5秒間の沈黙―P波が消えた心電図が告げる洞不全症候群
第102回医師国家試験 A問題 第59問
国試問題にチャレンジ
76歳の男性。失神を主訴に来院した。最近1か月の間に2度失神し,その際前額部を打撲している。Holter心電図を別に示す。 対応として適切なのはどれか。

- a.アトロピン投与
- b.リドカイン投与
- c.プロプラノロール投与
- d.イソプロテレノール投与
- e.心臓ペースメーカー植え込み
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
前ぶれなく顔面を打撲するような失神は不整脈による心原性失神を疑い、Holter心電図で発作時の波形をとらえることが重要です。休止中にP波もQRS波も消えていれば洞停止または洞房ブロック(洞不全症候群、Rubenstein II型)、P波が規則的に出ているのにQRS波が欠ければ房室ブロックと区別します。失神などの症状を伴う洞不全症候群は恒久的ペースメーカー植え込みの適応であり、アトロピンやイソプロテレノールは緊急時のつなぎにすぎず、β遮断薬やリドカインはむしろ徐脈を悪化させます。あわせて徐脈を招く薬剤の有無を確認し、徐脈頻脈症候群ではペースメーカー植え込みを先行させる点も押さえておきましょう。心電図の「P波を探す」習慣は、徐脈性不整脈全般の鑑別と治療方針決定の基本になります。
解答・解説
正解はeです
病歴の整理
・76歳の高齢男性が、失神を主訴に受診した。 ・最近1か月で2回失神しており、発作をくり返している。 ・失神の際に前額部(おでこ)を打撲している。手をついて身を守る間もなく、前ぶれなく突然意識を失ったことを示す。前ぶれ(めまい、冷汗、悪心など)がほとんどない突然の失神は、不整脈による心原性失神の特徴である。
Holter心電図の読み方
Holter心電図は、日常生活中の心電図を24時間程度連続して記録する検査で、発作がたまにしか起きない不整脈をとらえるのに役立つ。 本例の記録では、最初の2拍は幅の狭いQRS波の前にP波がある正常な洞調律である。その後、P波もQRS波もまったく現れない平坦な部分が約5秒間続き、その後ようやく心拍が再開している。 この休止の間にはP波(心房の電気的興奮)がまったくない。洞結節からの興奮が止まる洞停止か、興奮が心房に伝わらない洞房ブロックによるものである。房室ブロックであれば、QRS波が欠けても規則的なP波は出続けるはずなので、P波が消えている本例は房室ブロックではないと判断できる。また、休止後に再開した心拍は、はっきりした先行P波を伴っていないように見え、洞結節以外(房室接合部など)からの補充収縮が遅れて出てきた可能性が考えられる。
診断に至る考え方
高齢者で、洞停止または洞房ブロックによる長い心停止があり、それに一致して失神をくり返していることから、洞不全症候群(SSS)による失神(Adams-Stokes発作)と診断できる。Adams-Stokes発作とは、不整脈によって脳への血流が急に途絶えて起こる失神やけいれんのことである。
設問への考え方
症状(失神)を伴う洞不全症候群は、恒久的ペースメーカー植え込みの明確な適応である。本例は1か月に2回失神し頭部を打撲しており、今後も失神による外傷や突然死の危険がある。アトロピンやイソプロテレノールは徐脈の緊急時に一時的に心拍数を上げる薬で、長期の治療にはならない。設問は「まず行う対応」ではなく「対応として適切なもの」を問うているので、根本的な治療であるペースメーカー植え込みを選ぶ。
選択肢考察
- ×a. アトロピン投与
アトロピンは抗コリン薬で、迷走神経(副交感神経)が洞結節や房室結節を抑える作用をブロックし、心拍数を上げる。症状のある徐脈の緊急時に、ペーシングを準備するまでの一時的な処置として静注されることがある。しかし、効果は短時間しか続かず、長期的に失神を予防する治療にはならない。また、洞結節自体が病的に傷んでいる洞不全症候群では、効果が不十分なことも多い。口渇、尿閉、緑内障の悪化などの副作用もあり、高齢者で長く使うのには向かない。
- ×b. リドカイン投与
リドカインはナトリウムチャネル遮断薬(Vaughan Williams分類Ib群)で、心室期外収縮や心室頻拍などの心室性不整脈の治療に用いる。心筋の自動能や興奮性を抑える薬なので、徐脈や洞停止を改善する作用はない。むしろ補充収縮を抑えて徐脈を悪化させるおそれがあり、本例には用いない。
- ×c. プロプラノロール投与
プロプラノロールはβ遮断薬で、交感神経の作用を抑えて心拍数を下げ、房室結節での伝導も遅らせる。頻脈性不整脈、狭心症、高血圧などに用いる薬である。徐脈で失神している本例に投与すると、洞停止や徐脈をさらに悪化させ、失神を誘発する危険が高いため、禁忌である。
- ×d. イソプロテレノール投与
イソプロテレノールはβ受容体刺激薬で、洞結節や補充調律の自動能を高め、心拍数を上げる。アトロピンが効かない症状のある徐脈に対し、一時的ペーシングを行うまでのつなぎとして持続静注されることがある。しかし、あくまで一時的な処置であり、長期の治療には使えない。また、心筋の酸素消費を増やし、心室性不整脈を誘発することがあるため、慎重に使う必要がある。
- ○e. 心臓ペースメーカー植え込み
恒久的ペースメーカーは、自分の心拍が一定の時間出ないときに、電気刺激を送って心臓を拍動させる装置である。洞不全症候群で、失神・めまい・心不全などの症状と徐脈や心停止との関連がはっきりしている場合は、ガイドラインで植え込みが強く推奨されている(クラスI)。本例は長い洞停止(または洞房ブロック)を伴い失神をくり返しているので、失神による外傷や突然死を防ぐため植え込みの適応となる。洞不全症候群では房室伝導の障害を合併することもあるため、心房と心室の両方にリードを入れて心房と心室を順に動かすDDD型がよく選ばれる。
洞不全症候群(SSS)とは
洞不全症候群は、心臓の自然なペースメーカーである洞結節の働き(興奮をつくる力、または興奮を心房に伝える力)が低下し、徐脈や心停止を起こす病態の総称である。加齢による洞結節やその周囲の線維化・変性が主な原因で、高齢者に多い。虚血性心疾患や心筋症などに伴うこともある。
Rubenstein分類
・I型: 原因のはっきりしない持続する洞徐脈(心拍数50/分未満) ・II型: 洞停止または洞房ブロック(P波が一時的に消える) ・III型: 徐脈頻脈症候群。心房細動などの頻脈が止まった直後に長い洞停止が起こる 本例はII型に相当する。
症状
脳の血流が不足して、めまい、ふらつき、失神(Adams-Stokes発作)が起こる。慢性的な徐脈では、息切れや易疲労感、心不全が現れることもある。一般に3秒以上の心停止(ポーズ)でめまいが、さらに長い停止で失神が起こりやすくなる。
洞停止・洞房ブロックと房室ブロックの区別
・洞停止/洞房ブロック: 心停止の間、P波もQRS波も出ない。洞房ブロックでは休止の長さが通常のPP間隔のちょうど整数倍になり、洞停止では整数倍にならない。 ・房室ブロック: 心房の興奮(P波)は規則的に出続けるが、それが心室に伝わらず、P波の後のQRS波が欠ける。
治療
・症状と徐脈の関連がある洞不全症候群: 恒久的ペースメーカー植え込みが根本的な治療である。 ・緊急時の一時的な対応: アトロピン静注、イソプロテレノール持続静注、体外式ペーシング(経皮ペーシング、経静脈的一時ペーシング)を行い、恒久的ペースメーカーへつなぐ。 ・徐脈を悪化させる薬(β遮断薬、非ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬、ジギタリス、抗不整脈薬など)を使っていないか確認し、可能なら中止する。 ・徐脈頻脈症候群では、頻脈を抑える薬が徐脈を悪化させるため、先にペースメーカーを植え込んでから薬を使うことが多い。
ペースメーカーのモード表記
3文字で示し、1文字目が刺激する部位、2文字目が感知する部位、3文字目が感知したときの反応を表す(A: 心房、V: 心室、D: 両方、I: 抑制)。房室伝導が保たれた洞不全症候群ではAAI、房室ブロックを伴う場合や将来の合併に備える場合はDDDが用いられる。
POINT
・前ぶれのない突然の失神(顔面の打撲を伴う)は、不整脈による心原性失神を疑う。 ・心停止の間にP波がなければ洞停止または洞房ブロック(洞不全症候群)、P波が規則的に出ているのにQRS波が欠けていれば房室ブロックである。 ・失神など症状のある洞不全症候群は、恒久的ペースメーカー植え込みの適応である。 ・アトロピン、イソプロテレノールは緊急時の一時的な処置であり、長期の治療ではない。 ・β遮断薬などの心拍数を下げる薬は、徐脈を悪化させるため禁忌である。
