泣き止まない乳児と鼠径部の膨らみ―嵌頓ヘルニアは「まず手で戻す」
第103回医師国家試験 A問題 第40問
国試問題にチャレンジ
3か月の男児。嘔吐を主訴に来院した。全身状態は良好だが,機嫌が悪く啼泣を続けている。上腹部に異常を認めない。腹部の写真を別に示す。 まず行うのはどれか。

- a.腹部CT
- b.注腸造影
- c.用手還納
- d.腫瘤の穿刺・吸引
- e.血清CRP値の検査
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
乳児男児の鼠径部から陰嚢にかけての膨隆に、不機嫌・啼泣や嘔吐を伴う場合は、鼠径ヘルニア嵌頓を考えます。全身状態が良好で、腹膜刺激症状や皮膚の暗紫色変化、血便など絞扼を疑う所見がなければ、まず用手還納を試み、成功すれば浮腫が軽快してから待機的に根治術を行い、整復不能や絞扼疑いなら緊急手術となります。CTや注腸造影、CRP測定は整復を遅らせるだけで意義が乏しく、ヘルニアが疑われる腫瘤の穿刺は腸管損傷の危険があり禁忌です。陰嚢水腫は無痛性で透光性陽性ですが、乳児では透光性だけで区別できないこともあり、迷う場合は超音波検査を用います。言葉で訴えられない乳児では、不機嫌や啼泣を痛みのサインとして読み取り、時間との勝負で適切な初期対応を選ぶことが重要です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・3か月の男児 ・主訴は嘔吐。全身状態は保たれているが、不機嫌で泣き止まない(乳児では痛みの表現であることが多い)。 ・上腹部には異常がない。 ・写真では、一側(左)の鼠径部から陰嚢にかけて発赤を伴う大きな膨隆がみられる。
診断へのプロセス
乳児男児の鼠径部〜陰嚢の膨隆で、痛み(啼泣・不機嫌)と嘔吐を伴っていることから、鼠径ヘルニア嵌頓(脱出した腸管などがヘルニア門で締めつけられ、腹腔内へ戻らなくなった状態)を最も考える。嘔吐は、疼痛に伴う反射性のものか、嵌頓腸管による腸閉塞によるものかは症例文だけでは区別できないが、いずれにしても嵌頓を示唆する所見である。 鑑別として陰嚢水腫(精巣水瘤)が挙がるが、陰嚢水腫は通常痛みを伴わず、嘔吐や不機嫌を起こさない。また、ペンライトで光を当てると透けて見える(透光性陽性)点も参考になる。本例は痛みと嘔吐を伴うため、水腫ではなくヘルニア嵌頓と判断できる。
設問への考え方
乳児の鼠径ヘルニア嵌頓では、全身状態が良好で、発症から時間があまり経っておらず、腸管の絞扼(血流障害)を疑わせる所見(腹膜刺激症状、ショック、陰嚢皮膚の暗紫色変化、血便など)がなければ、まず用手還納(徒手整復)を試みる。乳児のヘルニア門は比較的柔らかく、多くは用手的に整復できる。整復できた場合は、腫れが引いた数日後以降に待機的に手術(ヘルニア根治術)を行う。整復できない場合や絞扼が疑われる場合は緊急手術となる。本例は全身状態良好であり、まず行うべきは用手還納である。
選択肢考察
- ×a. 腹部CT
鼠径ヘルニア嵌頓は視診・触診で診断でき、全身状態良好な本例でCTを撮る必要はない。乳児に対するCTは放射線被曝や鎮静の問題もあり、検査のために整復を遅らせるべきでもない。腫瘤の性状(腸管か液体か)を確かめたい場合は、被曝のない超音波検査が選ばれる。
- ×b. 注腸造影
注腸造影は腸重積症の診断・整復などで用いられる検査であり、鼠径ヘルニア嵌頓の診断や治療には用いない。嵌頓腸管がある状態で腸管内圧を高めることにも利点はなく、まず行う処置として不適切である。
- ○c. 用手還納
全身状態が良好で絞扼を疑わせる所見のない乳児の鼠径ヘルニア嵌頓では、まず用手還納を試みるのが原則である。患児を安静にさせ(必要に応じ鎮静)、ヘルニア嚢の内容をヘルニア門の方向へゆっくり持続的に圧迫して腹腔内に戻す。整復後は浮腫が落ち着いてから待機的に根治術を行う。整復できない場合や絞扼が疑われる場合は緊急手術となる。
- ×d. 腫瘤の穿刺・吸引
鼠径ヘルニア嵌頓の腫瘤内には腸管などの臓器が入っているため、穿刺すると腸管を損傷し、腸内容の漏出から腹膜炎を起こす危険がある。鼠径ヘルニアが疑われる腫瘤への穿刺は禁忌である。陰嚢水腫との区別に迷う場合も、穿刺ではなく超音波検査で内容を確認する。
- ×e. 血清CRP値の検査
CRP(C反応性蛋白)は炎症の程度を反映するが、嵌頓の診断や、整復を試みるかどうかの判断には寄与しない。時間の経過とともに絞扼・壊死が進めば上昇しうるが、結果を待つ意義は乏しく、まず行うものではない。
小児の鼠径ヘルニア
・胎生期に精巣の下降とともに形成される腹膜鞘状突起が、出生後も閉鎖せずに残ること(開存)が原因で、ほぼすべてが外鼠径ヘルニア(間接ヘルニア)である。 ・男児に多く、低出生体重児・早産児で頻度が高い。右側にやや多いが、両側例もある。 ・症状は、啼泣や腹圧上昇時に出現する鼠径部〜陰嚢の膨隆で、通常は自然にまたは軽い圧迫で腹腔内に戻る。 ・自然治癒はまれであり、診断がつけば待機的に手術(ヘルニア嚢の高位結紮など。腹腔鏡下手術も行われる)を行う。
嵌頓
・ヘルニア内容(小腸、女児では卵巣など)がヘルニア門で締めつけられて戻らなくなった状態で、1歳未満、特に乳児早期に起こりやすい。 ・症状は不機嫌・啼泣、硬く圧痛のある膨隆、嘔吐など。時間が経つと腸閉塞や腸管の血流障害(絞扼)、さらに精巣の血流障害を来しうる。 ・対応:絞扼所見がなければまず用手還納 → 成功すれば浮腫軽快後に待機手術、不成功または絞扼疑いなら緊急手術。
陰嚢水腫(精巣水瘤)との鑑別
・陰嚢水腫:鞘状突起の遺残に液体が貯留したもの。無痛性で、透光性陽性、腫瘤の上端(鼠径部側)が触れることが多い。1歳頃までに自然消退することが多い。 ・鼠径ヘルニア:内容が腸管のため透光性は通常陰性で、鼠径管へ連続し上端が触れない。還納性がある。 ・ただし乳児の腸管は壁が薄く透光性を示すことがあるため、透光性のみで判断せず、迷う場合は超音波検査を行う。
POINT
・乳児の鼠径部〜陰嚢の膨隆+不機嫌・啼泣・嘔吐 → 鼠径ヘルニア嵌頓を考える。 ・全身状態良好で絞扼所見がなければ、まず用手還納を試みる。整復後は待機的に根治術。 ・整復不能・絞扼疑い → 緊急手術。 ・ヘルニアが疑われる腫瘤の穿刺は腸管損傷の危険があり禁忌。 ・陰嚢水腫は無痛性・透光性陽性。鑑別に迷えば超音波検査。
