朝礼の司会が怖い―30年続く「人前の不安」が示す社交不安障害
第100回医師国家試験 D問題 第21問
国試問題にチャレンジ
45歳の男性。「会社に行きたくない」と言って来院した。10歳ころから,人前で食事をしたり,話をしたりするのが極端に苦手になった。就職してからは,周囲から見られているようで,電車での通勤が辛かったと言う。最近部長に昇格し,朝礼の司会をせねばならなくなった。このことが辛く,退職したいとすら思うと言う。 最も考えられるのはどれか。
- a.うつ病
- b.不安障害
- c.統合失調症
- d.Alzheimer病
- e.身体表現性障害
対話形式の解説
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ドクターまとめ
人前での会話や食事、他人の視線、司会など「他者に注目・評価される場面」に限局した強い不安と回避があり、思春期前後から慢性に続いている場合は、不安障害の一型である社交不安障害(社会恐怖)を考えます。うつ病は抑うつ気分や興味の喪失が生活全般に及ぶ点、統合失調症は訂正不能な妄想や幻聴を伴い社会機能が低下しやすい点で区別でき、社交不安障害では自分の不安が過剰だとある程度自覚していることが鑑別の鍵です。昇進などで苦手場面を避けられなくなって初めて受診することが多く、赤面・発汗・動悸などの身体症状を伴うこともあります。治療はSSRIと認知行動療法が中心で、うつ病やアルコール使用障害の併存にも注意が必要です。「どの場面で」「いつから」症状が出ているかを丁寧に聞き取る姿勢は、精神科の鑑別診断全般に通じる基本となります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・45歳男性。主訴は「会社に行きたくない」。 ・10歳頃から、人前で食事をする・話をするといった「他者に見られる(注目される)場面」が極端に苦手。 ・就職後は、電車内で周囲から見られているように感じ、通勤が苦痛だった。 ・部長に昇格し、朝礼の司会という「人前で話す役割」を負うことになり、退職まで考えるほど苦痛になっている。
診断へのプロセス
症状の核心は、「他人から注視・評価される状況」に対する強い不安・恐怖と、それを避けたいという回避傾向である。小児期〜思春期頃に始まり、30年以上にわたって持続しており、今回の受診は昇進によって苦手な場面(人前での司会)を避けられなくなったことがきっかけである。 ・気分の落ち込みや興味・喜びの喪失、睡眠・食欲の障害といった抑うつ症状の記載はない。「会社に行きたくない」のは全般的な意欲低下ではなく、特定の苦手場面から逃れたいという回避である。→うつ病は考えにくい。 ・「見られているようだ」という訴えはあるが、自分で過剰だと分かったうえでの不安・苦痛として語られており、確信的な被害妄想や幻聴、思考障害を示す記載はない。長年社会生活も維持している。→統合失調症は考えにくい。 ・記憶障害など認知機能の低下はなく、発症年齢も合わない。→Alzheimer病は否定的。 ・身体症状の訴えが主体ではない。→身体表現性障害も否定的。 以上から、他者の注視を受ける社会的状況に対する著しい不安と回避を特徴とする社交不安障害(社会不安障害、社会恐怖)が最も考えられる。社交不安障害は不安障害の一型であるため、選択肢の中では「不安障害」が該当する。
選択肢考察
- ×a. うつ病
うつ病は、抑うつ気分または興味・喜びの喪失を中核とし、睡眠障害、食欲変化、易疲労感、無価値感、集中困難、希死念慮などを伴う状態が2週間以上続く疾患である。本症例は特定の社会的場面だけを嫌がっており、全般的な意欲低下や抑うつ気分は記載されていない。また症状は10歳頃から一貫して「人前」に限定されており、うつ病のエピソード的な経過とは合わない。ただし社交不安障害にはうつ病が併存しやすいので、診療上は抑うつ症状の有無を確認する必要がある。
- ○b. 不安障害
人前での会話・食事、他人の視線を浴びる通勤、朝礼の司会といった「他者から注目・評価される状況」に対して強い不安を感じ、それを避けようとしている。10歳頃という早期発症と長期にわたる持続も含め、社交不安障害(社会不安障害、社会恐怖)の典型像である。社交不安障害は不安障害(現在の分類では不安症群)に含まれるため、これが最も考えられる。
- ×c. 統合失調症
統合失調症は、幻覚(特に幻聴)や妄想などの陽性症状、感情の平板化・意欲低下・社会的引きこもりなどの陰性症状、思考のまとまりのなさを特徴とし、青年期に発症することが多い。本症例の「見られているよう」という感覚は、不安に伴う過剰な意識の範囲にとどまり、確信的な注察妄想や幻聴などは記載されていない。長年にわたり就労し、昇進するほど社会機能が保たれていることからも否定的である。
- ×d. Alzheimer病
Alzheimer病は近時記憶障害で始まり、見当識障害・遂行機能障害などへ進行する神経変性疾患で、多くは高齢で発症する。本症例には記憶障害などの認知機能低下は示されておらず、10歳頃からの症状という経過とも合わない。
- ×e. 身体表現性障害
身体表現性障害(現在の分類では身体症状症および関連症群)は、医学的に十分説明できない身体症状(痛み、消化器症状、神経症状など)や、それに対する過度のとらわれ・苦痛が中心となる病態である。本症例の主訴は社会的場面での不安と回避であり、身体症状の訴えは記載されていないため該当しない。
社交不安障害(社交不安症、社会恐怖)
・定義:他者から注視・評価される可能性のある社会的状況(人前での発表・会話、人前での飲食、書字など)に対し、恥をかくのではないか、否定的に評価されるのではないかという顕著な恐怖・不安を抱き、その状況を回避するか強い苦痛を伴って耐える状態。DSM-5では、症状が通常6か月以上持続し、社会的・職業的機能に支障を来していることが求められる。人前での発表など「パフォーマンス場面」に限局する場合もある。 ・疫学:発症は思春期(10代半ば)前後に多く、慢性に経過する。治療を受けずに長年経過し、転職・昇進などで苦手場面を避けられなくなって初めて受診することが少なくない。 ・症状:赤面、発汗、振戦、動悸、声の震えなどの身体症状を伴う。自分の不安が過剰・不合理であるとある程度自覚している点が、妄想との違いである。 ・併存:うつ病、他の不安障害、アルコール使用障害などを併発しやすい。 ・治療:選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が薬物療法の第一選択で、わが国ではフルボキサミン、パロキセチン、エスシタロプラムが社交不安障害に適応をもつ。精神療法では認知行動療法(段階的な曝露、認知の修正)が有効である。演説など限局した場面の身体症状にはβ遮断薬を頓用することもある。 ・関連概念:わが国では古くから「対人恐怖症」として知られ、自分の視線や表情、におい、赤面などが他人に不快を与えるのではと悩む病態として記載されてきた。
不安障害の主な病型
パニック障害、広場恐怖、社交不安障害、限局性恐怖症(高所・動物など特定の対象への恐怖)、全般性不安障害など。なお強迫性障害や心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、DSM-5以降は不安症群とは別の群に分類されている。
POINT
・「人前で話す・食べる」「他人に見られる」場面への強い不安と回避 → 社交不安障害(不安障害の一型)。 ・思春期前後に発症し慢性に経過、昇進などを機に受診することが多い。 ・うつ病(全般的な抑うつ・意欲低下)、統合失調症(確信的な妄想・幻覚)との鑑別が重要。 ・治療はSSRIと認知行動療法。
