針から引けたのはゼリーだった―腹膜偽粘液腫の「故郷」は虫垂と卵巣
第102回医師国家試験 D問題 第29問
国試問題にチャレンジ
52歳の女性。1か月前からの腹部膨満を主訴に来院した。腹部は膨隆し,圧痛を認めない。超音波検査で腹水様所見があり,穿刺でゼリー状の液を吸引した。 原発臓器として考えられるのはどれか。2つ選べ。
- a.胃
- b.小腸
- c.虫垂
- d.副腎
- e.卵巣
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
腹腔穿刺でゼリー状の液体が得られた場合は、粘液産生性の腫瘍細胞が腹膜に広がり腹腔内に粘液が貯留する腹膜偽粘液腫を考えます。本症は粘液性腫瘍の破裂によって粘液と腫瘍細胞が腹腔内に散布されて生じ、代表的な原発臓器は虫垂と卵巣で、現在では虫垂原発が大部分とされ、卵巣の粘液性病変の多くも虫垂からの二次病変と考えられています。胃癌の腹膜播種は血性・滲出性腹水を伴う癌性腹膜炎となることが多く、小腸や副腎が原発となることはまれです。治療は腫瘍減量手術に術中腹腔内温熱化学療法を組み合わせる方法が中心で、緩徐ながら再発しやすい点に注意が必要です。腹水の性状から病態を推論する視点は、腹部膨満の鑑別全般に役立つ基本的な臨床思考です。
解答・解説
正解はc, eです
所見の整理
・52歳女性、1か月前からの腹部膨満 ・腹部は膨隆しているが圧痛はない(腹膜炎のような強い炎症所見に乏しい) ・超音波検査で腹水様の所見 ・腹腔穿刺でゼリー状の液体を吸引
診断へのプロセス
腹水の性状は原因推定に直結する。通常の腹水は漏出性なら淡黄色透明、癌性腹膜炎なら血性のことが多く、感染なら混濁する。これに対し「ゼリー状(粘稠なムチン様)」の液体が腹腔内に貯留しているのは、粘液を大量に産生する腫瘍細胞が腹膜に広がり、腹腔内が粘液で満たされる腹膜偽粘液腫(pseudomyxoma peritonei:PMP)に特徴的な所見である。画像上は腹水に見えても、実体は粘液塊であるため、穿刺しても引けにくい、あるいはゼリー状の内容物が得られる。圧痛が乏しく、腹部膨満がゆっくり進行する経過も本症に合致する。
設問の考え方
問われているのは腹膜偽粘液腫の原発臓器である。本症は粘液産生性腫瘍が破裂・穿孔して腹腔内に粘液と腫瘍細胞が散布されることで生じるため、「粘液性腫瘍が発生しやすく、しかも腹腔内に破れやすい臓器」を考えればよい。代表は虫垂(虫垂粘液性腫瘍・虫垂粘液瘤)と卵巣(卵巣粘液性腫瘍)であり、この2つを選ぶ。
選択肢考察
- ×a. 胃
胃癌は印環細胞癌などで粘液を含むことはあるが、腹膜に播種した場合はびまん性の癌性腹膜炎を来し、腹水は滲出性で血性となることが多い。ゼリー状の粘液が腹腔を満たす腹膜偽粘液腫の原発となることはまれである。
- ×b. 小腸
小腸は腫瘍の発生自体が少ない臓器であり、粘液性腫瘍が破裂して腹膜偽粘液腫を来すことはきわめてまれである。小腸腫瘍の腹膜播種でも、通常はゼリー状ではなく血性・滲出性の腹水となる。
- ○c. 虫垂
虫垂は腹膜偽粘液腫の最も重要な原発臓器である。虫垂に発生した粘液性腫瘍(低異型度虫垂粘液性腫瘍〈LAMN〉や虫垂粘液瘤など)では、虫垂内腔に粘液が貯留して内圧が上がり、壁が破綻すると粘液と腫瘍細胞が腹腔内へ流出・生着して本症を生じる。現在では腹膜偽粘液腫の大部分が虫垂原発と考えられている。
- ×d. 副腎
副腎は後腹膜臓器であり、副腎皮質癌や褐色細胞腫などの副腎腫瘍は粘液を産生しない。腹腔内に粘液を散布する機序がなく、腹膜偽粘液腫の原発とはならない。
- ○e. 卵巣
卵巣の粘液性腫瘍(粘液性嚢胞腺腫・境界悪性腫瘍・粘液性嚢胞腺癌)は大量の粘液を含む巨大な嚢胞を形成しやすく、その破裂によって腹膜偽粘液腫を来しうるため、原発臓器として挙げられる。本症が中高年女性に多いこととも合致する。ただし、卵巣に粘液性腫瘍がみられる症例の多くは虫垂原発腫瘍の卵巣転移であることが近年明らかになっており、卵巣病変を認めた場合も虫垂の検索が必要である。
腹膜偽粘液腫(PMP)の概要
・定義: 粘液産生性腫瘍細胞が腹膜表面に広がり、腹腔内にゼリー状の粘液が大量に貯留する病態。 ・機序: 虫垂や卵巣の粘液性腫瘍が破裂・穿孔し、腫瘍細胞と粘液が腹腔内に散布される。腫瘍細胞は腹水の流れに乗って再分布し、横隔膜下、大網、骨盤腔、右傍結腸溝などに集積しやすい(再分布現象)。一方、蠕動のある小腸表面には比較的付着しにくい。 ・疫学: まれな疾患で、中高年に多い。女性に多いとされてきたが、これは卵巣病変が見つかりやすいことも関係している。 ・原発: 虫垂が大部分を占める。かつては卵巣原発が最多とされた時期もあったが、免疫組織化学(CK7陰性・CK20陽性など腸型の形質)の解析から、卵巣の粘液性病変の多くは虫垂原発腫瘍の二次病変と考えられるようになった。まれに結腸、膵、尿膜管などからも生じる。 ・症状: 緩徐に進行する腹部膨満・腹囲増大が主体で、腹痛は軽いことが多い。進行すると腸閉塞、栄養障害を来す。男性では鼠径ヘルニアを契機に見つかることもある。 ・検査: CTでは腹腔内に低吸収の粘液が充満し、肝や脾の表面に波打つような圧排像(scalloping)がみられる。腫瘍マーカーはCEA、CA19-9が上昇しうる。穿刺では粘稠で吸引困難、あるいはゼリー状の内容物が得られる。 ・治療: 原発巣と播種巣をできる限り切除する腫瘍減量手術(cytoreductive surgery)に、術中腹腔内温熱化学療法(HIPEC)を組み合わせる治療が行われる。組織学的には低悪性度のことが多く進行は緩徐だが、再発を繰り返しやすく、腸閉塞などで致命的となりうる。
腹水の性状と原因
・淡黄色透明(漏出性): 肝硬変、心不全、ネフローゼ症候群など ・血性(滲出性): 癌性腹膜炎、腹腔内出血など ・混濁・膿性: 細菌性腹膜炎 ・乳び性: リンパ管の損傷・閉塞(悪性リンパ腫など) ・ゼリー状: 腹膜偽粘液腫
POINT
・穿刺でゼリー状の液体 → 腹膜偽粘液腫を想起する。 ・原発臓器は虫垂と卵巣が代表で、特に虫垂が最多(卵巣病変の多くは虫垂からの二次病変とされる)。 ・病態は粘液性腫瘍の破裂による腹腔内への粘液・腫瘍細胞の散布。 ・胃癌などの腹膜播種による癌性腹膜炎では、腹水は血性・滲出性となることが多く区別される。 ・治療は腫瘍減量手術(+HIPEC)が中心で、再発しやすい。
