15年続く胸のつかえ―「鳥のくちばし」が語る食道アカラシア
第120回医師国家試験 A問題 第43問
国試問題にチャレンジ
77歳の女性。つかえ感を主訴に来院した。15年前から食物摂取時に胸のつかえ感が時々あった。3か月前から食後に嘔吐を起こすようになり受診した。意識は清明。身長148cm,体重40kg。体温36.7℃。脈拍72/分,整。血圧104/74mmHg。呼吸数14/分。SpO2 98%(room air)。眼瞼結膜は軽度貧血様で,眼球結膜に黄染を認めない。甲状腺は触知しない。頸部リンパ節の腫大を認めない。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,圧痛を認めない。血液所見:赤血球352万,Hb 10.7g/dL,Ht 31%,白血球8,700,血小板20万。血液生化学所見:アルブミン3.3g/dL,総ビリルビン1.2mg/dL,AST 31U/L,ALT 22U/L,LD 231U/L(基準124~222),CK 50U/L(基準41~153),尿素窒素30 mg/dL,クレアチニン1.1mg/dL,Na 136mEq/L,K 5.1mEq/L,Cl 99mEq/L。CRP 0.8 mg/dL。上部消化管造影検査の食道像を下に示す。 考えられる疾患はどれか。

- a.食道癌
- b.食道憩室
- c.食道静脈瘤
- d.食道アカラシア
- e.食道裂孔ヘルニア
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
年余にわたり緩徐に進行する嚥下時のつかえ感に、造影検査で食道の拡張・残渣貯留と下端の平滑な先細り狭窄(鳥のくちばし状)を認めれば、食道アカラシアを考えます。本症はAuerbach神経叢の障害により下部食道括約筋が弛緩せず、食道体部の蠕動も消失する機能的狭窄で、固形物・液体の両方でつかえるのが特徴です。食道癌では辺縁不整・壁硬化を伴う狭窄、食道憩室では壁外への袋状突出、食道静脈瘤では数珠状の透亮像、食道裂孔ヘルニアでは横隔膜上への胃の脱出がみられ、造影像で区別できます。確定診断は食道内圧検査で行い、偽アカラシアの除外には内視鏡が必須です。治療にはPOEM、Heller-Dor手術、バルーン拡張術があり、食道癌の危険因子でもあるため長期の経過観察が重要です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・77歳の女性。15年前から食事のたびに胸のつかえ感が時々あり、3か月前から食後の嘔吐が加わった:非常に長い経過で緩徐に進行する嚥下障害であり、最近になって通過障害が強まったと読める。数か月単位で急速に悪化する悪性腫瘍よりも、良性・機能的な疾患の経過に合う。 ・身長148 cm、体重40 kg:BMIは約18.3で低体重である。 ・軽度貧血:Hb 10.7 g/dL。MCV(平均赤血球容積)=Ht÷RBC×10=31÷352×1000≒88 fL、MCH(平均赤血球ヘモグロビン量)≒30.4 pgで、正球性正色素性貧血である。鉄欠乏(小球性)を示唆せず、消化管出血を伴う癌を積極的に疑う所見ではない。 ・アルブミン3.3 g/dLと軽度低下:摂食不良による低栄養を示す。 ・尿素窒素(BUN)30 mg/dL、クレアチニン1.1 mg/dLでBUN/Cr比は約27(10を大きく超える):嘔吐と摂取不良による脱水(腎前性の変化)が考えやすい。K 5.1 mEq/Lとやや高めである。CRPは0.8 mg/dLと軽度上昇にとどまる。 ・身体所見では貧血様の眼瞼結膜以外に異常がなく、頸部リンパ節腫大もない。 ・上部消化管造影:食道が全体に拡張し、内部に食物残渣と造影剤が貯留している。食道下端は先細りに狭くなり、辺縁は平滑で、いわゆる「鳥のくちばし状(bird beak sign)」を呈する。
診断へのプロセス
長期間続く嚥下時のつかえ感では、器質的狭窄(食道癌など)と機能的狭窄(食道運動障害)を区別する必要がある。高齢者では脳血管障害や神経・筋疾患による嚥下障害、薬剤の影響なども鑑別に挙がるが、これらは主に口腔・咽頭期の障害(むせ、誤嚥)として現れることが多く、本例のような「胸のつかえ」とは性質が異なる。 造影像で、狭窄部の辺縁が平滑で壁の硬化や不整・陰影欠損がなく、その口側の食道が大きく拡張して残渣が溜まっている点は、下部食道括約筋(LES:lower esophageal sphincter)が弛緩しないために生じる機能的狭窄の特徴である。以上から食道アカラシアと診断する。低栄養・貧血・脱水は、長期の通過障害による摂食不良の結果と解釈できる。
確定診断に向けて
造影検査に加え、上部消化管内視鏡検査で悪性腫瘍(特に食道胃接合部癌による偽アカラシア)を除外し、食道内圧検査(高解像度内圧検査)でLESの弛緩不全と食道体部の蠕動消失を確認するのが標準的な流れである。
選択肢考察
- ×a. 食道癌
誤り。食道癌でも嚥下時のつかえ感や体重減少はみられるが、通常は数か月の単位で進行し、15年に及ぶ緩徐な経過とは合わない。造影検査では、粘膜面の不整、陰影欠損、潰瘍によるニッシェ、壁の硬化、狭窄部の辺縁不整(りんごの芯状狭窄など)がみられる。本例の狭窄は辺縁が平滑で、口側食道が大きく拡張しており、悪性を示す所見がない。ただし、アカラシアは食道癌の危険因子であり、また食道胃接合部癌が同様の像(偽アカラシア)を示すことがあるので、内視鏡による確認は必要である。食道癌は高齢男性に多く、胸部中部食道に好発する。
- ×b. 食道憩室
誤り。食道憩室は多くが無症状だが、大きくなると嚥下困難、食物の停滞感、未消化物の逆流、口臭などを起こす。造影検査では食道壁から外側へ袋状に突出したバリウムの貯留像がみられる。本例では食道全体が均一に拡張しており、壁外に突出する袋状構造はない。好発部位は咽頭食道移行部(Zenker憩室:内圧による圧出性・仮性憩室)、気管分岐部(炎症による牽引性・真性憩室)、横隔膜上(圧出性)である。なお横隔膜上憩室はアカラシアなどの運動障害に合併することがある。
- ×c. 食道静脈瘤
誤り。食道静脈瘤は門脈圧亢進症(主に肝硬変)に伴うもので、出血しなければ通常は無症状であり、長期のつかえ感や嘔吐の原因にはなりにくい。造影検査では、粘膜面に蛇行・数珠状・結節状の陰影欠損(透亮像)がみられる。本例は肝機能検査や血小板数がほぼ正常で、肝硬変を疑わせる所見もない。
- ○d. 食道アカラシア
正しい。食道アカラシアは、食道壁の筋層間神経叢(Auerbach神経叢)の神経節細胞が減少・消失することで、嚥下に伴うLESの弛緩が起こらず、食道体部の蠕動も失われる疾患である。食物が胃へ流れにくくなり、口側の食道が拡張して残渣が溜まる。症状は年余にわたり緩徐に進行する嚥下困難(固形物だけでなく液体でもつかえるのが特徴)、胸のつかえ感、食物の逆流・嘔吐、体重減少である。造影検査での食道拡張、残渣・造影剤の貯留、下端の平滑な先細り狭窄(鳥のくちばし状)は本症に特徴的で、本例の経過・所見と一致する。
- ×e. 食道裂孔ヘルニア
誤り。食道裂孔ヘルニアは、胃の一部(主に噴門部)が横隔膜の食道裂孔を通って縦隔内(胸腔側)へ脱出した状態である。高齢女性や肥満、円背の人に多く、胃食道逆流による胸やけを起こしやすい。造影検査では横隔膜より上に胃の粘膜ひだをもつ袋状の構造がみられる。本例では食道下端が細く狭くなっており、胃が横隔膜上に脱出する像はみられない。
食道アカラシアの概要
・病態:筋層間神経叢の抑制性神経(一酸化窒素などを介してLESを弛緩させる)の障害により、嚥下時のLES弛緩不全と食道体部の蠕動消失が起こる。原因はよく分かっていないが、自己免疫やウイルス感染の関与が考えられている。南米のChagas病でも同様の病態が起こる。 ・好発:男女差はほとんどなく、20~50歳代の発症が多いが、高齢者にもみられる。 ・症状:固形物・液体ともに起こる嚥下困難、胸のつかえ感、胸痛、逆流(特に夜間臥位で誤嚥性肺炎を起こすことがある)、体重減少。 ・検査: 上部消化管造影:食道拡張、残渣・造影剤の貯留、下端の平滑な先細り狭窄(bird beak sign)。進行例では食道がS字状に屈曲する(シグモイド型)。 上部消化管内視鏡:食道内の残渣や液体貯留、LES部の通過時の抵抗(ただし内視鏡は通過する)。悪性腫瘍の除外に必須。 食道内圧検査:LESの弛緩不全(嚥下時の残圧上昇)と食道体部の蠕動消失。確定診断に最も重要で、高解像度内圧検査によるシカゴ分類でI~III型に分ける。 ・治療: 薬物療法(カルシウム拮抗薬、亜硝酸薬):効果は一時的で補助的。 内視鏡的バルーン拡張術:LESを機械的に広げる。 経口内視鏡的筋層切開術(POEM):内視鏡で粘膜下にトンネルを作り、LESの筋層を切開する。近年広く行われる。 腹腔鏡下Heller筋層切開術+Dor噴門形成術:外科的にLESの筋層を切開し、逆流防止手術を加える。 ・合併症:長期の食物停滞による慢性炎症のため、食道癌の発生リスクが高い。
嚥下困難の鑑別の考え方
・固形物のみでつかえ、急速に進行 → 器質的狭窄(食道癌など)を疑う。 ・固形物と液体の両方で最初からつかえる、長期経過 → 運動障害(アカラシアなど)を疑う。 ・むせ・誤嚥が主体 → 口腔・咽頭期の障害(脳血管障害、神経筋疾患など)を疑う。
POINT
・長期経過の嚥下困難(固形物・液体とも)+造影で食道拡張・残渣貯留・下端の平滑な先細り狭窄(鳥のくちばし状)→ 食道アカラシア。 ・病態はAuerbach神経叢の障害によるLES弛緩不全と食道蠕動の消失。 ・確定診断は食道内圧検査、悪性腫瘍(偽アカラシア)の除外に内視鏡が必須。 ・治療はPOEM、Heller-Dor手術、バルーン拡張術。食道癌の危険因子である。 ・食道癌は辺縁不整・壁硬化、憩室は壁外突出、裂孔ヘルニアは横隔膜上への胃の脱出で区別する。
