視覚路は脳幹を通らない―経路をたどって解く脳幹障害の症候
第99回医師国家試験 B問題 第22問
国試問題にチャレンジ
脳幹に病変がある患者でみられないのはどれか。
- a.視野異常
- b.表在反射の低下
- c.聴力障害
- d.表在感覚の低下
- e.自律神経の障害
対話形式の解説
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ドクターまとめ
脳幹(中脳・橋・延髄)には第III〜XII脳神経の核、錐体路や脊髄視床路・内側毛帯などの長経路、交感神経下行路や呼吸・循環中枢が集まっており、脳神経症状、表在反射の低下、聴力障害、表在感覚の低下、自律神経障害のいずれも起こりえます。一方、視覚路は網膜→視神経→視交叉→視索→外側膝状体→視放線→後頭葉と前脳内で完結して脳幹を通らないため、視野異常は脳幹病変の症候になりません。中脳病変での複視や対光反射異常は、視野異常とは別の症候である点に注意が必要です。Wallenberg症候群の交代性感覚障害とHorner症候群、錐体路障害で腱反射は亢進し表在反射は低下することもあわせて押さえましょう。「脳神経で高さ、長経路で横断面の位置」を決める考え方は、脳幹病変の局在診断と脳卒中診療の基礎になります。
解答・解説
正解はaです
本問は、脳幹(中脳・橋・延髄)の病変で「出現し得ない」症候を一つ選ぶ問題である。 脳幹は、①第III〜XII脳神経の神経核とその線維が出入りする場所であり、②大脳と脊髄を結ぶ長い上行路・下行路(錐体路=皮質脊髄路、脊髄視床路、内側毛帯など)がすべて通過する通路であり、③呼吸・循環などの生命維持中枢や自律神経の下行路を含む部位である。したがって脳幹病変では、脳神経症状、運動麻痺・反射異常、感覚障害、自律神経障害のいずれもが起こり得る。 考え方としては、各選択肢の症候を担う神経経路をたどり、その経路が脳幹を通るかどうかを判断すればよい。第I脳神経(嗅神経)と第II脳神経(視神経)だけは脳幹に核をもたず、嗅覚路・視覚路はいずれも前脳(大脳・間脳)の範囲で完結する。特に視覚路は、網膜→視神経→視交叉→視索→外側膝状体(視床)→視放線→後頭葉の一次視覚野(鳥距溝周囲)という経路で、脳幹を経由しない。よって視野異常は脳幹病変の症候とはならず、これが正解となる。
選択肢考察
- ○a. 視野異常
視野異常を起こす病変は、視神経、視交叉、視索、外側膝状体(視床)、視放線、後頭葉視覚野のいずれかに存在する。これらはすべて脳幹より上位の前脳(大脳・間脳)に属し、視覚情報の主経路は脳幹を通過しない。したがって、脳幹病変単独で視野欠損(半盲や四分盲など)は生じない。なお、視索から分かれて中脳の視蓋前域へ向かう線維は対光反射の求心路であり、中脳病変で対光反射の異常や眼球運動障害(動眼神経・滑車神経の障害による複視など)は起こり得るが、これらは視野異常とは別の症候である。
- ×b. 表在反射の低下
表在反射とは、皮膚や粘膜への刺激で筋が収縮する反射で、腹壁反射、挙睾筋反射などが代表である。反射弓そのものは脊髄の分節にあるが、その発現には上位からの錐体路(皮質脊髄路)の働きが必要とされ、錐体路障害では腱反射が亢進するのとは逆に、表在反射は低下・消失する。錐体路は大脳皮質から内包を経て中脳の大脳脚、橋底部、延髄の錐体を下行するため、脳幹腹側の病変でも表在反射は低下し得る。さらに、角膜反射(求心路:三叉神経、遠心路:顔面神経)や咽頭反射(舌咽神経・迷走神経)のように反射弓そのものが脳幹にある表在反射もあり、脳幹病変で直接障害される。したがって脳幹病変でみられる症候である。
- ×c. 聴力障害
聴覚を伝える第VIII脳神経(内耳神経の蝸牛神経)は、橋と延髄の境界付近で脳幹に入り、蝸牛神経核に終わる。その後の聴覚路は、上オリーブ核、外側毛帯を経て中脳の下丘へ上行し、さらに視床の内側膝状体を経て側頭葉の聴覚野に至る。このように聴覚路の大部分は脳幹を通るため、脳幹病変で聴力障害が起こり得る。特に、蝸牛神経の進入部や蝸牛神経核を含む病変(例:前下小脳動脈〈AICA〉領域の梗塞)では、病変側の感音難聴が生じる。なお、蝸牛神経核より上位の聴覚路は左右両側性に投射するため、片側の上位脳幹病変では高度な難聴は生じにくい。
- ×d. 表在感覚の低下
表在感覚(温度覚・痛覚・触覚)は、体幹・四肢では脊髄視床路(温痛覚と粗大な触覚)と後索–内側毛帯路(識別性の触覚と深部感覚)を上行し、いずれも脳幹を通過して視床に至る。顔面の感覚は三叉神経が担い、その感覚核(主感覚核・三叉神経脊髄路核)は橋から延髄・上位頸髄にわたって存在する。したがって脳幹病変では表在感覚の低下が起こる。代表例が延髄外側症候群(Wallenberg症候群)で、病変側の顔面と反対側の頸部以下に温痛覚障害がみられる(交代性感覚障害)。
- ×e. 自律神経の障害
視床下部から起こる交感神経の下行路は脳幹の外側部を通って脊髄側角へ向かうため、脳幹病変で交感神経が障害される。延髄外側症候群(Wallenberg症候群)で病変側にHorner症候群(縮瞳、眼瞼下垂、顔面の発汗低下)が生じるのがその典型である。また、副交感神経の節前ニューロンは脳幹の神経核にあり、第III脳神経(瞳孔括約筋・毛様体筋)、第VII脳神経(涙腺・顎下腺・舌下腺)、第IX脳神経(耳下腺)、第X脳神経(胸腹部内臓)を通って出ていく。さらに延髄には呼吸・循環を調節する中枢がある。したがって脳幹病変では自律神経障害が起こり得る。
脳幹に関係する脳神経の整理
・中脳:第III脳神経(動眼神経)、第IV脳神経(滑車神経) ・橋:第V脳神経(三叉神経)、第VI脳神経(外転神経)、第VII脳神経(顔面神経)、第VIII脳神経(内耳神経) ・延髄:第IX脳神経(舌咽神経)、第X脳神経(迷走神経)、第XI脳神経(副神経、延髄根)、第XII脳神経(舌下神経) ・第I脳神経(嗅神経)と第II脳神経(視神経)は脳幹に核をもたず、終脳・間脳に直接つながる。
脳幹を通過する主な長経路
・錐体路(皮質脊髄路):大脳脚→橋底部→延髄錐体→錐体交叉(延髄下端)。脳幹の腹側を走る。 ・脊髄視床路:脳幹の外側部を上行する(温痛覚)。 ・内側毛帯:脳幹の正中寄りを上行する(識別性触覚・深部感覚)。 ・交感神経下行路:脳幹外側部を下行する。
脳幹病変の局在診断の考え方
1)高さの決定:障害された脳神経から中脳・橋・延髄のいずれかを推定する。 2)横断面での位置:錐体路障害(片麻痺)があれば腹側、温痛覚障害があれば外側、深部感覚障害があれば内側寄りの病変を考える。 3)交代性症候:病変側の脳神経麻痺と反対側の片麻痺・感覚障害の組み合わせは脳幹病変に特徴的である(例:Weber症候群〈中脳〉、Millard-Gubler症候群〈橋〉、Wallenberg症候群〈延髄外側〉)。
視覚路の障害と視野異常
・視神経:患側眼の視力低下・視野欠損 ・視交叉:両耳側半盲(下垂体腺腫など) ・視索・外側膝状体・視放線・後頭葉:反対側の同名半盲(部位により四分盲、黄斑回避など) いずれも脳幹より上位の病変である。
POINT
・視覚路(網膜→視神経→視交叉→視索→外側膝状体→視放線→後頭葉)は脳幹を通らない。視野異常は脳幹病変の症候ではない。 ・脳幹には第III〜XII脳神経核、錐体路・感覚路の長経路、自律神経の中枢・下行路が集まっており、脳神経症状、麻痺・反射異常、感覚障害、自律神経障害のいずれも起こり得る。 ・錐体路障害では腱反射は亢進し、表在反射(腹壁反射など)は低下・消失する。 ・Wallenberg症候群:病変側の顔面温痛覚障害とHorner症候群、反対側の頸部以下の温痛覚障害が特徴。 ・脳幹病変の局在は「脳神経で高さ、長経路で腹側・背側・内外側」を決める。
