お腹と肛門、両方から攻める―直腸癌手術が「砕石位」で行われる理由
第120回医師国家試験 D問題 第16問
国試問題にチャレンジ
45歳の男性。下血を主訴に来院した。1か月前から排便時の出血を自覚していた。既往歴に特記すべきことはない。喫煙は20本/日を25年間。飲酒歴はない。意識は清明。身長170cm,体重54kg。体温36.4℃。脈拍68/分,整。血圧112/68mmHg。呼吸数12/分。SpO2 96%(room air)。眼瞼結膜と眼球結膜とに異常を認めない。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。血液所見:赤血球508万,Hb 15.2g/dL,Ht 45%,白血球6,400,血小板24万。血液生化学所見:総蛋白7.2g/dL,アルブミン4.8g/dL,総ビリルビン1.0mg/dL,直接ビリルビン0.2mg/dL,AST 18U/L,ALT 16U/L,LD 166U/L(基準124~222),ALP 63U/L(基準38~113),尿素窒素12mg/dL,クレアチニン0.8mg/dL,血糖92mg/dL,CEA 10.2ng/mL(基準5以下),CA19-9 32U/mL(基準37以下)。CRP 0.2mg/dL。下部消化管内視鏡検査の直腸像(A)と腹部造影CT(B)とを下に示す。その他画像検査で,遠隔転移は認めなかった。開腹手術を行うことにした。 手術時の体位で正しいのはどれか。

- a.座位
- b.仰臥位
- c.砕石位
- d.腹臥位
- e.右側臥位
対話形式の解説
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医学生まとめ
直腸は骨盤の深部で肛門に近いため、直腸癌の手術では腹部からの剥離・切離に加えて、経肛門的な吻合器の挿入や会陰側からの切除といった操作が必要になります。そのため、腹部と会陰の両方に同時にアプローチできる砕石位が、開腹・腹腔鏡を問わず標準的な体位となります。仰臥位は一般的な腹部手術、側臥位は開胸や腎手術、腹臥位は脊椎手術、ジャックナイフ位は肛門手術、座位は後頭蓋窩や肩の手術と、体位は「どこから操作するか」で整理すると覚えやすくなります。砕石位では腓骨神経麻痺やコンパートメント症候群といった体位特有の合併症にも注意が必要です。術式と体位を結びつけて理解することは、手術室での安全管理や術後管理の基礎になります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・45歳男性。1か月前から排便時に出血があり、下血を主訴に受診した。喫煙歴は20本/日×25年(ブリンクマン指数500)。 ・バイタルサインは安定している。眼瞼結膜に貧血所見はなく、Hb 15.2g/dLも正常範囲なので、出血は少量か間欠的と考えられる。 ・肝機能・腎機能・栄養状態(アルブミン4.8g/dL)に問題はない。 ・腫瘍マーカーはCEA(癌胎児性抗原)が10.2ng/mLと上昇しており、CA19-9は基準内である。CEAは大腸癌で上昇しやすいマーカーである。 ・下部消化管内視鏡(A)では、直腸に周堤(盛り上がった辺縁)を伴い中央に潰瘍がある腫瘍を認める。周堤と潰瘍の境界が明瞭な2型(潰瘍限局型)の進行癌の像である。 ・腹部造影CT(B)では直腸壁に造影される腫瘤があるが、周囲臓器への明らかな浸潤はない。その他の画像検査でも遠隔転移はない。
診断
排便時出血、CEA高値、内視鏡での2型腫瘍から、遠隔転移のない進行直腸癌と診断できる。痔核、炎症性腸疾患、虚血性腸炎なども下血の原因になるが、明らかな腫瘍性病変とCEA上昇がある本例では直腸癌が最も考えやすい。遠隔転移がなく全身状態も良好なので、根治を目指した外科的切除の適応である。
設問の考え方
直腸は骨盤の深い位置にあり、肛門に近い。直腸癌の手術(高位・低位前方切除術、腹会陰式直腸切断術〈マイルズ手術〉など)では、腹部からの骨盤内操作に加えて、肛門側からの操作が必要になる。たとえば、前方切除術では吻合器(サーキュラーステープラー)を肛門から挿入して腸管同士をつなぐ。腹会陰式直腸切断術では会陰側から肛門・直腸を切除する。これらの操作をするには、腹部と会陰(肛門周囲)の両方に同時に手が届く体位が必要である。そのため、両下肢を開いて挙上する砕石位(または砕石位に近い開脚位)をとるのが標準である。開腹手術でも腹腔鏡手術・ロボット支援手術でも、この原則は同じである。
選択肢考察
- ×a. 座位
座位では腹部の術野を確保できず、全身麻酔下の開腹直腸手術に用いることはない。座位をとるのは、くも膜下麻酔の一種であるサドルブロック(会陰部・肛門周囲だけに麻酔を効かせる方法)を行う場面である。サドルブロックは痔核手術などの肛門手術や一部の泌尿器科・産科の処置で用いられる。手術体位としての座位は、後頭蓋窩の脳神経外科手術や肩関節手術(ビーチチェア位)などに限られる。
- ×b. 仰臥位
仰臥位は胃切除術や結腸(右半・横行結腸など)切除術など、多くの腹部手術の基本体位である。しかし、下肢を伸ばしたままの単純な仰臥位では、会陰・肛門側に術者が入れない。そのため、経肛門的な吻合器の挿入や会陰操作ができず、骨盤深部への視野も得にくい。肛門側からの操作が必要な直腸癌手術には適さない。
- ○c. 砕石位
砕石位は、仰臥位で両股関節・膝関節を屈曲し、両下肢を開いて支脚器に載せて挙上する体位である。腹部の術野を保ったまま会陰・肛門にも同時に到達できる。直腸癌手術では、腹側から直腸を剥離・切離したあと、経肛門的に吻合器を挿入して器械吻合を行う。また、腹会陰式直腸切断術では会陰側から肛門を含めて切除する。このように腹部と会陰の両方の操作が必要なため、開腹手術でも腹腔鏡手術でも砕石位が標準となる。術中は、下肢の圧迫による腓骨神経麻痺や、長時間の下肢挙上によるコンパートメント症候群(下腿筋区画内圧の上昇による筋・神経障害)に注意する。
- ×d. 腹臥位
腹臥位は、脊椎手術など背部からの手術で用いられる体位である。腹部が下になるので、開腹手術を行うことはできない。肛門疾患の手術では、腹臥位で腰部を屈曲させるジャックナイフ位を用いることがある。また、腹会陰式直腸切断術の会陰操作だけを、体位変換してジャックナイフ位で行う施設もある。しかし、開腹手術全体の体位として腹臥位を選ぶことはない。
- ×e. 右側臥位
右側臥位(右側を下にした体位)は、左側からの到達が必要な手術で用いられる。左開胸による肺・食道・胸部大動脈の手術や、左腎・左副腎の手術などである。この体位では腹部正中からの開腹や骨盤内操作は困難で、会陰側からの操作もできないので、直腸癌手術には用いない。なお、内視鏡検査では左側臥位がよく用いられるが、これも手術体位ではない。
直腸癌の主な術式
・高位前方切除術・低位前方切除術:腫瘍を含めて直腸を切除し、口側の結腸と肛門側の直腸を吻合する。肛門を温存できる。吻合はダブルステープリング法(直腸を自動縫合器で閉鎖し、肛門から挿入した円形吻合器で結腸と吻合する方法)が一般的である。 ・括約筋間直腸切除術(ISR):肛門に非常に近い癌で、内肛門括約筋の一部または全部を切除して肛門を温存する術式である。経肛門的な操作が必須である。 ・腹会陰式直腸切断術(マイルズ手術):肛門を含めて直腸を切除し、永久的な人工肛門(S状結腸ストーマ)を造設する。癌が肛門管に浸潤している場合や、括約筋の温存が困難な場合に選択される。 ・ハルトマン手術:直腸を切除して肛門側を閉鎖し、口側を人工肛門とする。全身状態不良例や緊急手術で選択される。 ・直腸癌では、側方リンパ節郭清や自律神経(下腹神経・骨盤内臓神経)の温存も重要な論点になる。自律神経が損傷すると排尿障害・性機能障害が起こる。
代表的な手術体位
・仰臥位:大多数の腹部・胸部正中手術の基本体位である。 ・砕石位:直腸・肛門手術、泌尿器科(経尿道的手術など)、婦人科手術で用いる。合併症として腓骨神経麻痺(下肢外側の支脚器による圧迫)やコンパートメント症候群がある。 ・側臥位:開胸手術、腎・副腎手術、股関節手術で用いる。 ・腹臥位:脊椎手術や背部の手術で用いる。ジャックナイフ位は肛門手術で用いる。 ・座位(ビーチチェア位を含む):後頭蓋窩手術、肩関節手術で用いる。後頭蓋窩手術では空気塞栓に注意する。
大腸癌とCEA
CEAは大腸癌の診断補助や術後再発のモニタリングに用いる。早期癌では陽性率が低く、スクリーニングには適さない。喫煙者では、癌がなくても軽度上昇することがある。
POINT
・直腸癌手術では、腹部操作に加えて経肛門的な吻合器挿入や会陰操作が必要なため、砕石位で行う(開腹でも腹腔鏡でも同じ)。 ・砕石位の合併症として、腓骨神経麻痺とコンパートメント症候群を押さえる。 ・体位と手術の組み合わせ:仰臥位は一般的な腹部手術、側臥位は開胸・腎手術、腹臥位は脊椎手術、ジャックナイフ位は肛門手術、座位は後頭蓋窩・肩手術。 ・周堤と中央の潰瘍をもつ腫瘍は2型(潰瘍限局型)の進行大腸癌を示し、CEA上昇はこれを支持する。
