値を整理する

第103回医師国家試験 E問題 第33問

国試問題にチャレンジ

第103回 E問題 第33問

許容濃度で正しいのはどれか。

  1. a.労働者に悪影響がみられないと判断する濃度
  2. b.維持することが望ましいと国が定めた濃度
  3. c.食品添加物の1日当たりの最大摂取濃度
  4. d.作業場の管理区分決定のための濃度
  5. e.毒性が認められない最大生体内濃度

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は産業保健で使う「許容濃度」の定義を問う問題だ。有害物質に関する基準値は似たものが多く、取り違えやすい。「誰が定めるのか」「誰を、あるいは何を対象にするのか」「どんな場面で使うのか」の3点で整理すると見分けられるよ。
医学生医学生
公衆衛生の講義で、許容濃度、管理濃度、環境基準がまとめて出てきて混乱した覚えがあります。
ドクタードクター
みんなそこでつまずくんだ。まず許容濃度から。日本産業衛生学会が毎年勧告している値で、重労働ではない作業に1日8時間・週40時間程度従事する労働者を想定している。有害物質への曝露濃度を時間で平均した値がこの数値以下なら、大多数の労働者に健康障害が生じないとみなせる濃度だ。
医学生医学生
ということは、「労働者に悪影響がみられないと判断する濃度」が正解ですね。
ドクタードクター
その通り。キーワードは「労働者」「個人の曝露」「健康影響がない」の3つ。ただし注意点がある。対象は「大多数」であって、既往症のある人や妊娠中の人など感受性の高い人まで保証するものではない。この値を境に安全と危険がはっきり分かれるわけでもないんだ。
医学生医学生
法律で決まった値ではないんですか。
ドクタードクター
学会の勧告値なので法的拘束力はない。そこが国の定める基準との大きな違いだ。では「維持することが望ましいと国が定めた濃度」は何の説明だと思う?
医学生医学生
「望ましい」という言い回しは環境基準でしょうか。
ドクタードクター
正解。環境基本法に基づいて国が定める行政上の目標値で、大気、水質、土壌、騒音について設定されている。対象は一般住民と一般環境で、作業場の労働者ではない。次に「作業場の管理区分決定のための濃度」は?
医学生医学生
作業環境測定の話なので、管理濃度ですね。社会医学の実習で工場を見学したとき、測定結果の掲示がありました。
ドクタードクター
いい経験をしたね。管理濃度は労働安全衛生法に基づき、厚生労働大臣が作業環境評価基準で定める値だ。作業環境測定の結果から、第1管理区分は適切、第2管理区分は改善の余地あり、第3管理区分は直ちに改善が必要、と作業場という「場」を評価する。個人の曝露と健康影響に着目する許容濃度とは目的が違うんだ。ただ、管理濃度の設定には許容濃度などが参考にされている。
医学生医学生
「食品添加物の1日当たりの最大摂取濃度」は、ADIのことでしょうか。
ドクタードクター
そう、1日摂取許容量に相当する考え方だ。ヒトが一生涯毎日摂取しても健康への悪影響がないと推定される1日当たりの量で、mg/kg体重/日で表す。動物実験で得た無毒性量を、通常は安全係数100で割って求める。そもそも濃度ではなく摂取量の指標で、労働環境とも関係しない。
医学生医学生
最後の「毒性が認められない最大生体内濃度」は、その無毒性量に近い気がします。
ドクタードクター
鋭いね。毒性試験で有害な影響がみられない最大の量を示すNOAEL、つまり無毒性量の考え方に近い。ただ、許容濃度は生体内ではなく、作業環境の空気中濃度、つまり労働者が吸う空気の濃度で示されるという点でも違う。血液や尿など生体試料中の濃度については、同じ学会が別に「生物学的許容値」を勧告しているよ。
医学生医学生
整理すると、許容濃度は学会が労働者個人の曝露に、管理濃度は国が作業場に、環境基準は国が一般環境に、ADIは食品の摂取量に、ということですね。
ドクタードクター
完璧な整理だ。発展として、許容濃度には8時間の時間加重平均値としての値のほかに、作業中のどの時点でも超えてはならない「最大許容濃度」もある。刺激性物質のように短時間で影響が出る物質に設定されるんだ。米国ACGIHのTLVも同じ考え方の指標だね。
医学生医学生
産業医の先生は、こうした値をどう使っているんですか。
ドクタードクター
作業環境管理、作業管理、健康管理の三管理に、労働衛生教育と総括管理を加えた五管理の中で活用する。測定値が基準以下でも、体調不良を訴える労働者がいれば個人の感受性や短時間の高濃度曝露を疑うことが大切だ。数値は目安であって、目の前の人の健康を守ることが目的だと忘れないでほしい。

まとめ

許容濃度は日本産業衛生学会が勧告する値で、重労働でない作業を1日8時間・週40時間程度行う条件のもと、平均曝露濃度がこれ以下なら大多数の労働者に健康障害が生じないとみなせる濃度です。法的拘束力はなく、安全と危険の明確な境界でもありません。国が作業場の管理区分を決めるために定める管理濃度、環境基本法に基づく一般環境の目標値である環境基準、食品の1日摂取許容量であるADI、毒性試験で得られる無毒性量(NOAEL)とは、定める主体・対象・用途で区別します。基準値を「誰が・誰のために・何に使うか」で整理する習慣は、産業医学や環境保健の実務で数値を正しく解釈する土台になります。

解答・解説

正解はaです

本問は産業保健(労働衛生)で用いられる「許容濃度」の定義を問う問題である。似た目的をもつ基準値が多数あり、それぞれ「誰が定めるか」「何を対象とするか」「どの場面で使うか」が異なるため、取り違えやすい。

許容濃度の定義

日本産業衛生学会が毎年勧告している値である。重労働ではない作業に1日8時間・週40時間程度従事する労働者を想定し、ある有害物質への曝露濃度を時間で平均した値がこの数値を超えなければ、大多数の労働者には健康障害が生じないとみなせる濃度と定義される。

考え方

キーワードは「労働者」「個人の曝露」「健康影響がみられない」である。許容濃度は学会の勧告値であって法的な規制値ではなく、国が法令で定める環境基準や管理濃度とは区別される。また、食品の摂取量や生体内の濃度を扱う指標でもない。「許容」という語が「この程度までなら健康に悪影響がないと許される」という意味であることからも推測できる。

選択肢考察

  1. ○a.  労働者に悪影響がみられないと判断する濃度

    正しい。許容濃度は、標準的な労働条件(1日8時間・週40時間程度、重くない作業強度)を前提に、有害物質への平均曝露濃度がこの値以下にとどまれば、大多数の労働者に健康障害は起こらないとみなせる濃度であり、選択肢の記述はこの定義に一致する。対象はあくまで「大多数」であって、感受性の高い一部の人(既往症をもつ人や妊娠中の人など)まで保証するものではなく、この値を境に安全と危険がはっきり分かれるわけでもない点に注意する。

  2. ×b.  維持することが望ましいと国が定めた濃度

    誤り。これは環境基準の説明である。環境基準は環境基本法第16条に基づき、人の健康を保護し生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準として国(政府)が定める行政上の目標値であり、大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音について設定されている。対象は一般住民・一般環境であり、作業環境の労働者を対象とする許容濃度とは異なる。

  3. ×c.  食品添加物の1日当たりの最大摂取濃度

    誤り。これは1日摂取許容量(ADI:acceptable daily intake)に相当する概念である。ADIは、ヒトが一生涯毎日摂取し続けても健康への悪影響がないと推定される1日当たりの摂取量で、体重1kg当たりの量(mg/kg体重/日)で表す。一般に動物実験で得た無毒性量(NOAEL)を安全係数(通常100)で割って求め、食品添加物や残留農薬の基準設定に用いられる。濃度ではなく摂取量の指標であり、許容濃度とは無関係である。

  4. ×d.  作業場の管理区分決定のための濃度

    誤り。これは管理濃度の説明である。管理濃度は、労働安全衛生法に基づく作業環境測定の結果から作業環境の状態を評価し、第1〜第3管理区分に分類するための指標として、厚生労働大臣が作業環境評価基準で定める値である。作業場という「場」の環境管理の良否を判定するためのものであり、個々の労働者の曝露と健康影響に着目した許容濃度とは目的が異なる(値の設定には許容濃度などが参考にされる)。

  5. ×e.  毒性が認められない最大生体内濃度

    誤り。毒性が認められない最大の量・濃度という考え方は、毒性試験で求める無毒性量(NOAEL:no-observed-adverse-effect level)や無影響濃度(NOEC:no-observed-effect concentration)に近い。これらは動物実験などで投与量・曝露濃度を変えたときに有害な影響が認められない最大値を示すもので、ADIなどの基準値を算出する根拠となる。許容濃度は生体内の濃度ではなく、作業環境の空気中濃度(労働者の平均曝露濃度)で示される点でも異なる。なお、生体試料(血液・尿など)中の物質濃度については、許容濃度とは別に生物学的許容値が勧告されている。

有害物質に関する主な基準値の整理

・許容濃度:日本産業衛生学会が勧告。労働者の平均曝露濃度に対する目安。法的拘束力はない。 ・管理濃度:厚生労働大臣が定める(労働安全衛生法、作業環境評価基準)。作業環境測定結果から第1〜第3管理区分を決めるための行政的指標。 ・環境基準:国(環境基本法第16条)が定める。一般環境で維持されることが望ましい目標値。 ・ADI(1日摂取許容量):食品添加物・残留農薬などで、生涯毎日摂取しても健康への悪影響がないと推定される1日当たりの摂取量。通常 NOAEL÷安全係数100 で算出。 ・NOAEL(無毒性量):毒性試験で有害な影響がみられない最大の投与量。 ・生物学的許容値:日本産業衛生学会が勧告。血液・尿など生体試料中の物質(代謝物)濃度の目安。

許容濃度の種類

・時間加重平均値(TWA)としての許容濃度:8時間の平均曝露濃度に対する値。 ・最大許容濃度:作業中のどの時間をとっても超えてはならない値(刺激性物質など短時間で影響の出る物質に設定)。 米国ACGIHが勧告するTLV(threshold limit value)も同様の考え方の指標である。

作業環境管理の三管理と管理区分

労働衛生管理は作業環境管理・作業管理・健康管理の三管理(労働衛生教育と総括管理を加え五管理)からなる。作業環境測定の結果、第1管理区分は作業環境管理が適切、第2管理区分はなお改善の余地あり、第3管理区分は不適切で直ちに改善が必要と判断される。

POINT

・許容濃度=日本産業衛生学会の勧告値。重労働でない作業を1日8時間・週40時間程度行う条件で、平均曝露濃度がこの値以下なら大多数の労働者に健康障害が生じないとみなせる濃度。 ・管理濃度(国が定める、作業場の管理区分決定用)、環境基準(環境基本法、一般環境の望ましい水準)、ADI(食品の1日摂取許容量)、NOAEL(無毒性量)と区別する。 ・許容濃度は安全と危険の明確な境界ではなく、法的規制値でもない。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。