StudyMed医師国家試験

落ち着いたバイタルに油断するな―縦隔拡大が告げる外傷性大動脈損傷

第102回医師国家試験 E問題 第55問

国試問題にチャレンジ

第102回 E問題 第55問

22歳の男性。交通事故のため搬入された。意識は清明。呼吸数16/分。脈拍92/分,整。血圧120/72mmHg。胸部エックス線写真で縦隔の拡大がみられる。静脈路を確保した。  次に行う対応として適切なのはどれか。

  1. a.縦隔鏡検査
  2. b.胸部造影CT
  3. c.胸部単純MRI
  4. d.昇圧薬投与
  5. e.緊急開胸術

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、交通外傷の患者さんで胸部エックス線に縦隔の拡大がみられたとき、次に何をすべきかを考える問題だ。ポイントは、縦隔拡大から何を疑うか、そしてバイタルサインが安定していることをどう活かすか、の2つだよ。
医学生医学生
バイタルはほぼ正常で意識もはっきりしているので、それほど重症ではない印象を受けました。
ドクタードクター
そこに落とし穴がある。交通事故のように急激に減速する外傷で縦隔が広がっていたら、まず縦隔血腫、そしてその原因として外傷性胸部大動脈損傷を疑わなければならないんだ。
医学生医学生
大動脈が損傷していたら、普通はすぐに大出血で亡くなってしまうのではないですか。
ドクタードクター
鋭いね。実際、大部分は受傷現場で亡くなる。病院まで生きてたどり着いた人は、血管の外膜や周りの組織で出血が一時的に封じ込められている状態なんだ。いわば薄皮一枚でもっている状態で、いつ破裂してもおかしくない。
医学生医学生
だから今は安定していても安心できないんですね。どこが損傷しやすいんでしょうか。
ドクタードクター
最も多いのは大動脈峡部、つまり左鎖骨下動脈が分かれたすぐ先、動脈管索がつく付近だ。動きやすい大動脈弓と、動脈管索や肋間動脈で固定された下行大動脈との境目に、減速の瞬間に剪断力がかかるからなんだ。
医学生医学生
解剖実習で動脈管索を確認したのを覚えています。あの固定点が弱点になるんですね。
ドクタードクター
その通り。では本題。循環が安定しているこの患者さんで、静脈路を確保した次に何をする?
医学生医学生
損傷があるかどうかを確かめたいので、胸部造影CTでしょうか。
ドクタードクター
正解。造影CTは短時間で撮れて、大動脈の内膜損傷、仮性動脈瘤、造影剤の血管外漏出、縦隔血腫を高い精度で描き出せる。同時に肺や胸壁、脊椎の合併損傷も評価できるから、外傷でバイタルが安定している場合の標準的な確定診断法なんだ。結果によって手術か血管内治療かの方針が決まる。
医学生医学生
同じ画像検査なら、MRIのほうが血管を詳しく見られる気がしたんですが。
ドクタードクター
そう考える人もいるね。でもMRIは撮影に時間がかかり、その間の観察や急変時の対応が難しい。体内金属やモニター類の制限もあるし、すぐに使えない施設も多い。しかも単純撮影では血管外漏出の評価が不十分だ。外傷の緊急評価では迅速性で造影CTにかなわない。
医学生医学生
縦隔鏡検査は、呼吸器外科の実習で肺癌のリンパ節生検に使っていたのを見ました。
ドクタードクター
よく覚えているね。縦隔鏡は全身麻酔下で頸部から縦隔に内視鏡を入れてリンパ節や腫瘤を生検する侵襲的な検査で、外傷の血腫を評価するものではない。大動脈損傷が疑われる場面で行えば、血腫を破って大出血を招きかねない。
医学生医学生
昇圧薬はそもそも血圧が保たれているので不要ですよね。
ドクタードクター
不要どころか危険なんだ。封じ込められた損傷部に高い圧がかかると破裂を誘発しかねない。むしろ鎮痛を行い、β遮断薬などで心拍数と血圧を低めにコントロールして、血管壁への負担を減らすのが原則だよ。
医学生医学生
緊急開胸術は、診断がつく前にやるものではないということですね。
ドクタードクター
そう。救急外来での開胸は、心停止が迫っている、あるいは心停止直後の患者さんに行う蘇生的処置だ。循環が安定しているなら、まず造影CTで診断を確定し、計画的に治療する。現在の根本治療は胸部大動脈ステントグラフト内挿術、TEVARが第一選択となることが多く、解剖学的に適さない場合は開胸での人工血管置換術を行う。
医学生医学生
もし血圧が下がっていたら、CTに行くのは危ないですか。
ドクタードクター
大事な質問だ。バイタルが不安定な患者さんをCT室に運ぶと、その途中や撮影中に急変する危険がある。だから不安定なら検査より蘇生と止血を優先する。「CTに行けるのは安定している患者だけ」と覚えておこう。それから、胸部エックス線が正常でも大動脈損傷は否定しきれないから、受傷機転が強ければ積極的にCTを考えることも大切だ。
医学生医学生
縦隔拡大以外に、エックス線で手がかりになる所見はありますか。
ドクタードクター
大動脈弓の輪郭がぼやける、気管や経鼻胃管が右にずれる、左主気管支が下に押される、左肺尖部に胸膜外の血腫がかぶるapical cap、左血胸、第1・第2肋骨骨折などがある。いくつか重なれば疑いはさらに強まるよ。

まとめ

交通事故などの減速外傷で胸部エックス線に縦隔拡大を認めたら、縦隔血腫とその原因としての外傷性胸部大動脈損傷をまず疑います。損傷は大動脈峡部に多く、病院まで生存到着した例は出血が一時的に封じ込められているだけで、いつ破裂してもおかしくありません。循環が安定していれば胸部造影CTで速やかに損傷の有無・部位・程度を確定し、MRIや縦隔鏡は迅速性・安全性の点で適さず、昇圧薬は破裂を誘発しうるためむしろ鎮痛と降圧・心拍数コントロールを行います。根本治療はTEVARまたは外科的修復で、救急外来での開胸は心停止が切迫した例に限られ、バイタルが不安定な場合はCTより蘇生を優先します。「安定しているから急がない」ではなく「安定しているうちに診断する」という発想は、外傷初期診療全般に通じる重要な考え方です。

解答・解説

正解はbです

所見の整理

・22歳男性の交通事故:高エネルギー外傷であり、急激な減速(減速外傷)による胸部大動脈損傷を常に念頭に置く。 ・意識清明、呼吸数16/分、脈拍92/分、血圧120/72mmHg:気道・呼吸・循環は現時点で安定しており、ショックには至っていない。 ・胸部エックス線写真で縦隔の拡大:本例で唯一の陽性所見である。

診断へのプロセス

鈍的外傷で縦隔が拡大していれば、まず縦隔血腫を考え、その原因として外傷性胸部大動脈損傷を疑う。大動脈損傷は、胸部エックス線で上縦隔の拡大のほか、大動脈弓の輪郭の不明瞭化、気管や経鼻胃管の右方偏位、左主気管支の下方への圧排、左肺尖部の胸膜外血腫(apical cap)、左血胸などを伴うことがある。多くは受傷現場で死亡するが、病院まで生存して到着した例は、血管外膜や周囲組織で出血が一時的に封じ込められている状態であり、いつ破裂してもおかしくない。 バイタルサインが安定している本例では、破裂を防ぐ管理を行いながら、速やかに、かつ低侵襲で損傷の有無・部位・程度を確定する必要がある。その役割を担うのが胸部造影CTである。造影CTは短時間で撮影でき、大動脈の内膜損傷、仮性動脈瘤、造影剤の血管外漏出、縦隔血腫を描出でき、同時に肺・胸壁・脊椎などの合併損傷も評価できる。 なお、バイタルサインが不安定な場合には、CT室への移動自体が危険となるため、検査より蘇生と止血を優先する(「死のトンネル」としてのCTを避ける)。

選択肢考察

  1. ×a.  縦隔鏡検査

    縦隔鏡検査は全身麻酔下で頸部から縦隔に内視鏡を挿入し、縦隔リンパ節や腫瘤を観察・生検する侵襲的な検査である。主な用途は肺癌の縦隔リンパ節転移の評価や縦隔腫瘤の組織診断であり、外傷による縦隔血腫の評価に用いるものではない。大動脈損傷が疑われる状況で行えば血腫を破って大出血を招く危険がある。

  2. ○b.  胸部造影CT

    循環が安定している外傷患者で大動脈損傷を疑った場合の標準的な確定診断法である。撮影は短時間で済み、大動脈の内膜損傷、仮性動脈瘤、血管外漏出、縦隔血腫を高い感度で描出できるうえ、合併損傷も同時に評価できる。造影剤アレルギーや腎機能には注意するが、命に関わる損傷の診断を優先する。CTの結果により、手術または血管内治療の方針が決まる。

  3. ×c.  胸部単純MRI

    MRIは撮影時間が長く、その間の患者監視や急変時の対応が難しいこと、体内金属や生命維持装置の制限があること、夜間・休日に直ちに使用できない施設が多いことから、外傷の緊急評価には適さない。単純(非造影)では血管外漏出の評価も不十分である。迅速性・簡便性の点で造影CTに劣る。

  4. ×d.  昇圧薬投与

    本例は血圧120/72mmHgと保たれており、昇圧薬の適応はない。それどころか、大動脈損傷が疑われる状況で血圧を上げると、一時的に封じ込められた損傷部の破裂を誘発する危険がある。むしろ鎮痛と降圧(収縮期血圧を低めに保つ)と心拍数のコントロールで血管壁にかかる負担を減らすのが原則であり、昇圧薬の投与は禁忌に近い誤りである。

  5. ×e.  緊急開胸術

    ERでの緊急開胸術は、心停止が切迫している、または心停止直後の症例などに行う蘇生的処置である。循環が安定している本例では、まず造影CTで診断を確定し、損傷の部位と程度に応じて計画的に治療すべきである。大動脈損傷の根本治療は、心臓血管外科医による手術室での修復(人工心肺を要することがある)や、現在第一選択となっている胸部大動脈ステントグラフト内挿術(TEVAR)であり、診断もつかないうちにERで開胸することは適切でない。

外傷性胸部大動脈損傷

・機序:交通事故や墜落などによる急激な減速で、可動性のある大動脈弓と、動脈管索や肋間動脈で固定された下行大動脈との境界に剪断力がかかる。そのため損傷部位は大動脈峡部(左鎖骨下動脈分岐部のすぐ遠位、動脈管索付着部付近)が最も多い。 ・予後:大部分は現場で即死する。病院に生存到着した例は、外膜や縦隔胸膜により出血が封じ込められた状態であり、未治療では早期に破裂する危険が高い。 ・胸部エックス線所見:上縦隔の拡大(仰臥位前後像で8cm以上が目安とされる)、大動脈弓輪郭の不明瞭化、大動脈肺動脈窓の消失、気管・経鼻胃管の右方偏位、左主気管支の下方偏位、左apical cap、左血胸、第1・第2肋骨骨折など。ただし胸部エックス線が正常でも否定はできない。 ・診断:造影CTが標準。経食道心エコーも補助的に用いられる。かつてのゴールドスタンダードは大動脈造影であった。 ・初期管理:鎮痛・鎮静と、β遮断薬などによる心拍数・血圧のコントロール(収縮期血圧を100mmHg前後など低めに保つ)で破裂を予防する。 ・根本治療:現在は低侵襲な胸部大動脈ステントグラフト内挿術(TEVAR)が第一選択とされることが多く、解剖学的に適さない場合は開胸による人工血管置換術を行う。軽微な内膜損傷は保存的に経過をみることもある。

外傷で縦隔陰影が拡大する他の原因

心タンポナーデ(心陰影の拡大)、胸骨骨折や胸椎骨折に伴う血腫、仰臥位前後像での撮影による見かけ上の拡大などがある。

POINT

・鈍的胸部外傷+縦隔拡大では、外傷性胸部大動脈損傷をまず疑う。 ・損傷部位は大動脈峡部(左鎖骨下動脈分岐部の遠位)が最多。 ・循環が安定していれば、胸部造影CTで速やかに確定診断する。不安定なら蘇生を優先しCT室へ移動しない。 ・大動脈損傷が疑われるときは昇圧を避け、鎮痛と降圧・心拍数コントロールで破裂を予防する。 ・根本治療はTEVAR(ステントグラフト)または外科的修復。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。