光顕では「正常」、電顕で見える異常―微小変化型ネフローゼ症候群と高選択性蛋白尿
第100回医師国家試験 A問題 第38問
国試問題にチャレンジ
32歳の女性。浮腫を主訴に来院した。尿所見:蛋白3+,糖(-),潜血(-),沈渣に白血球2~3/1視野,赤血球1~3/1視野,細菌(-)。血液生化学所見:総蛋白5.2g/dL,尿素窒素16mg/dL,クレアチニン0.7mg/dL。腎生検の光顕PAS染色標本(A)と電子顕微鏡写真(B)とを別に示す。 この患者にみられるのはどれか。

- a.ASO上昇
- b.血清IgA上昇
- c.抗dsDNA抗体上昇
- d.尿蛋白高選択性
- e.抗糸球体基底膜抗体陽性
対話形式の解説
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ドクターまとめ
若年者の急な浮腫と高度蛋白尿・低蛋白血症で、血尿がなく腎機能が保たれていれば、微小変化型ネフローゼ症候群を考えます。病理は光顕でほぼ正常、蛍光抗体法で有意な沈着なし、電顕で足細胞の足突起のびまん性癒合が特徴です。基底膜のサイズバリアは保たれ、主にチャージバリアの障害によりアルブミンが選択的に漏れるため高選択性蛋白尿(selectivity index 0.2以下)となり、ステロイド反応性良好を示唆します。ASO上昇は溶連菌感染後急性糸球体腎炎、血清IgA上昇はIgA腎症、抗dsDNA抗体はループス腎炎、抗GBM抗体は抗GBM抗体病・Goodpasture症候群の手がかりで、いずれも血尿や光顕での病変を伴うことが多い点で区別できます。血清所見・尿所見・病理を対応づけて理解することが、糸球体疾患全体の鑑別の土台になります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
32歳女性が浮腫で受診している。尿蛋白は定性で3+と高度であり、血清総蛋白は5.2g/dLと低下している(基準はおよそ6.5〜8.0g/dL)。大量の蛋白尿と低蛋白血症、浮腫がそろっており、ネフローゼ症候群を強く疑う状況である。一方、尿潜血は陰性で沈渣の赤血球も1〜3/1視野とほぼ正常範囲にあり、血尿は目立たない。尿素窒素16mg/dL、クレアチニン0.7mg/dLと腎機能も保たれている。
診断への道筋
「若年成人・急性の浮腫・高度蛋白尿・血尿なし・腎機能正常」という組み合わせは、一次性ネフローゼ症候群のうち微小変化型ネフローゼ症候群(MCNS: minimal change nephrotic syndrome)に典型的である。腎生検の光学顕微鏡PAS染色(A)では、糸球体にメサンギウム増殖・基底膜肥厚・硬化・半月体などの異常を認めず、ほぼ正常の糸球体像である。一方、電子顕微鏡写真(B)では糸球体上皮細胞(足細胞、ポドサイト)の足突起がびまん性に消失・癒合(effacement)している。「光顕でほぼ正常、電顕で足突起の癒合のみ」という所見は微小変化群の定義そのものであり、診断は確定的である。蛍光抗体法でも通常は免疫グロブリンや補体の有意な沈着を認めない。
設問の考え方
本問は、微小変化群に伴う検査所見を選ぶ問題である。他の選択肢は、溶連菌感染後急性糸球体腎炎、IgA腎症、ループス腎炎、抗GBM抗体病といった別の糸球体疾患の手がかりとなる所見であり、いずれも血尿や腎機能障害、光顕での明らかな病変を伴うことが多い。微小変化群では糸球体基底膜の構造(サイズバリア)は保たれ、主に陰性荷電によるバリア(チャージバリア)が障害されると説明されるため、分子量の小さいアルブミンが選択的に漏れ出る「高選択性蛋白尿」となる。
選択肢考察
- ×a. ASO上昇
ASO(抗ストレプトリジンO抗体)は、A群β溶血性レンサ球菌の産生する毒素ストレプトリジンOに対する抗体で、先行する溶連菌感染の指標である。上昇が診断の手がかりとなるのは溶連菌感染後急性糸球体腎炎(PSAGN)で、咽頭炎などの1〜2週後に血尿・浮腫・高血圧で発症し、血清補体価(C3)の低下を伴う。光顕では管内増殖性糸球体腎炎、電顕では上皮下のhump(こぶ状沈着物)を認める。本例は血尿がなく、光顕も正常であり該当しない。
- ×b. 血清IgA上昇
血清IgA上昇はIgA腎症の患者の約半数でみられ、IgA血管炎(旧称:Henoch-Schönlein紫斑病)に伴う紫斑病性腎炎でもみられることがある。IgA腎症は持続的な顕微鏡的血尿を特徴とし、光顕でメサンギウム増殖、蛍光抗体法でメサンギウム領域へのIgA沈着、電顕でメサンギウム領域の高電子密度沈着物を認める。本例は血尿を欠き、光顕でメサンギウム増殖もなく、電顕でも沈着物ではなく足突起の癒合のみであり合わない。
- ×c. 抗dsDNA抗体上昇
抗dsDNA(二本鎖DNA)抗体は全身性エリテマトーデス(SLE)に特異性の高い自己抗体で、疾患活動性、とくにループス腎炎の活動性と相関する。ループス腎炎では低補体血症を伴い、光顕で多彩な増殖性病変やワイヤーループ病変、蛍光抗体法でIgG・IgA・IgM・C3・C1qがすべて沈着するfull-house pattern、電顕で多部位の沈着物を認める。若年女性という点は合致するが、本例は光顕が正常で沈着物もなく、ループス腎炎は考えにくい。
- ○d. 尿蛋白高選択性
尿蛋白選択性は、分子量の小さい蛋白と大きい蛋白がどの程度の比率で尿中に漏れているかをみる指標で、一般にIgG(約15万)とトランスフェリン(約8万)のクリアランス比(selectivity index: SI)で評価する。SIが0.2以下であれば選択性が高いと判定される。微小変化群では糸球体基底膜の構造は保たれ、足細胞の障害により陰性荷電によるバリアが失われることで、陰性に荷電したアルブミンなど比較的小さな蛋白が選択的に漏出すると説明される。そのため大分子のIgGはあまり漏れず、高選択性蛋白尿となる。高選択性はステロイド反応性が良好であることを示唆する所見でもある。
- ×e. 抗糸球体基底膜抗体陽性
抗糸球体基底膜(GBM)抗体は、基底膜のⅣ型コラーゲンα3鎖に対する自己抗体で、抗GBM抗体病(腎限局型)や、肺胞出血を伴うGoodpasture症候群でみられる。臨床的には急速進行性糸球体腎炎(RPGN)を呈し、血尿と数週〜数か月での腎機能の急速な悪化をきたす。光顕では半月体形成、蛍光抗体法ではIgGの基底膜に沿った線状沈着を認める。腎機能が正常で血尿もなく、光顕も正常な本例には当てはまらない。
微小変化型ネフローゼ症候群の概要
・小児ネフローゼ症候群の大部分(約8割)を占める。成人の一次性ネフローゼ症候群でも主要な病型の一つで、とくに10〜30歳代の若年成人に多い。一方、中高年以降では膜性腎症が最多となり、成人全体でみると膜性腎症と並ぶ二大病型である(成人での割合は報告や対象年齢によって幅がある)。 ・発症は急激で、数日のうちに全身浮腫が出現することが多い。 ・原因は完全には解明されていないが、T細胞機能異常に伴う液性因子の関与や、近年では足細胞のネフリンに対する自己抗体の関与が報告されている。二次性の原因として、NSAIDsなどの薬剤、ホジキンリンパ腫などが知られる。 ・病理:光顕でほぼ正常、蛍光抗体法で有意な沈着なし、電顕で足突起のびまん性癒合(消失)。 ・検査:高度蛋白尿(高選択性)、低アルブミン血症、脂質異常症(高LDLコレステロール血症)。血尿は通常目立たず、補体は正常、腎機能はおおむね保たれる(高度の循環血漿量減少や急性腎障害を合併することはある)。 ・治療:副腎皮質ステロイドが第一選択で、多くは数週以内に寛解する。一方で再発が多く、頻回再発型・ステロイド依存性の場合は免疫抑制薬(シクロスポリンなど)やリツキシマブが用いられる。予後(腎機能)は良好である。
ネフローゼ症候群の診断基準(成人)
・蛋白尿:3.5g/日以上が持続(随時尿の尿蛋白/クレアチニン比3.5g/gCr以上でも可) ・低アルブミン血症:血清アルブミン3.0g/dL以下(血清総蛋白6.0g/dL以下も参考になる) 上記2項目が必須条件で、浮腫と脂質異常症は必須ではない。
糸球体疾患と特徴的な血清学的所見の対応
・溶連菌感染後急性糸球体腎炎:ASO・ASK上昇、C3低下(通常8週以内に回復) ・IgA腎症:血清IgA上昇(約半数)、補体正常 ・ループス腎炎:抗核抗体・抗dsDNA抗体陽性、C3・C4・CH50低下 ・抗GBM抗体病/Goodpasture症候群:抗GBM抗体陽性 ・膜性増殖性糸球体腎炎:持続性低補体血症(C型肝炎ウイルス関連のこともある) ・ANCA関連血管炎:MPO-ANCA、PR3-ANCA陽性
POINT
・若年者の急激な浮腫+高度蛋白尿、血尿なし・腎機能正常 → 微小変化群を考える。 ・病理は「光顕ほぼ正常、蛍光抗体法で沈着なし、電顕で足突起の癒合」。 ・尿蛋白は高選択性(SI 0.2以下)で、ステロイド反応性良好を示唆する。再発は多いが腎予後は良好。 ・ASO→PSAGN、IgA→IgA腎症、抗dsDNA→ループス腎炎、抗GBM抗体→Goodpasture症候群、と血清所見と疾患を対応づけて覚える。
