StudyMed医師国家試験

心拍出量は増えるのに血圧は下がる―妊娠中期の「ゆるんだ血管」を読み解く

第102回医師国家試験 E問題 第14問

国試問題にチャレンジ

第102回 E問題 第14問

妊娠中期の妊婦で生理的に減少または低下するのはどれか。

  1. a.心拍数
  2. b.呼吸数
  3. c.平均動脈圧
  4. d.循環血液量
  5. e.糸球体濾過量

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は妊娠による母体の生理的変化の問題だ。妊娠中期に「減る・下がる」ものを選ぶわけだけど、妊娠中はほとんどの項目が増える方向に動く。その中で例外的に下がるものを見抜けるか、そして「なぜ下がるのか」を説明できるかがポイントになる。
医学生医学生
妊娠中は循環血液量が増えると習ったので、それに伴って血圧も上がるイメージがありました。
ドクタードクター
直感的にはそう思うよね。でも実際は逆で、血圧は妊娠初期から下がり始めて、妊娠中期に最も低くなる。だからこの問題で生理的に低下するのは平均動脈圧だ。
医学生医学生
血液が増えて心拍出量も増えるのに、どうして血圧が下がるんですか。
ドクタードクター
生理学の講義で習った式を思い出してほしい。平均動脈圧はおおよそ心拍出量と全身血管抵抗の積で決まる。妊娠中はプロゲステロンによる血管平滑筋の弛緩、一酸化窒素やプロスタサイクリンなどの血管拡張物質の増加、アンジオテンシンIIへの反応性の低下が起こる。さらに胎盤という低抵抗の血管床が並列に加わる。その結果、血管抵抗の低下が心拍出量の増加を上回って、血圧は下がるんだ。
医学生医学生
並列回路に抵抗の小さい回路が加わると全体の抵抗が下がる、というのと同じですね。高校物理みたいです。
ドクタードクター
いいたとえだ。しかも低下は拡張期血圧で目立つ。平均動脈圧は拡張期血圧に脈圧の3分の1を足したものに近いから、拡張期が下がれば平均動脈圧もはっきり下がる。妊娠後期になると、血圧は次第に非妊娠時の水準に戻っていく。
医学生医学生
心拍数は、妊婦健診の見学で少し速めの方が多かった印象があります。
ドクタードクター
その印象は正しい。心拍数は妊娠初期から徐々に増え、後期には非妊娠時より1分間に10〜15回ほど多くなる。1回拍出量も増えるので、心拍出量は約30〜50%増になる。増えた循環血液量と子宮・胎盤への血流をまかなうためだね。
医学生医学生
循環血液量は確実に増えますよね。妊婦さんでヘモグロビンが下がるのも、それと関係があると習いました。
ドクタードクター
そう。循環血液量は妊娠30〜34週頃に最大となり、非妊娠時の40〜50%増に達する。ただ血漿量の増加が赤血球量の増加を上回るので、血液が薄まってヘモグロビン濃度やヘマトクリットが下がる。いわゆる生理的な水血症だ。血液量の増加は、胎盤血流の確保と分娩時の出血への備えという意味がある。
医学生医学生
呼吸数はどうでしょう。子宮が大きくなって横隔膜が押し上げられるなら、浅く速くなりそうな気がします。
ドクタードクター
そこは誤解しやすい。呼吸数は妊娠中ほとんど変わらない。換気量が増えるのは主に1回換気量の増加によるもので、分時換気量は約40〜50%増える。プロゲステロンが呼吸中枢のCO2感受性を高めるので、PaCO2は30 mmHg前後まで下がって軽い呼吸性アルカローシスになり、腎での重炭酸排泄で代償される。横隔膜の挙上で減るのは機能的残気量や呼気予備量で、呼吸数そのものが落ちるわけではないよ。
医学生医学生
血液ガスの読み方の講義で、妊婦のPaCO2は低めが正常と聞いたのはこれですね。最後の糸球体濾過量は、腎血流が増えるなら上がりそうです。
ドクタードクター
その通り。腎血漿流量は約50〜80%、GFRは約50%増える。だから血清クレアチニンやBUN、尿酸は非妊娠時より低めになる。ここで臨床的に大事なのは、非妊娠時なら正常範囲のクレアチニン値でも、妊婦では腎機能低下のサインかもしれないということだ。
医学生医学生
基準値をそのまま当てはめると見逃してしまうんですね。尿糖が出やすいのもGFRが増えるからでしたっけ。
ドクタードクター
そう、濾過される糖が増えて尿細管での再吸収が追いつかず、血糖が正常でも尿糖が出やすくなる。整理すると、増えるのは心拍数、心拍出量、循環血液量、換気量、GFR。ほぼ変わらないのが呼吸数。下がるのが血管抵抗と血圧、Hb、PaCO2、クレアチニンなどだ。
医学生医学生
下がるものは「ゆるむ」か「薄まる」か「よく排出される」の結果、と考えると覚えやすそうです。
ドクタードクター
いいまとめ方だね。臨床の注意点を2つ加えておこう。1つ目は、妊娠中期は本来血圧が下がる時期なので、この時期に血圧が上がっていれば妊娠高血圧症候群などの病的状態を疑う手がかりになること。2つ目は、妊娠後期に仰臥位をとると大きな子宮が下大静脈を圧迫して静脈還流が減り、血圧低下や悪心、冷汗をきたす仰臥位低血圧症候群だ。左側臥位にすると改善する。
医学生医学生
産科の実習で、健診のエコー中に妊婦さんが気分が悪くなって、すぐ左を向いてもらっていました。あれがそうだったんですね。
ドクタードクター
まさにそれ。生理的変化を知っていると、何が正常で何が異常かを妊婦さん基準で判断できるようになる。

まとめ

妊娠中は循環血液量、心拍出量、心拍数、分時換気量、糸球体濾過量などが増加しますが、プロゲステロンやNO・プロスタサイクリンによる血管拡張と低抵抗の胎盤循環により全身血管抵抗が大きく低下するため、血圧(特に拡張期)は妊娠中期に最も低くなり、平均動脈圧も低下します。呼吸数はほぼ不変で、換気量の増加は1回換気量によるものであり、PaCO2は低下して軽度の呼吸性アルカローシスとなります。血漿量増加が赤血球増加を上回るためHb・Htは希釈性に低下し、GFR増加によりクレアチニンやBUNは低値となるので、非妊娠時の基準値では異常を見逃すおそれがあります。妊娠中期の血圧上昇は妊娠高血圧症候群を疑う手がかりとなり、妊娠後期の仰臥位低血圧症候群には左側臥位で対応します。「何が増え、何が下がるか」を理由とともに理解することが、妊婦の検査値や症状を正しく評価する基礎になります。

解答・解説

正解はcです

妊娠中の母体には、胎児の発育と分娩時の出血に備えるため、循環器・呼吸器・腎臓などに多くの生理的変化が生じる。本問は、そのうち妊娠中期(おおむね妊娠16〜27週)に「減少・低下」する項目を選ぶ問題である。 整理のポイントは次のとおりである。 ・循環器系:循環血液量・心拍出量・心拍数はいずれも増加する。一方、血管抵抗は大きく低下するため、血圧は妊娠中期に最も低くなる。 ・呼吸器系:1回換気量と分時換気量は増加するが、呼吸数はほぼ変わらない。 ・腎臓:腎血漿流量と糸球体濾過量(GFR)は増加する。 「心拍出量が増えるのに血圧はなぜ下がるのか」がこの問題の核心である。血圧(平均動脈圧)はおおよそ「心拍出量×全身血管抵抗」で決まる。妊娠中はプロゲステロンや一酸化窒素(NO)、プロスタサイクリン、リラキシンなどの作用で末梢血管が拡張し、さらに胎盤という低抵抗の血管床が並列に加わるため、全身血管抵抗が心拍出量の増加を上回る割合で低下する。その結果、平均動脈圧は低下する。以上から、生理的に低下するのは平均動脈圧である。

選択肢考察

  1. ×a.  心拍数

    誤り。心拍数は妊娠初期から徐々に増加し、妊娠後期には非妊娠時より1分間に10〜15回程度多くなる。1回拍出量の増加とあわせて心拍出量は非妊娠時の約30〜50%増となり、増大した循環血液量と子宮・胎盤への血流需要をまかなっている。

  2. ×b.  呼吸数

    誤り。呼吸数は妊娠中ほとんど変化しない(わずかに増える程度)。妊娠中の換気量増加は主に1回換気量の増加(約30〜40%増)によってまかなわれ、その結果、分時換気量が約40〜50%増加する。これはプロゲステロンが呼吸中枢のCO2感受性を高めるためであり、動脈血CO2分圧(PaCO2)は約30 mmHg前後まで低下して軽度の呼吸性アルカローシスとなる(腎での重炭酸排泄増加により代償される)。なお、妊娠後期には増大した子宮で横隔膜が挙上し、機能的残気量や呼気予備量は減少するが、呼吸数自体が低下するわけではない。

  3. ○c.  平均動脈圧

    正しい。プロゲステロンによる血管平滑筋の弛緩作用や、NO・プロスタサイクリンなどの血管拡張物質の増加、アンジオテンシンⅡに対する血管反応性の低下、低抵抗の胎盤循環の形成により、全身血管抵抗が大きく低下する。心拍出量は増加するものの抵抗低下の影響が上回るため、血圧は妊娠初期から下がり始め、妊娠中期に最低となる。低下は拡張期血圧で目立つため、平均動脈圧(おおよそ拡張期血圧+脈圧/3)も低下する。妊娠後期には血圧は次第に非妊娠時の水準に戻る。

  4. ×d.  循環血液量

    誤り。循環血液量は妊娠初期から増加し、妊娠30〜34週頃に最大となり、非妊娠時の約40〜50%増に達する。血漿量の増加(約40〜50%)が赤血球量の増加(約20〜30%)を上回るため血液は希釈され、ヘモグロビン濃度やヘマトクリットが低下する(生理的な水血症、いわゆる妊娠性の希釈性貧血)。血液量の増加は子宮・胎盤への血流確保と、分娩時出血への備えとして意義がある。

  5. ×e.  糸球体濾過量

    誤り。腎血漿流量は妊娠中に約50〜80%、糸球体濾過量(GFR)は約50%増加する。このため、クレアチニンや尿素窒素(BUN)、尿酸の血中濃度は非妊娠時より低値となる。非妊娠時なら正常範囲内の血清クレアチニン値でも、妊婦では腎機能低下を示唆することがある点に注意する。また、尿細管での再吸収が追いつかず、血糖が正常でも尿糖が出やすくなる。

妊娠による主な母体の生理的変化

増加するもの ・循環血液量(約40〜50%増、特に血漿量) ・心拍出量(約30〜50%増)、1回拍出量、心拍数(10〜15/分程度増) ・1回換気量、分時換気量、酸素消費量 ・腎血漿流量、糸球体濾過量 ・凝固因子(フィブリノゲン、第Ⅶ・Ⅷ・Ⅹ因子など)、白血球数 ・血中コレステロール・中性脂肪、インスリン抵抗性 減少・低下するもの ・血圧(特に妊娠中期、拡張期で顕著)、全身血管抵抗 ・ヘモグロビン濃度、ヘマトクリット(希釈による) ・血清アルブミン、膠質浸透圧 ・PaCO2、血清重炭酸イオン ・機能的残気量、呼気予備量(横隔膜挙上による) ・血清クレアチニン、BUN、尿酸 ほぼ不変のもの ・呼吸数、肺活量

その他の関連事項

・尿管、特に右側は、増大した子宮による圧迫やプロゲステロンの平滑筋弛緩作用で拡張しやすく、腎盂腎炎の素因となる。 ・妊娠後期に仰臥位をとると、増大した子宮が下大静脈を圧迫して静脈還流が減り、血圧低下・悪心・冷汗などをきたす(仰臥位低血圧症候群)。左側臥位で改善する。 ・妊娠中期に血圧が下がるのが生理的な経過であるため、この時期に血圧が上昇している場合は妊娠高血圧症候群などの病的状態を疑う手がかりとなる。

POINT

・妊娠中期は全身血管抵抗の低下により血圧が最も低くなる(拡張期優位)→平均動脈圧は低下。 ・心拍数、心拍出量、循環血液量(特に血漿量)、GFRは増加する。 ・呼吸数はほぼ不変。増えるのは1回換気量と分時換気量で、PaCO2は低下する。 ・血漿量増加が赤血球増加を上回り、希釈性にHb・Htが低下する。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。