歩き回る3歳児をどう診るか―「自由にさせる」ことが最良の診察になる理由
第119回医師国家試験 A問題 第68問
国試問題にチャレンジ
3歳の男児。言葉の遅れを心配した両親に連れられて来院した。有意語は2歳6か月に出現したが,2語文はなく,独特の抑揚のある発語やオウム返しがみられるという。保育園では集団行動が苦手で,友達と一緒に遊ばない。いつもと異なる道で登園しようとするとかんしゃくを起こす。診察室では,視線が合いにくく,落ち着きなく歩き回り,診察に応じようとしない。 診察時の適切な対応はどれか。
- a.押さえつけて診察する。
- b.自由に行動させて観察する。
- c.着席するよう厳しく指示する。
- d.しつけが悪いと両親を注意する。
- e.行動が落ち着いた時期の再受診を両親に指示する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
言葉の遅れにオウム返しや独特の抑揚、対人関係の困難、変化への強い抵抗が重なる幼児では、自閉スペクトラム症を考えます。こうした子どもの診察では、押さえつける、厳しく指示する、受診を先延ばしにするといった対応は不安やパニックを招き、評価や支援の機会を損ないます。安全を確保して自由に行動させ、遊び方、視線や指さし、呼名への反応、保護者との関わりなどを観察すること自体が重要な評価となります。自閉スペクトラム症は育て方が原因ではないため、保護者を責めずに寄り添い、難聴や知的発達症の鑑別を行いながら早期の療育につなげることが大切です。子どもの特性に合わせて診察の方法を変える姿勢は、発達の問題に限らず小児診療全般の基本といえます。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・言語発達の遅れ: 有意語(意味のある単語)は通常1歳前後に出現し、2語文は2歳ごろまでにみられる。本児は有意語の出現が2歳6か月と遅く、3歳になっても2語文がない。 ・言語の質的な特徴: 独特の抑揚(プロソディの異常)のある話し方や、相手の言葉をそのまま繰り返すオウム返し(反響言語、エコラリア)がみられる。単なる言葉の遅れではなく、コミュニケーションのための言語使用に偏りがあることを示す。 ・社会的相互関係の困難: 集団行動が苦手で、友達と一緒に遊ばない。診察室では視線が合いにくい。 ・限定された反復的な行動・こだわり: いつもと違う道で登園しようとするとかんしゃくを起こす(同一性へのこだわり、変化への抵抗)。 ・診察室での行動: 落ち着きなく歩き回り、診察に応じない。初めての場所・初対面の人という環境変化への不安や、多動傾向の併存がうかがえる。
診断の考え方
社会的コミュニケーション・対人相互関係の持続的な障害と、限定された反復的な行動・興味・こだわりの両方が幼児期早期からみられ、生活上の困難を生じていることから、自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder: ASD)が最も考えられる。言葉の遅れがある児では、難聴(聴力障害)や知的発達症の鑑別・併存評価も必要であり、聴力検査や発達検査を行う。落ち着きのなさについては注意欠如多動症(ADHD)の併存も念頭に置く。
設問の考え方
発達特性のある幼児の診察では、無理に型通りの診察をすることよりも、子どもが安心できる状況で普段に近い行動を観察することが重要である。安全を確保したうえで自由に行動させ、遊び方、物や人への関わり方、視線や共同注意、言葉の使い方、こだわり、感覚刺激への反応、保護者との関わりなどを観察すること自体が診断と評価の大切な材料になる。同時に、保護者の不安に寄り添い、育て方の問題ではないことを伝えて支援につなげる姿勢が求められる。
選択肢考察
- ×a. 押さえつけて診察する。
誤り。ASDの児は身体接触や感覚刺激に過敏なことが多く、初対面の医師に押さえつけられることは強い恐怖・混乱を招き、パニックやかんしゃくを誘発する。本来の行動も観察できなくなり、以後の受診への拒否感が強まって医師・患児・家族の信頼関係を損なう。緊急性のない診察で身体的に抑制する必要はない。
- ○b. 自由に行動させて観察する。
正しい。危険のない範囲で自由に行動させると、児の緊張がほぐれ、日常に近い姿を観察できる。どのように遊ぶか(おもちゃの並べ方・回転物への没頭など)、名前を呼ばれたときの反応、指さしや視線の使い方、保護者との関わり方、感覚刺激への反応、多動性の程度などは、ASDの評価に直接役立つ情報である。身体診察は、児が落ち着いたタイミングで保護者の膝の上で行うなど工夫して、可能な範囲で実施する。
- ×c. 着席するよう厳しく指示する。
誤り。ASDの児は言語指示の理解が難しいことや、慣れない環境で不安が強まっていることが多い。厳しい口調での指示は不安や混乱を強め、かんしゃくなどの行動を悪化させるだけで、診察の目的を果たせない。指示を出すとしても、穏やかに短く具体的に伝え、それに応じられるかどうかを観察の一部とするのが適切である。
- ×d. しつけが悪いと両親を注意する。
誤り。ASDは生まれつきの脳機能の特性に基づく神経発達症であり、育て方やしつけが原因ではない。かつては親の冷たい養育態度が原因とする説(「冷蔵庫マザー」説)があったが、現在では明確に否定されている。両親を責めることは誤りであるばかりか、保護者を傷つけて受診や支援から遠ざけ、早期療育の機会を失わせる。
- ×e. 行動が落ち着いた時期の再受診を両親に指示する。
誤り。診察室で落ち着かないこと自体が児の特性の現れであり、時間がたてば落ち着くという保証もない。受診を先延ばしにすると、評価と療育的支援の開始が遅れる。ASDは早期に気づいて療育や環境調整を始めることが発達の予後や家族の負担軽減に役立つため、その場で可能な範囲の評価を行い、必要な検査や支援につなげるべきである。
自閉スペクトラム症(ASD)の概要
DSM-5(米国精神医学会の診断基準)では、次の2領域の特徴が発達早期から存在し、社会生活上の明らかな支障を生じ、知的発達症や全般的発達遅延だけでは説明できないものをASDとする。 ・A: 社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応の持続的な欠陥(情緒的な相互のやりとりの困難、視線・身振り・表情などの非言語的コミュニケーションの障害、年齢相応の対人関係の発展・維持の困難)。 ・B: 行動・興味・活動の限定された反復的な様式(常同的な運動や反響言語、同一性へのこだわり・習慣への頑なな固執、極めて限定された強い興味、感覚刺激への過敏さまたは鈍感さ)。 男児に多く、知的発達症、ADHD、てんかん、睡眠障害などをしばしば合併する。かつての自閉症、アスペルガー障害、特定不能の広汎性発達障害などは、DSM-5でASDに統合された。
言葉の発達の目安
・喃語: 生後6か月ごろ〜 ・有意語(初語): 1歳前後 ・2語文: 2歳前後 ・3語文・簡単な会話: 3歳前後 1歳6か月健康診査では有意語の有無や指さしなどが確認され、言葉の遅れはASDや難聴に気づくきっかけとなる。
言葉の遅れの鑑別
難聴、知的発達症、ASD、言語発達のみの遅れ(発達性言語障害)、養育環境の問題などがある。言葉の遅れをみたら、まず聴力の評価を行うことが重要である。
発達特性のある子どもの診察の工夫
・待合室で長く待たせない、刺激の少ない場所で待てるよう配慮する。 ・初めは保護者から話を聞きながら、児には自由に過ごしてもらい行動を観察する。 ・おもちゃなどを用意し、遊びの様子や大人とのやりとりを観察する。 ・指示は短く、具体的に、穏やかに伝える。指示に応じられるか、応じられないときに保護者がどう対応するかも評価の材料となる。 ・身体診察や処置は、見通しを伝えてから短時間で行う。
対応・支援
ASDの中核症状を治す薬はなく、療育(応用行動分析に基づく支援、TEACCHなどの構造化による環境調整、言語療法など)と、家族支援、保育・教育機関との連携が中心である。易刺激性(かんしゃく・自傷など)が強い場合には、リスペリドンやアリピプラゾールが用いられることがある。
POINT
・言葉の遅れ+オウム返し・独特の抑揚+対人関係の困難+こだわり(変化への抵抗)は自閉スペクトラム症を考える。 ・発達特性のある幼児の診察では、安全を確保して自由に行動させ、自然な様子を観察すること自体が評価になる。 ・押さえつける・厳しく叱る・受診を先延ばしにする対応は不適切。 ・ASDは育て方が原因ではない。保護者を責めず、早期の療育・支援につなげる。 ・言葉の遅れでは難聴の鑑別を忘れない。
