動悸・発汗・首の腫れ―甲状腺ホルモン過剰が手指に現れるサイン
第102回医師国家試験 F問題 第17問
国試問題にチャレンジ
43歳の女性。倦怠感と前頸部腫脹とを主訴に来院した。3か月前からの動悸と発汗とが次第に増強し,1か月前から倦怠感と易疲労感とが加わるとともに前頸部の腫脹に気付いた。既往に特記すべき疾患はない。意識は清明。身長161cm,体重53kg。体温37.0℃。呼吸数18/分。脈拍104/分,整。血圧124/64mmHg。 認められる症候はどれか。
- a.体重増加
- b.皮膚乾燥
- c.眼球陥凹
- d.手指振戦
- e.腱反射低下
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
前頸部腫脹に動悸・発汗・頻脈・脈圧増大が加われば甲状腺中毒症を考え、その最も多い原因はBasedow病です。甲状腺ホルモンはβ受容体の感受性を高めて交感神経が過剰に働いたような状態をつくるため、手指振戦が代表的な症候となり、ほかに体重減少、温かく湿った皮膚、腱反射亢進、眼球突出などがみられます。体重増加、皮膚乾燥、腱反射弛緩相の遅延は機能低下症の所見であり、眼球陥凹はHorner症候群や脱水などでみられる所見です。治療は抗甲状腺薬・放射性ヨウ素内用療法・手術が柱で、症状緩和にβ遮断薬を併用し、抗甲状腺薬では無顆粒球症に注意します。亢進症と低下症の症候を対比して整理しておくと、内分泌疾患の問題だけでなく、日常診療で甲状腺疾患を見逃さない力にもつながります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・43歳女性(甲状腺疾患の好発層) ・3か月前から動悸と発汗が次第に増強し、1か月前から倦怠感・易疲労感が加わった ・前頸部の腫脹(甲状腺腫を示唆) ・脈拍104/分の頻脈(整)、体温37.0℃の軽度高め ・血圧124/64mmHgで脈圧(収縮期と拡張期の差)が60mmHgとやや大きい。心拍出量が増えて末梢血管抵抗が下がる、甲状腺ホルモン過剰時の循環動態に合う
診断のプロセス
前頸部腫脹に、動悸・発汗過多・頻脈・微熱傾向といった代謝亢進を示す症候が加わっており、甲状腺ホルモンの作用が過剰になった状態(甲状腺中毒症)を考える。倦怠感や易疲労感も、エネルギー消費の増大や筋力低下(甲状腺中毒性ミオパチー)により甲状腺中毒症で生じうる症状である。 甲状腺中毒症の原因として最も多いのはBasedow病(Graves病)であり、中年女性、数か月にわたる緩徐な経過、痛みの記載がない前頸部腫脹はこれに合致する。鑑別として、亜急性甲状腺炎(発熱と甲状腺の痛み・圧痛を伴う)、無痛性甲状腺炎(一過性の経過)、機能性甲状腺結節(Plummer病、結節性の腫大)などがある。確定には、血中FT4・FT3の高値とTSHの抑制、TSH受容体抗体(TRAb)の陽性、放射性ヨウ素(またはテクネチウム)甲状腺摂取率の高値などを確認する必要がある。
設問の考え方
ただし本問は原因疾患を確定させなくても解ける。甲状腺ホルモン過剰によって生じる症候を選べばよく、選択肢の多くは甲状腺機能低下症や別の病態でみられる所見である。甲状腺ホルモンが交感神経系の感受性を高め、代謝を亢進させることを思い出せば、手指振戦が該当するとわかる。
選択肢考察
- ×a. 体重増加
認められない。甲状腺ホルモン過剰では基礎代謝が亢進し、エネルギー消費が増えるため、食欲が亢進して摂食量が増えていても体重は減少するのが典型である。体重増加はむしろ代謝が低下する甲状腺機能低下症(浮腫や脂肪蓄積による)でみられる。ただし若年者などでは、食欲亢進が上回って体重が増加する例がまれにある。
- ×b. 皮膚乾燥
認められない。甲状腺中毒症では熱産生が増え、それを放散するために皮膚血流と発汗が増加するので、皮膚は温かく湿潤となる(本例も発汗増強を訴えている)。皮膚の乾燥や冷感、粗糙(ざらつき)は甲状腺機能低下症の特徴である。
- ×c. 眼球陥凹
認められない。Basedow病ではTSH受容体抗体などの自己免疫反応により眼窩内の脂肪組織や外眼筋に炎症と腫大が起こり、眼球突出をきたす(甲状腺眼症)。また交感神経の緊張亢進による上眼瞼挙筋の過緊張で、眼瞼後退(上眼瞼が上がり白目が見える)や、下方視で上眼瞼がついてこない眼瞼遅滞(Graefe徴候)もみられる。眼球陥凹はHorner症候群や高度の脱水、眼窩底骨折などでみられる所見であり、甲状腺中毒症の所見ではない。
- ○d. 手指振戦
認められる。甲状腺ホルモンはβアドレナリン受容体の発現と感受性を高め、交感神経が過剰に働いているのと似た状態を生じる。その結果、生理的振戦が増強し、両手指を前方に伸ばすと細かく速い振戦がみられる。動悸・頻脈・発汗過多と並ぶ甲状腺中毒症の代表的な症候であり、Basedow病の診断ガイドラインでも頻脈・体重減少・発汗増加とともに甲状腺中毒症所見として挙げられている。β遮断薬(プロプラノロールなど)で軽減する。
- ×e. 腱反射低下
認められない。甲状腺中毒症では神経筋の興奮性が高まり、腱反射は亢進する(反射の収縮・弛緩が速くなる)。腱反射の低下、特にアキレス腱反射で弛緩相が遅延する所見は、甲状腺機能低下症の特徴である。
甲状腺機能亢進症(甲状腺中毒症)と機能低下症の症候の対比
・体重: 亢進症で減少(食欲は亢進)/低下症で増加 ・皮膚: 亢進症で温かく湿潤、発汗過多/低下症で乾燥・冷感、粘液水腫(圧痕を残さない浮腫) ・循環: 亢進症で頻脈、脈圧増大、心房細動、高拍出性心不全/低下症で徐脈、心嚢液貯留 ・体温・暑さ寒さ: 亢進症で微熱傾向、暑がり/低下症で低体温、寒がり ・神経筋: 亢進症で手指振戦、腱反射亢進、近位筋の筋力低下(周期性四肢麻痺は若年男性に多い)/低下症で腱反射弛緩相の遅延、筋肉痛、嗄声 ・消化器: 亢進症で排便回数増加・下痢/低下症で便秘 ・精神: 亢進症で落ち着きのなさ、いらいら、不眠/低下症で無気力、傾眠、記憶力低下 ・月経: 亢進症で月経不順・過少月経/低下症で過多月経 ・検査: 亢進症で総コレステロール低値、ALP高値/低下症でコレステロール高値、CK高値
Basedow病の特徴
・TSH受容体を刺激する自己抗体(TRAb/TSAb)により、甲状腺ホルモンが持続的に過剰産生される自己免疫疾患である。 ・20〜50歳代の女性に多い。 ・古典的な三徴(Merseburgの三徴)は、甲状腺腫(びまん性)、頻脈、眼球突出である。 ・甲状腺外症状として、甲状腺眼症(眼球突出、眼瞼後退、複視)、前脛骨粘液水腫、ばち指(甲状腺性肢端症)がある。
Basedow病の診断(日本甲状腺学会ガイドラインの骨子)
臨床所見: ①頻脈、体重減少、手指振戦、発汗増加などの甲状腺中毒症所見、②びまん性甲状腺腫大、③眼球突出または特有の眼症状 検査所見: ①FT4・FT3のいずれか一方または両方の高値、②TSH低値(0.1μU/mL以下)、③TRAbまたはTSAbの陽性、④典型例では放射性ヨウ素(またはテクネチウム)甲状腺摂取率の高値とシンチグラフィでのびまん性集積
治療
抗甲状腺薬(チアマゾールが第一選択、妊娠初期はプロピルチオウラシル)、放射性ヨウ素内用療法、手術(甲状腺全摘術など)の3つがある。動悸・振戦などの症状にはβ遮断薬を併用する。抗甲状腺薬では無顆粒球症(発熱・咽頭痛で受診を指導)などの副作用に注意する。
POINT
・前頸部腫脹+動悸・発汗・頻脈・体重減少は甲状腺中毒症を示し、最多の原因はBasedow病である。 ・甲状腺中毒症では手指振戦、皮膚湿潤、体重減少、腱反射亢進、脈圧増大がみられる。 ・体重増加、皮膚乾燥、腱反射弛緩相の遅延は甲状腺機能低下症の所見である。 ・Basedow病の眼症状は眼球突出・眼瞼後退であり、眼球陥凹ではない。
