開いた瞳孔と反対側の麻痺―交代性片麻痺で中脳を射抜くWeber症候群
第115回医師国家試験 D問題 第18問
国試問題にチャレンジ
56歳の男性。複視と上下肢脱力感を主訴に来院した。昨晩から見え方がおかしいと感じていたが,今朝起床時から明らかに物が二重に見えることを自覚した。さらに右上下肢も動かしにくくなったため受診した。意識は清明。神経診察では,左眼瞼は下垂し,正面視で左眼はわずかに外転位にある。瞳孔径は右2.5mm,左4.0mm。右眼の対光反射は直接,間接とも正常であるが,左眼の直接対光反射は消失。眼球運動検査で右方視時に左右に分離する複視を認めるが,左方視で複視は生じない。右上肢Barré徴候陽性である。 想定される障害部位はどれか。
- a.放線冠
- b.内包
- c.中脳
- d.橋
- e.延髄
対話形式の解説
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医学生まとめ
同側の動眼神経麻痺(眼瞼下垂、外方偏位、散瞳、対光反射消失)と反対側の片麻痺の組み合わせはWeber症候群であり、動眼神経線維と大脳脚が近接する中脳腹側の病変を示します。脳神経症状が同側、片麻痺が対側に出る交代性片麻痺は脳幹病変のサインで、障害された脳神経の核の高さ(中脳III・IV、橋V〜VIII、延髄IX〜XII)から病変レベルを推定できます。放線冠や内包では片麻痺は起きても動眼神経麻痺は起こらず、橋ではMillard-Gubler症候群、延髄ではWallenberg症候群やDejerine症候群と、出る脳神経症状が異なります。散瞳を伴う動眼神経麻痺では内頸動脈-後交通動脈分岐部動脈瘤の圧迫も必ず鑑別に挙げる必要があります。症候群名の暗記に頼らず、脳神経の高さから病変を論理的に絞り込む力は、神経救急の現場で直接役立つ基本技能です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・昨晩からの見え方の異常に続き,今朝から明らかな複視と右上下肢の動かしにくさが出現した。急性発症であり,脳血管障害(特に脳幹梗塞)が考えやすい経過である。 ・左眼瞼下垂:上眼瞼挙筋(動眼神経支配)の麻痺。 ・正面視で左眼がわずかに外転位:内直筋(動眼神経支配)が働かず,外転神経支配の外直筋の作用が優位になるため外側へ偏位する。 ・瞳孔径 右2.5mm,左4.0mmと左の散瞳,左眼の直接対光反射消失:動眼神経に含まれる副交感神経線維(瞳孔括約筋を支配)の障害。右眼の直接・間接反射が正常なので,左眼の視神経(求心路)は保たれており,左の遠心路(動眼神経)の障害と判断できる。 ・右方視で左右に分離する複視:右を見るときには左眼の内転(内直筋)が必要であり,これができないため水平性の複視となる。左方視では左眼は外転(外転神経)するだけなので複視は出ず,外転神経は正常である。 ・右上肢Barré徴候陽性,右上下肢の脱力:右側の錐体路障害(右片麻痺)。
障害部位の推定
以上から,「左動眼神経麻痺(外眼筋と内眼筋の両方)」と「反対側(右)の片麻痺」が同時に存在する。脳神経障害が病変側に,片麻痺が反対側に出る「交代性片麻痺」であり,病変は脳幹にあると考えられる。錐体路は延髄下端の錐体交叉で交差するため,交叉より上方の脳幹病変では片麻痺は病変の反対側に出る。動眼神経の核と神経線維は中脳にあり,中脳腹側では動眼神経線維が錐体路の通る大脳脚のすぐそばを通過する。したがって,左中脳腹側(大脳脚+動眼神経線維)の病変,すなわちWeber症候群と診断できる。原因としては後大脳動脈の傍正中枝(穿通枝)領域の梗塞が代表的である。
設問の考え方
選択肢のいずれの部位でも片麻痺は起こりうるので,片麻痺だけでは部位は決まらない。どの脳神経が障害されているかを手がかりに,その脳神経核・神経線維がどのレベルにあるかを考えれば病変部位を特定できる。
選択肢考察
- ×a. 放線冠
放線冠は大脳皮質と内包の間を扇状に広がる白質線維群で,錐体路もここを通る。障害されると反対側の片麻痺(ラクナ梗塞では純粋運動性片麻痺が多い)を生じるが,大脳半球の白質病変であり動眼神経核や神経線維は含まれないので,動眼神経麻痺は生じない。
- ×b. 内包
内包は前脚・膝・後脚に分かれ,後脚には錐体路と感覚路が密集している。後脚の障害では反対側の純粋運動性片麻痺,純粋感覚性脳卒中,失調性片麻痺などを生じ,膝の障害では構音障害などがみられる。しかし内包は大脳深部の白質であり,動眼神経の経路を含まないため,眼瞼下垂や散瞳を伴う動眼神経麻痺は説明できない。
- ○c. 中脳
動眼神経の核と神経線維は中脳に存在する。中脳腹側では,動眼神経線維が脚間窩へ向かう途中で大脳脚(錐体路が通る)の内側を通過するため,この部位の病変で同側の動眼神経麻痺(眼瞼下垂,外下方への眼位偏位,散瞳,対光反射消失)と反対側の片麻痺が同時に生じる。これがWeber症候群であり,本例の所見と一致する。
- ×d. 橋
橋には外転神経核,顔面神経核,傍正中橋網様体(PPRF:水平注視の中枢),内側縦束(MLF)などがある。橋の病変では外転神経麻痺,水平注視麻痺,核間性眼筋麻痺(MLF症候群),橋下部腹側の病変で同側の外転神経・顔面神経麻痺と反対側片麻痺を示すMillard-Gubler症候群などが生じる。しかし動眼神経は橋を通らないため,瞳孔異常や眼瞼下垂を伴う動眼神経麻痺は生じない。
- ×e. 延髄
延髄には舌咽・迷走・副・舌下神経の核がある。延髄外側の障害はWallenberg症候群(同側の顔面温痛覚障害,Horner症候群,球麻痺,小脳性運動失調,反対側の頸部以下の温痛覚障害)を,延髄内側の障害はDejerine症候群(同側舌下神経麻痺,反対側片麻痺など)を呈する。Wallenberg症候群のHorner症候群では患側が縮瞳し,対光反射は保たれる。本例のような散瞳と対光反射消失を伴う動眼神経麻痺は延髄病変では生じない。
動眼神経の支配と麻痺の症状
・外眼筋:上直筋,下直筋,内直筋,下斜筋,上眼瞼挙筋。 ・内眼筋(副交感神経):瞳孔括約筋,毛様体筋。 ・完全麻痺では,眼瞼下垂,外転神経(外直筋)と滑車神経(上斜筋)の作用が残るため眼球が外下方へ偏位,散瞳,対光反射・輻湊反射の消失がみられる。 ・瞳孔異常を伴う動眼神経麻痺は,内頸動脈-後交通動脈分岐部動脈瘤による圧迫でも起こる(副交感神経線維は神経の表層を走るため圧迫に弱い)。一方,糖尿病性の動眼神経麻痺では瞳孔が保たれることが多い。本例は対側片麻痺を伴う点から脳幹病変と判断する。
主な交代性片麻痺(脳幹症候群)
・中脳:Weber症候群(大脳脚+動眼神経線維)=同側動眼神経麻痺+反対側片麻痺。 Claude症候群(被蓋部:赤核~上小脳脚線維+動眼神経線維)=同側動眼神経麻痺+反対側の小脳性運動失調。 Benedikt症候群(被蓋部:赤核+動眼神経線維,大脳脚に及ぶこともある)=同側動眼神経麻痺+反対側の不随意運動(振戦など),片麻痺を伴うこともある。 ・橋:Millard-Gubler症候群(橋下部腹側)=同側外転神経・顔面神経麻痺+反対側片麻痺。Foville症候群=同側への水平注視麻痺+同側顔面神経麻痺+反対側片麻痺。 ・延髄:Wallenberg症候群(延髄外側,椎骨動脈・後下小脳動脈領域),Dejerine症候群(延髄内側)。
病変部位推定の考え方
脳神経核のレベル(中脳:Ⅲ・Ⅳ,橋:Ⅴ・Ⅵ・Ⅶ・Ⅷ,延髄:Ⅸ・Ⅹ・Ⅺ・Ⅻ)を押さえておけば,個々の症候群名を覚えていなくても,障害された脳神経から病変の高さを推定できる。脳神経症状が病変と同側,片麻痺が反対側に出れば脳幹病変である。
POINT
・同側の動眼神経麻痺(眼瞼下垂,外斜視,散瞳,対光反射消失)+反対側片麻痺=Weber症候群=中脳腹側(大脳脚)の病変。 ・脳神経症状が同側,片麻痺が対側の交代性片麻痺は脳幹病変を示す。 ・脳神経核の高さ(中脳Ⅲ・Ⅳ,橋Ⅴ~Ⅷ,延髄Ⅸ~Ⅻ)から病変レベルを推定する。 ・放線冠・内包の病変では片麻痺は起こるが動眼神経麻痺は起こらない。
