空白の記憶を物語で埋める―Korsakoff精神病とビタミンB1の深い関係
第101回医師国家試験 F問題 第77問
国試問題にチャレンジ
Korsakoff精神病で正しいのはどれか。2つ選べ。
- a.急性アルコール精神病である。
- b.慢性の覚醒剤精神病である。
- c.側頭葉の萎縮が目立つ。
- d.自律神経症状を伴う。
- e.作話を伴う。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
Korsakoff精神病は、主に慢性アルコール使用によるビタミンB1欠乏で記憶回路が障害され、慢性の健忘状態が残る病態で、多くはWernicke脳症(意識障害・眼球運動障害・失調性歩行)の後遺症として現れます。中核症状は記銘力障害、失見当識、作話で、病識が乏しく、作話は記憶の空白を無意識に埋めるもので嘘とは異なります。主病変は乳頭体と視床背内側核で、海馬を含むPapez回路の障害が健忘の原因と考えられ、乳頭体萎縮に加えて側頭葉を含む脳萎縮を伴うことがあります。急性の病態ではなく、自律神経症状が目立つのはアルコール離脱による振戦せん妄、幻覚妄想が中心なのは覚醒剤精神病と区別します。Wernicke脳症を疑った時点でブドウ糖より先にビタミンB1を投与することがKorsakoffへの移行を防ぐ鍵であり、救急や精神科の現場で直結する知識です。
解答・解説
正解はc, eです
Korsakoff(コルサコフ)精神病は、ビタミンB1(チアミン)の欠乏によって脳の記憶に関わる回路が障害され、慢性の健忘状態が残る病態である。原因の大半は長年の大量飲酒(アルコール依存症)で、飲酒に偏った食事によるビタミンB1摂取不足と、アルコールによる吸収・利用障害が重なって起こる。アルコール以外にも、妊娠悪阻、胃切除後、長期の経静脈栄養、神経性やせ症などのビタミンB1欠乏で生じうる。 多くはWernicke(ウェルニッケ)脳症に引き続いて現れる。Wernicke脳症はビタミンB1欠乏による急性の脳症で、意識障害、眼球運動障害(外眼筋麻痺・眼振)、失調性歩行を三徴とする。急性期の治療が遅れると、意識が回復した後に健忘を中心とするKorsakoff症候群が残る。両者は同じ病気の急性期と慢性期ととらえられ、あわせてWernicke-Korsakoff症候群と呼ばれる。 Korsakoff症候群の中核症状は、(1)記銘力障害(新しいことを覚えられない前向性健忘。発症前の記憶が失われる逆向性健忘も伴う)、(2)失見当識(時間・場所がわからない)、(3)作話(記憶の欠落を、事実でない話で埋め合わせる)の三つであり、これに病識の欠如が加わる。一方で、注意力や知能は比較的保たれることが多い。 病変の中心は乳頭体と視床背内側核で、海馬を含むPapez回路(記憶に関わる辺縁系の神経回路)の障害が健忘の原因と考えられている。画像検査では乳頭体の萎縮がみられ、慢性アルコール使用者として前頭葉・側頭葉を含む大脳萎縮を伴うことも多い。 本問では、急性・覚醒剤といった病因の誤りを除外し、Korsakoff症候群の臨床像(作話)と脳の形態変化(側頭葉萎縮)に関する記述を選ぶ。
選択肢考察
- ×a. 急性アルコール精神病である。
Korsakoff精神病は、長期の大量飲酒とそれに伴うビタミンB1欠乏によって脳に器質的変化が生じた結果として残る、慢性の病態である。急性に起こるのは、その前段階であるWernicke脳症や、アルコール離脱に伴う振戦せん妄・アルコール幻覚症などであり、Korsakoff精神病は慢性アルコール精神病(アルコール性の持続性健忘障害)に分類される。
- ×b. 慢性の覚醒剤精神病である。
Korsakoff精神病の主な原因はアルコールであり、覚醒剤は関係しない。覚醒剤(メタンフェタミン、アンフェタミン)の慢性使用で生じる精神病は、幻聴や被害妄想・追跡妄想など統合失調症によく似た症状が中心で、使用を中止した後も、少量の再使用やストレスで症状が再燃する(フラッシュバック)のが特徴である。健忘・作話を中核とするKorsakoff症候群とは病像が異なる。
- ○c. 側頭葉の萎縮が目立つ。
Korsakoff精神病では、記憶に関わる辺縁系(Papez回路)の構造が障害される。主病変は乳頭体と視床背内側核だが、同じ回路に属する海馬など側頭葉内側部の萎縮を伴うことがあり、また長期大量飲酒の結果として前頭葉・側頭葉を含む大脳の萎縮がみられることが多い。こうした記憶回路と関連した側頭葉の萎縮所見を指して正しい記述とされている。ただし、最も特徴的な画像所見は乳頭体の萎縮である点も押さえておく。
- ×d. 自律神経症状を伴う。
自律神経症状(発汗、頻脈、血圧上昇、発熱など)が前面に出るのは、アルコール離脱で起こる振戦せん妄である。Korsakoff精神病の特徴は健忘・失見当識・作話という記憶と認知の障害であり、自律神経症状は本症の特徴ではない。ビタミンB1欠乏や慢性飲酒による多発神経炎(末梢神経障害)を合併し、その一部として自律神経障害がみられることはあるが、本症に特有の所見とはいえない。
- ○e. 作話を伴う。
作話はKorsakoff症候群の三徴(記銘力障害、失見当識、作話)の一つである。新しい出来事を記憶できないため、その空白を、過去の記憶の断片や思いつきでつくった事実と異なる話で埋めてしまう。本人に嘘をつく意図はなく、病識も乏しい。例えば入院中なのに「昨日は仕事で出張していた」などと答える。
Wernicke脳症とKorsakoff症候群
・Wernicke脳症(急性期):意識障害、眼球運動障害(外転神経麻痺、眼振など)、失調性歩行。病変は乳頭体、第三脳室・中脳水道周囲の灰白質、視床内側など。MRIのFLAIR像・T2強調像でこれらの部位に左右対称の高信号がみられる。 ・Korsakoff症候群(慢性期):記銘力障害、失見当識、作話、病識欠如。乳頭体萎縮が残る。 ・治療:疑った時点でただちにビタミンB1を大量に静脈投与する。ビタミンB1が欠乏した状態でブドウ糖を先に投与すると、糖代謝でB1がさらに消費されて脳症が悪化するため、糖を含む輸液の前か同時にB1を投与する。Korsakoff症候群まで進むと、健忘の完全な回復は難しいことが多い。
アルコール関連の主な精神・神経障害
・急性中毒:単純酩酊、異常酩酊(複雑酩酊・病的酩酊)。 ・離脱症状:断酒後数時間〜1日程度で振戦・発汗・不眠・不安、離脱けいれん。断酒後2〜3日ごろから振戦せん妄(意識障害、幻視(小動物幻視など)、粗大な振戦、著しい自律神経症状)。治療の中心はベンゾジアゼピン系薬。 ・アルコール幻覚症:意識は清明のまま、主に幻聴や被害妄想が出現する。 ・アルコール嫉妬妄想:配偶者の不貞を確信する。 ・慢性の器質性障害:Wernicke-Korsakoff症候群、アルコール性認知症、小脳変性(小脳虫部の萎縮による歩行失調)、ペラグラ脳症(ナイアシン欠乏)、Marchiafava-Bignami病(脳梁の脱髄・壊死)。
作話がみられる代表的な病態
Korsakoff症候群のほか、前交通動脈瘤破裂後の前脳基底部の障害、頭部外傷、認知症などでもみられる。
POINT
・Korsakoff精神病=ビタミンB1欠乏(主に慢性アルコール使用)による慢性の健忘症候群。Wernicke脳症の後遺症として現れることが多い。 ・三徴:記銘力障害(前向性健忘)、失見当識、作話。病識は乏しい。 ・病変:乳頭体・視床背内側核(Papez回路)。乳頭体萎縮が特徴的で、側頭葉を含む脳萎縮を伴うことがある。 ・自律神経症状が目立つのは振戦せん妄(アルコール離脱)。 ・Wernicke脳症の三徴:意識障害・眼球運動障害・失調性歩行。治療はビタミンB1を糖より先に。
