「自分の体が自分のものじゃない」―実感の喪失が示す離人症状の見分け方
第102回医師国家試験 E問題 第51問
国試問題にチャレンジ
25歳の男性。大学院に在籍し毎日研究に励んでいるが,ここ半年思うようにはかどらず焦っていた。最近,何をやっても実感がわかず,自分の体さえ自分のものであるという感覚がない。町並みも人々も妙によそよそしく現実感がないように感じられる。 症状はどれか。
- a.錯覚
- b.妄想
- c.離人
- d.両価性
- e.感情鈍麻
対話形式の解説
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ドクターまとめ
「何をしても実感がない」「自分の体が自分のものでない感じ」は離人感、「外界がよそよそしく現実感がない」は現実感消失であり、両者を合わせて離人症状と呼びます。知覚の内容そのものは正しく、体験に伴う実感だけが失われている点で錯覚とは異なり、本人が「そう感じる」と自覚して現実検討能力が保たれている点で妄想や作為体験とも区別されます。自覚と苦痛を伴う点は、自覚に乏しい統合失調症の感情鈍麻との鑑別にも役立ちます。離人症状は疲労やストレスで健康な人にも一過性に生じるほか、うつ病、不安症、統合失調症、解離性障害などでもみられ、持続して支障をきたすものは離人感・現実感消失症と診断されます。訴えを知覚・思考・感情・自我意識のどの障害かに分けて読み取る姿勢は、精神症状の評価全般の基礎になります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・25歳の男性大学院生。半年ほど研究が思うように進まず、焦りを感じていた(心理的ストレス・疲労がある)。 ・「何をやっても実感がわかない」:自分の行為や体験に、自分がしているという実感が伴わない。 ・「自分の体さえ自分のものであるという感覚がない」:自分の身体が自分のものだと感じられない。 ・「町並みも人々も妙によそよそしく現実感がない」:外界が生き生きと感じられず、膜を隔てたように見える。
症状の読み取り方
これらはいずれも、対象をどう知覚するか(見え方・聞こえ方)には異常がなく、その体験に「自分のものだ」「現実だ」という実感が伴わないという、体験の質の変化である。自分自身や身体についての実感が失われる状態を離人感(depersonalization)、周囲の世界についての実感が失われる状態を現実感消失(derealization)といい、両者を合わせて広い意味で離人症状と呼ぶ。本例はその典型である。 離人症状の特徴は、本人が「実感がない」「〜のような感じがする」と自覚していることであり、現実を検討する力(現実検討能力)は保たれている。「本当に自分の体が他人のものになった」と確信しているわけではない点で、妄想や作為体験(させられ体験)とは区別される。 離人症状は、極度の疲労や睡眠不足、強いストレスの下では健康な人にも一過性に起こりうる。そのほか、うつ病、統合失調症(特に初期)、不安症、解離性障害などでもみられる。離人・現実感消失が持続または反復し、苦痛や生活上の支障をきたし、他の精神疾患や物質・身体疾患で説明できない場合に、離人感・現実感消失症(DSM-5)と診断される。本問で問われているのは診断名ではなく症状名であり、「離人」が答えとなる。
選択肢考察
- ×a. 錯覚
該当しない。錯覚は、実際に存在する対象を誤って知覚すること(例:壁のしみが人の顔に見える、風の音が人の声に聞こえる)である。不注意や強い感情(恐怖など)、意識障害(せん妄など)の際に起こりやすい。本例では町並みや人々をそのまま正しく知覚しており、別のものに見間違えているわけではない。変化しているのは知覚の内容ではなく、それに伴う実感であるため、錯覚ではない。
- ×b. 妄想
該当しない。妄想は、根拠がないにもかかわらず強く確信され、反証を示されても訂正できない誤った考え(思考内容の障害)である。本例は「自分の体が自分のものであるという感覚がない」「現実感がないように感じられる」と、あくまで感覚として述べており、「体が他人に乗っ取られた」などと確信しているわけではない。現実検討能力は保たれており、妄想には当たらない。
- ○c. 離人
該当する。離人は、自分の行為・感情・身体に「自分がしている」「自分のものだ」という実感が伴わなくなる体験(離人感)や、外界がよそよそしく、生き生きと感じられず非現実的に見える体験(現実感消失)をいう。本例の「何をやっても実感がわかない」「自分の体さえ自分のものであるという感覚がない」は離人感、「町並みも人々も妙によそよそしく現実感がない」は現実感消失に当たり、まさに離人症状である。本人がこれらを異常な感覚だと自覚しており、現実検討能力が保たれている点も離人症状の特徴に合う。研究が進まないことによる持続的なストレスや焦りが背景にあると考えられる。
- ×d. 両価性
該当しない。両価性(アンビバレンス)は、同じ対象に対して愛と憎しみ、したいとしたくないのように、相反する感情や意志を同時に抱く状態である。Bleulerが統合失調症の基本症状(4つのA:連合弛緩、感情の障害、両価性、自閉)の一つに挙げた。本例には、一つの対象に相反する感情を同時に抱いているという記載はない。
- ×e. 感情鈍麻
該当しない。感情鈍麻は、喜怒哀楽などの感情反応が乏しくなり、周囲への関心も失われる状態で、統合失調症の陰性症状の代表である。感情鈍麻の患者は、通常その変化を自覚して苦しむことが少ない。一方、本例は「実感がわかない」「よそよそしい」と体験の変化をはっきり自覚し、それを異常と感じて述べている。これは離人症状の特徴であり、感情鈍麻とは区別される。
離人症状(広義)の2つの要素
・離人感(depersonalization):自分の思考・感情・身体・行為から切り離されたように感じ、自分を外から眺めている傍観者のように感じる。「自分が自分でない感じ」「体が自分のものでない感じ」「感情が湧かない感じ」。 ・現実感消失(derealization):周囲の世界が非現実的、夢の中のよう、ぼんやりしている、よそよそしい、色がない・生気がないなどと感じられる。 どちらも現実検討能力は保たれ、本人は「そのように感じる」と自覚している。
離人症状がみられる状態
・健康な人:極度の疲労、睡眠不足、強いストレス、驚愕体験などで一過性に起こりうる。 ・精神疾患:離人感・現実感消失症、その他の解離性障害、うつ病、不安症(パニック発作中など)、統合失調症(特に初期)、心的外傷後ストレス障害(PTSD)など。 ・物質・身体要因:大麻や幻覚薬などの薬物、てんかん(側頭葉てんかん)など。
離人感・現実感消失症
DSM-5では解離症群(解離性障害群)に分類される。離人感・現実感消失の一方または両方が持続・反復し、その間も現実検討は保たれ、臨床的に意味のある苦痛や機能障害を生じ、薬物・身体疾患・他の精神疾患で説明されない場合に診断する。発症は青年期〜成人早期に多い。
まぎらわしい精神症状の整理
・錯覚:実在する対象を誤って知覚する(知覚の障害)。 ・幻覚:対象がないのに知覚する(知覚の障害)。 ・妄想:訂正不能な誤った確信(思考内容の障害)。 ・作為体験:自分の考えや行為が外部から操られていると確信する(自我意識の障害、統合失調症の一級症状)。 ・両価性:同じ対象に相反する感情・意志を同時に抱く。 ・感情鈍麻:感情反応が乏しくなる(統合失調症の陰性症状)。
POINT
・「実感がない」「自分の体が自分のものでない感じ」「外界がよそよそしく現実感がない」とくれば離人(離人感・現実感消失)。 ・離人症状では現実検討能力が保たれ、本人は異常を自覚している(妄想・作為体験との違い)。 ・離人は健康な人にも疲労・ストレスで一過性に起こるほか、うつ病、統合失調症、不安症、解離性障害などでもみられる。 ・持続・反復して苦痛や支障をきたすものは、解離性障害の一つである離人感・現実感消失症と診断される。
