入院2日目の夜に豹変―振戦せん妄を「意識混濁」から読み解く
第99回医師国家試験 G問題 第3問
国試問題にチャレンジ
45歳の女性。肝障害のため入院した。20年ぐらい前から,ほぼ毎日飲酒するようになった。最近はウイスキーの760mLビンを2日で空けるという。入院2日目から夜間に不眠となり,点滴を自分で抜くなど不穏となった。 予想される症候はどれか。3つ選べ。
- a.手指振戦
- b.思考散乱
- c.パニック発作
- d.体系的妄想
- e.記銘力障害
対話形式の解説
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ドクターまとめ
長期大量飲酒者が入院などで断酒し、2〜3日後に夜間の不眠・不穏や点滴の自己抜去が現れた場合は、アルコール離脱による振戦せん妄を考えます。振戦せん妄は意識混濁を本態とするせん妄に、小動物幻視・幻触、精神運動興奮、振戦・発汗・頻脈・発熱などの自律神経症状が加わった状態で、意識混濁による思考散乱や記銘力・見当識の障害、離脱に伴う手指振戦が予想されます。一方、意識清明を前提とする体系的妄想や、パニック症に特徴的なパニック発作は当てはまりません。治療はベンゾジアゼピン系薬、輸液・電解質補正、ブドウ糖投与前のビタミンB1補充が要点で、合併症により致死的となりうるため、飲酒歴のある入院患者では離脱を予測した管理が重要です。
解答・解説
正解はa, b, eです
所見の整理
・45歳女性、肝障害で入院。 ・約20年前からほぼ毎日飲酒し、最近はウイスキー760mLを2日で1本(1日あたり約380mL)飲んでいる。ウイスキーのアルコール度数を約40%とすると、1日の純アルコール摂取量はおよそ120gに達し、長期の大量飲酒である。肝障害もその結果と考えられる。 ・入院(すなわち強制的な断酒)の2日目から、夜間の不眠と、点滴を自分で抜くほどの不穏が出現した。
診断へのプロセス
長期大量飲酒者が入院を機に飲酒を中断し、その1〜3日後に夜間を中心とした不穏・不眠が現れた経過は、アルコール離脱症候群、とくに離脱せん妄(振戦せん妄)の典型像である。離脱症状は最終飲酒から数時間〜1日程度で手指振戦・発汗・不眠・焦燥などの早期症状として始まり、48〜96時間ごろに意識障害を伴う振戦せん妄へ進展しうる。点滴の自己抜去は、状況を正しく理解できない意識混濁の存在を示唆する行動である。 鑑別として、肝障害の患者であるため肝性脳症、低血糖や電解質異常、ウェルニッケ脳症、頭部外傷(慢性硬膜下血腫)なども念頭に置くが、断酒後数日という発症時期がもっとも合致するのはアルコール離脱である。
設問の考え方
振戦せん妄は「せん妄」、すなわち軽度〜中等度の意識混濁を基盤に、幻覚(とくに小動物幻視)・精神運動興奮が加わった状態であり、そこに自律神経症状(振戦・発汗・頻脈・発熱)が伴う。したがって、意識混濁に由来する症状(まとまりを欠く思考、記銘力・見当識の障害)と、離脱に伴う自律神経症状(振戦)が予想される。一方、意識清明を前提とする症状や、別の精神疾患に特徴的な症状は当てはまらない。
選択肢考察
- ○a. 手指振戦
アルコールは中枢神経抑制作用をもち、長期連用でGABA-A受容体の感受性低下やグルタミン酸(NMDA)受容体の増加といった適応が起こる。急に中断すると中枢神経と交感神経が過剰に興奮し、手指や四肢の振戦が出現する。離脱のもっとも早期から見られる代表的症状であり、「振戦せん妄」という名称の由来でもある。発汗、頻脈、血圧上昇、発熱なども同じ機序で伴う。
- ○b. 思考散乱
思考散乱(散乱思考、思考錯乱ともいう)は、意識混濁があるときに思考のまとまりが失われ、話がちぐはぐで脈絡を欠く状態を指す。意識清明下で見られる統合失調症の滅裂思考(連合弛緩)とは区別される用語である。せん妄は意識混濁を本態とするため、振戦せん妄では思考散乱が見られる。
- ×c. パニック発作
パニック発作は、動悸・呼吸困難・胸部不快感・死への恐怖などが突然起こり数分〜数十分でピークに達する発作で、主にパニック症(パニック障害)で見られる。離脱期に不安や焦燥が強まることはあるが、本症例のような意識混濁を伴う不穏とは病態が異なり、振戦せん妄として予想される症候には当たらない。
- ×d. 体系的妄想
体系的妄想とは、妄想の内容が互いに論理的に結びつき、一貫した体系を作り上げたもので、意識清明下で長期間持続する妄想性障害や統合失調症で見られる。振戦せん妄では意識混濁のため思考がまとまらず、幻視(小動物、虫など)や幻触(虫が皮膚を這う感覚)に関連した断片的な被害的・恐怖的な内容を訴えることはあっても、妄想が体系化することはない。
- ○e. 記銘力障害
意識混濁があると注意を保てず、新しい情報を覚え込むことができないため、記銘力障害が生じる。同時に見当識障害(時間・場所・人がわからない)も伴うのがせん妄の特徴である。回復後には、せん妄中の出来事を覚えていないこと(健忘)が多い。
アルコール離脱症候群の経過
・早期離脱症状(小離脱):最終飲酒後6〜24時間ごろから。手指振戦、発汗、頻脈、血圧上昇、悪心、不眠、不安・焦燥。一過性の幻覚(幻聴・幻視)を伴うこともある。 ・離脱けいれん:最終飲酒後12〜48時間ごろに起こりうる全般性強直間代けいれん。 ・振戦せん妄(大離脱):最終飲酒後48〜96時間ごろに出現しやすい。意識混濁、見当識障害、小動物幻視・幻触、精神運動興奮、著明な自律神経症状(発熱、頻脈、大量発汗)を示す。夜間に増悪しやすく、数日で改善することが多いが、脱水や電解質異常、感染症、誤嚥などを合併すると致死的となりうる。
治療の要点
・ベンゾジアゼピン系薬(ジアゼパム、ロラゼパムなど)による鎮静と離脱症状の予防が第一選択。肝障害が高度な場合は、肝代謝の影響を受けにくいロラゼパムが選ばれることがある。 ・輸液、電解質(カリウム、マグネシウムなど)の補正。 ・ウェルニッケ脳症の予防のため、ブドウ糖投与の前にビタミンB1(チアミン)を補充する。 ・身体拘束を要する場面もあるが、転倒・自己抜去などへの安全対策と環境調整が重要である。
関連するアルコール関連精神障害
・アルコール幻覚症:意識清明下で主に幻聴が生じる。 ・コルサコフ症候群:記銘力障害、見当識障害、作話を特徴とする。ビタミンB1欠乏によるウェルニッケ脳症(意識障害・眼球運動障害・運動失調)の後遺症として生じることが多い。 ・アルコール性嫉妬妄想:配偶者の浮気を確信する妄想。
POINT
・長期大量飲酒者が入院などで断酒し、2〜3日後に夜間の不眠・不穏・点滴自己抜去 → 振戦せん妄を考える。 ・振戦せん妄=意識混濁+自律神経症状(振戦・発汗・頻脈・発熱)+小動物幻視・幻触+精神運動興奮。 ・意識混濁により思考散乱、記銘力障害、見当識障害が生じる。 ・体系化した妄想は意識清明が前提であり、せん妄では見られない。 ・治療はベンゾジアゼピン系薬、補液・電解質補正、ビタミンB1補充。
