StudyMed医師国家試験

円と正方形の中の人体―ダ・ヴィンチの素描から近代解剖学への道をたどる

第100回医師国家試験 E問題 第50問

国試問題にチャレンジ

第100回 E問題 第50問

「人体解剖図」(A)と「人体図」(B)とを示す。 描いたのは誰か。

第100回 E問題 第50問の問題画像
  1. a.Vincent van Gogh(ゴッホ)
  2. b.Leonardo da Vinci(ダヴィンチ)
  3. c.Michelagniolo Buonarroti(ミケランジェロ)
  4. d.Raffaello Santi(ラファエロ)
  5. e.Pierre-Auguste Renoir(ルノアール)

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は少し毛色の違う、医学史と一般教養の問題だ。臨床知識ではなく、2枚の素描が何を描いたもので、誰の手によるものかを考えてほしい。ヒントは「画家でありながら人体の内部を描いた人物」という点だよ。
医学生医学生
1枚目は体を縦に切った断面図で、内臓が描き込まれていますね。こういう絵を描いた画家というと……ミケランジェロも解剖をしていたと聞いたことがあります。
ドクタードクター
よく知っているね。ミケランジェロも人体を研究するために解剖を行ったと伝えられている。ただ、決め手はもう1枚のほうだ。両腕・両脚を広げた男性が2つの姿勢で重ねられ、その体に円と正方形が外接している図。見覚えはないかな。
医学生医学生
あ、これは有名な「ウィトルウィウス的人体図」ですね。教科書の表紙や医学部のポスターでもよく見ます。描いたのはレオナルド・ダ・ヴィンチです。
ドクタードクター
正解。古代ローマの建築家ウィトルウィウスが、理想的な人体はへそを中心とする円と、身長と両腕を広げた幅を一辺とする正方形に収まると説いた。レオナルドはそれを検証するように図示したんだ。余白の細かな書き込みは、左右を反転させた「鏡文字」で書かれていることでも知られている。
医学生医学生
解剖図のほうもダ・ヴィンチなんですね。画家がなぜそこまで体の中を描いたんでしょう。
ドクタードクター
彼は、絵画で人体を正しく表現するには内部構造を知る必要があると考えた。そして自ら多数の遺体を解剖し、骨格、筋、心臓と血管、子宮内の胎児などを精密に描き残した。心臓弁の動きや、動脈硬化を思わせる血管の変化を観察した記録もある。
医学生医学生
解剖学実習で自分たちが一体の御遺体と何か月も向き合うのでも大変だったのに、500年前に一人でそれをやったのはすごいですね。
ドクタードクター
本当にそうだね。ただ、その解剖手稿は生前に出版されず長く埋もれていたから、同時代の医学に直接の影響は与えなかった。観察の正確さは、近代解剖学の先駆けとして後から高く評価されているんだ。では、他の画家も確認しておこう。ゴッホとルノワールはどうかな。
医学生医学生
どちらも19世紀の画家ですよね。ゴッホは「ひまわり」のうねるような厚塗り、ルノワールは柔らかい光の人物画のイメージです。
ドクタードクター
その通り。ゴッホはオランダ出身の後期印象派、ルノワールはフランスの印象派で、ルネサンス期の精密な線描とは時代も作風も大きく違う。紙が黄褐色に見えるのは古い紙とインクの色調のためで、ゴッホの色彩とは関係ないよ。
医学生医学生
ラファエロはルネサンスの三大巨匠の一人なので、時代は合いますよね。
ドクタードクター
時代は合う。でもラファエロは「アテネの学堂」や聖母子像に代表される、調和のとれた優美な画風の画家で、この2枚の作者ではない。ちなみに「アテネの学堂」中央のプラトンの顔は、レオナルドがモデルだとも言われているんだ。
医学生医学生
面白いですね。ところで、医学史として押さえるなら、レオナルドの後はどうつながるんですか。
ドクタードクター
いい質問だ。流れで覚えよう。まず2世紀のガレノスが、主にサルやブタなど動物の解剖に基づいて人体を論じ、約1400年にわたり権威とされた。その誤りを正したのが、自ら人体を解剖して1543年に『人体の構造について(ファブリカ)』を出したヴェサリウスで、近代解剖学の祖とされる。さらに1628年にハーヴェイが血液循環説を発表し、実験と観察に基づく近代生理学の礎を築いた。
医学生医学生
生理学の講義で、ハーヴェイが静脈弁を使って血流の向きを示した話を聞きました。日本ではどうでしょう。
ドクタードクター
日本では1754年に山脇東洋が京都で初の官許の人体解剖を行い『蔵志』を著した。そして杉田玄白・前野良沢らが腑分けに立ち会ってオランダの解剖書の正確さを確かめ、翻訳して1774年に『解体新書』を刊行した。
医学生医学生
ガレノス、レオナルド、ヴェサリウス、ハーヴェイ、そして山脇東洋と『解体新書』。動物の解剖や書物の権威から、自分の目で確かめる医学へ、という流れですね。
ドクタードクター
まさにそこが要点だ。教科書の記述を鵜呑みにせず、目の前の患者さんを自分で観察して確かめる姿勢は、今の臨床でもまったく変わらない。医学史はその原点を教えてくれるんだよ。

まとめ

円と正方形に外接する男性像は「ウィトルウィウス的人体図」であり、内臓を描き込んだ断面の解剖素描とともに、ルネサンスの芸術家・科学者レオナルド・ダ・ヴィンチの作品です。レオナルドは正確な人体表現のために自ら解剖を行い、骨格・筋・心臓・胎児などを精密に描きましたが、手稿は生前に公表されず同時代の医学には広まりませんでした。ゴッホやルノワールは19世紀の画家、ミケランジェロやラファエロは同時代の巨匠ですが、これらの素描の作者ではありません。解剖学史では、動物解剖に基づくガレノス、近代解剖学の祖ヴェサリウス(1543年)、血液循環説のハーヴェイ(1628年)、日本の山脇東洋(1754年)と『解体新書』(1774年)までを流れで押さえておきましょう。観察によって権威を問い直してきた医学の歩みを知ることは、根拠に基づいて考える臨床医の姿勢にもつながります。

解答・解説

正解はbです

提示された2点はいずれも、褐色がかった紙にペンとインクで描かれた素描で、余白には細かな文字の書き込みがある。 図Aは人体を縦に切った断面(矢状断)の解剖図で、脊柱に沿って心臓・肺、腸管、泌尿生殖器などの内臓が描き込まれ、周囲に説明文が添えられている。図Bは、両腕・両脚を広げた男性の裸体を二つの姿勢で重ね、その体に外接する円と正方形を描き込んだ図である。図Bは古代ローマの建築家ウィトルウィウスが著書『建築について』で述べた人体の比例理論(へそを中心に円が、両腕を広げた幅と身長を一辺とする正方形が人体に外接する)を図示したもので、「ウィトルウィウス的人体図」として広く知られる。 これらを描いたのは、イタリア・ルネサンスの芸術家・科学者であるレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452〜1519年)である。彼は画家としてだけでなく、建築・工学・解剖学など幅広い分野を研究し、観察の結果を多数の手稿(ノート)に残した。手稿の文字は左右を反転させた「鏡文字」で書かれていることでも知られる。 本問は、医学史と一般教養を問う設問であり、医学の発展にかかわった人物とその業績を知っているかが問われている。

選択肢考察

  1. ×a.  Vincent van Gogh(ゴッホ)

    誤り。フィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890年)はオランダ出身の後期印象派の画家で、「ひまわり」「星月夜」「自画像」などで知られる。鮮やかな色彩と厚塗りのうねるような筆致が特徴であり、提示された精密な線描の解剖図や比例図とは時代も作風も大きく異なる。図の紙が黄褐色に見えるのは古い紙とインクの色調によるもので、ゴッホとは関係がない。

  2. ○b.  Leonardo da Vinci(ダヴィンチ)

    正解。図Aはレオナルドが残した人体解剖素描の一つであり、図Bは「ウィトルウィウス的人体図」(1490年頃)である。レオナルドは、絵画で人体を正しく表現するには内部の構造を知る必要があると考え、自ら多数の遺体を解剖して、骨格、筋、心臓と血管、胎内の胎児などを精密に描いた。心臓の弁の動きや動脈硬化を思わせる血管の変化を観察した記録も残っている。これらの解剖手稿は生前には出版されず長く埋もれていたため、同時代の医学に直接の影響は与えなかったが、その観察の正確さは近代解剖学に先駆けるものとして高く評価されている。

  3. ×c.  Michelagniolo Buonarroti(ミケランジェロ)

    誤り。ミケランジェロ・ブオナローティ(1475〜1564年)はレオナルドと同時代のイタリア・ルネサンスの彫刻家・画家・建築家で、「ダビデ像」、システィーナ礼拝堂の天井画「天地創造」や祭壇画「最後の審判」などで知られる。人体を研究するため解剖を行ったと伝えられ、力強い筋肉表現に特徴があるが、提示された2つの図の作者ではない。

  4. ×d.  Raffaello Santi(ラファエロ)

    誤り。ラファエロ・サンティ(1483〜1520年)はレオナルド、ミケランジェロと並ぶ盛期ルネサンスの三大巨匠の一人で、「アテネの学堂」や多くの聖母子像で知られる。調和のとれた優美な画風が特徴であり、提示された解剖図・比例図の作者ではない。なお「アテネの学堂」の中央に描かれたプラトンの顔は、レオナルドがモデルとも言われている。

  5. ×e.  Pierre-Auguste Renoir(ルノアール)

    誤り。ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841〜1919年)はフランスの印象派の画家で、「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」などに代表される、柔らかな光と色彩で人物を描いた作品で知られる。19世紀の画家であり、ルネサンス期の提示図とは時代も作風も異なる。

解剖学の歴史の流れ

・ガレノス(2世紀、ローマ時代のギリシア人医師):主にサルやブタなどの動物の解剖に基づいて人体の構造を論じ、その学説は約1400年にわたってヨーロッパ医学の権威とされた。 ・レオナルド・ダ・ヴィンチ(15〜16世紀):自ら人体を解剖し、精密な解剖素描を多数残した。ただし手稿は公表されず、同時代の医学には広まらなかった。 ・アンドレアス・ヴェサリウス(1514〜1564年):自らの人体解剖に基づいて『人体の構造について(De humani corporis fabrica)』(1543年)を出版し、ガレノスの誤りを正した。近代解剖学の祖とされる。 ・ウィリアム・ハーヴェイ(1578〜1657年):1628年に血液循環説を発表し、実験・観察に基づく近代生理学の基礎を築いた。

日本の解剖学

・山脇東洋:1754年に京都で日本初の官許の人体解剖(観臓)を行い、『蔵志』を著した。 ・杉田玄白・前野良沢ら:刑死者の解剖(腑分け)に立ち会ってオランダ語の解剖書『ターヘル・アナトミア』の正確さを確かめ、翻訳して『解体新書』(1774年)を刊行した。

ウィトルウィウス的人体図

古代ローマの建築家ウィトルウィウスは、理想的な人体は均整のとれた比例をもち、建築もそれにならうべきだと説いた。レオナルドはその記述を検証するように、円と正方形に内接する人体を描き、身長と両腕を広げた幅がほぼ等しいことなど、人体の比例を図示した。

POINT

・「人体解剖素描」と「ウィトルウィウス的人体図」はレオナルド・ダ・ヴィンチの作品である。 ・レオナルドは自ら人体解剖を行い精密な素描を残したが、手稿は生前に公表されなかった。 ・近代解剖学の祖はヴェサリウス(『人体の構造について』1543年)、血液循環説はハーヴェイ(1628年)。 ・日本では山脇東洋が初の官許解剖(1754年)、杉田玄白らが『解体新書』(1774年)を刊行。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。