「医は仁術」の「仁」はどこから来た?―孔子からヒポクラテスまで、医の倫理の系譜
第99回医師国家試験 B問題 第49問
国試問題にチャレンジ
「医は仁術」の「仁術」とは,誰の教えに由来する考えか。
- a.大国主命
- b.鑑真
- c.孔子
- d.仏陀
- e.Hippocrates
対話形式の解説
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医学生まとめ
「医は仁術」の「仁」は、孔子が説いた儒教の中心的な徳であり、人を慈しみ思いやる心を意味します。この言葉は江戸時代に儒医の間で医療の心構えとして広まり、貝原益軒の『養生訓』の一節としてよく知られています。大国主命は因幡の白兎の神話で医療の神とされ、鑑真は戒律と医薬を伝えた唐の僧、仏陀は慈悲を説いた仏教の開祖、ヒポクラテスは誓いを残した西洋医学の父であり、いずれも「仁」の源ではありません。東洋の「医は仁術」と西洋の「ヒポクラテスの誓い」、さらにジュネーブ宣言・ヘルシンキ宣言・リスボン宣言といった現代の倫理文書までの流れを押さえることは、医師としての姿勢を考える土台になります。
解答・解説
正解はcです
「医は仁術」とは、医療は病人を思いやる心(仁)を実践する技術であり、利益を得るための手段であってはならない、という医療倫理の考え方である。 「仁」は儒教の中心となる徳目である。人を慈しみ思いやる心を意味し、儒教の祖である孔子(紀元前6〜5世紀、中国の春秋時代の思想家)が最も重んじた。「仁術」という言葉も儒教の古典『孟子』に見られ、仁の心を具体的な行いとして表す手段を指す。 日本では江戸時代に儒学が広まり、儒学を学んだ医師(儒医)の間でこの言葉が医療の心構えとして定着した。貝原益軒の『養生訓』にある「医は仁術なり」という一節がよく知られている。 したがって本問は、「仁」という概念を説いた人物、つまり儒教の祖を選べばよい。ほかの選択肢は、医療や宗教の歴史に関係する人物(神)ではあるが、「仁」の思想の源ではない。
選択肢考察
- ×a. 大国主命
大国主命(おおくにぬしのみこと)は、日本神話に登場する出雲の神である。天孫(天照大神の子孫)に国を譲った「国譲り」の神話で知られる。「因幡の白兎」の話では、皮をはがれて苦しむ兎に、真水で体を洗い蒲(がま)の花粉にくるまるよう教えて治したとされ、医療の神としても信仰されている。しかし、儒教の「仁」とは関係がない。
- ×b. 鑑真
鑑真(688〜763年)は唐の高僧である。何度も渡航に失敗し失明しながらも、奈良時代の753年に来日した。日本に正式な戒律(僧が守るべき規律)を伝え、東大寺に戒壇を設け、のちに唐招提寺を開いた。薬に詳しく、日本の医薬の発展にも貢献したと伝えられる。ただし仏教の僧であり、「仁」の思想の源ではない。
- ○c. 孔子
孔子は古代中国の思想家で、儒教(儒学)の祖である。人を愛し思いやる「仁」を最高の徳とし、礼(社会の規範)と合わせて、人間関係における誠実さや道徳を重んじた。孔子の言行は、没後に弟子たちが『論語』にまとめた。「仁術」は仁を行うための方法を意味する。この儒教の考えが江戸時代の日本で医療に結びつき、「医は仁術」という言葉として広まった。
- ×d. 仏陀
仏陀(ゴータマ・シッダールタ、釈迦)は古代インドの思想家で、仏教の開祖である。この世のすべては移り変わる(諸行無常)と説き、執着を断って苦しみから解放されることを教えた。仏教の「慈悲」も思いやりの心を表す言葉だが、「仁術」の「仁」は儒教の概念であり、仏陀に由来するものではない。
- ×e. Hippocrates
Hippocrates(ヒポクラテス、紀元前5〜4世紀)は古代ギリシャの医師で、「医学の父」と呼ばれる。病気を神々や呪術ではなく自然の原因によるものとして捉え、患者をよく観察して記録する臨床医学の基礎を築いた。医師の倫理を示した「ヒポクラテスの誓い」は、現代の医の倫理の原点とされる(その精神は世界医師会のジュネーブ宣言に受け継がれている)。しかし、東洋の儒教思想である「仁」とは関係がない。
医の倫理に関する歴史的な文書・考え方
・ヒポクラテスの誓い(古代ギリシャ):患者の利益を優先すること、害を与えないこと、守秘義務などを誓う。 ・医は仁術(江戸時代の日本、儒教に由来):医療は思いやりの心を実践する技術であるとする。 ・ジュネーブ宣言(1948年、世界医師会):ヒポクラテスの誓いを現代向けに改めた医師の誓い。 ・ニュルンベルク綱領(1947年):ナチス・ドイツの人体実験への反省から、被験者の自発的な同意を必須とした。 ・ヘルシンキ宣言(1964年、世界医師会):人を対象とする医学研究の倫理原則を定めた。 ・リスボン宣言(1981年、世界医師会):患者の権利(自己決定権、情報を得る権利など)を定めた。
日本の医学史に関わる人物
・貝原益軒:江戸時代前期の儒学者・本草学者で、『養生訓』を著した。 ・杉田玄白・前野良沢:『解体新書』(1774年)を翻訳・刊行した。 ・緒方洪庵:適塾を開き、「扶氏医戒之略」で医師の心得を示した。
POINT
・「医は仁術」の「仁」は、孔子が説いた儒教の中心となる徳(人を思いやる心)である。 ・この言葉は、江戸時代の儒医の間で医療倫理として広まった(貝原益軒『養生訓』など)。 ・西洋の医の倫理の原点はヒポクラテスの誓いであり、儒教の「仁」とは別の系譜である。
