血液の流れが転移先を決める―S状結腸癌はなぜ肝臓へ向かうのか
第119回医師国家試験 C問題 第50問
国試問題にチャレンジ
59歳の女性。がん検診で便潜血反応陽性を指摘され来院した。便通異常の自覚はない。意識は清明。身長152cm,体重46kg。体温36.1℃。脈拍64/分,整。血圧136/82mmHg。眼瞼結膜と眼球結膜とに異常を認めない。頸部リンパ節を触知しない。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。腸雑音に異常を認めない。四肢に浮腫を認めない。下部消化管内視鏡検査のS状結腸像を下に示す。生検組織の病理検査で高分化腺癌と診断された。患者から「私の病気の場合,どこに転移しやすいのでしょうか」との質問があった。 この患者で最も転移の可能性が高い臓器はどれか。

- a.脳
- b.肺
- c.肝臓
- d.骨髄
- e.副腎
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
S状結腸癌のような結腸癌では、静脈血がS状結腸静脈から下腸間膜静脈、脾静脈を経て門脈に入り、最初に肝臓の類洞を通るため、血行性転移は肝臓が最も多くなります。一方、下部直腸の静脈血の一部は内腸骨静脈から下大静脈へ流れるため、下部直腸癌では肺転移が相対的に増えます。脳、骨・骨髄、副腎への転移は大腸癌では頻度が低く、それぞれ肺癌・乳癌・前立腺癌などで多い転移先として整理しておくとよいでしょう。大腸癌の肝転移は切除可能なら肝切除で長期生存が期待でき、切除不能でも化学療法後のconversion surgeryが検討される点が臨床上重要です。転移先を「原発巣の静脈血が最初に通る毛細血管床」から理屈で考える姿勢は、さまざまな癌の病期診断や経過観察、患者さんへの説明に役立ちます。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・59歳女性。大腸がん検診の便潜血反応(免疫法)が陽性で受診した。便通異常などの自覚症状はない。 ・バイタルサイン、身体所見に異常はなく、貧血(眼瞼結膜蒼白)や腹部腫瘤、肝腫大もみられない。 ・下部消化管内視鏡ではS状結腸に、周囲が堤防状に隆起し中央に潰瘍を伴う、境界明瞭な腫瘍性病変がみられる(肉眼型分類の2型:潰瘍限局型に相当する)。 ・生検で高分化腺癌と診断された。
診断
S状結腸癌である。S状結腸は直腸に次いで大腸癌の好発部位で、結腸癌の中では最も多い。
設問の考え方
問われているのは、この癌がどの臓器に血行性転移しやすいかである。転移先を考える鍵は、原発臓器の静脈血がどこへ流れるかという血流の経路である。 S状結腸の静脈血はS状結腸静脈→下腸間膜静脈→脾静脈を経て門脈に入り、まず肝臓を通過する。血流に乗った癌細胞が最初に捕捉される毛細血管床が肝臓の類洞であるため、結腸癌(および上部直腸癌)の血行性転移は肝転移が最も多い。 これに対し、下部直腸の静脈血の一部は中・下直腸静脈→内腸骨静脈→下大静脈を経て心臓へ戻り、最初の毛細血管床が肺となるため、下部直腸癌では肺転移の頻度が相対的に高くなる。
選択肢考察
- ×a. 脳
大腸癌の脳転移は、多くの場合肝転移や肺転移が先行した進行例で起こり、頻度は低い。門脈を介した経路の最初の到達先ではなく、S状結腸癌で最も転移しやすい臓器とはいえない。脳転移の頻度が高い原発巣としては肺癌、乳癌などが代表的である。
- ×b. 肺
肺は大腸癌の転移先として肝臓に次いで多い。特に下部直腸癌は内腸骨静脈から下大静脈へ流れる経路をもつため肺転移が起こりやすい。しかしS状結腸の静脈血は門脈系に流れ込み、まず肝臓を通過するので、本例では肝転移の可能性の方が高い。
- ○c. 肝臓
S状結腸の静脈血は下腸間膜静脈・脾静脈を経て門脈に集まり、最初に肝臓へ流入する。癌細胞は肝臓の類洞で捕捉されやすいため、結腸癌の血行性転移部位として肝臓が最も多い。大腸癌の遠隔転移・再発部位としても肝臓が最多であり、本例で最も転移の可能性が高い臓器である。
- ×d. 骨髄
大腸癌の骨転移・骨髄転移はまれで、多くは肺転移などを伴う進行例でみられる。骨転移の頻度が高い癌としては前立腺癌、乳癌、肺癌、腎癌、甲状腺癌などが代表的であり、S状結腸癌で最も転移しやすい臓器ではない。
- ×e. 副腎
副腎転移は肺癌などで比較的多くみられるが、大腸癌での頻度は低い。門脈を経て最初に到達する臓器でもないため、S状結腸癌で最も転移しやすい臓器とはいえない。
大腸の区分
大腸は結腸(盲腸、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸)と直腸(直腸S状部、上部直腸、下部直腸)、肛門管などに分けられる。大腸癌の部位別頻度は直腸が最多で、次いでS状結腸である。
大腸癌の転移形式
・リンパ行性転移:腸管傍リンパ節→中間リンパ節→主リンパ節(支配動脈の根部)へと進む。 ・血行性転移:結腸・上部直腸は門脈経由で肝臓へ、下部直腸は門脈系に加えて内腸骨静脈→下大静脈経由で肺へも転移しやすい。大腸癌全体の血行性転移では肝臓が最多、次いで肺である。 ・腹膜播種:漿膜を越えて浸潤した癌が腹腔内に散布されるもの。
大腸癌の肉眼型分類
0型(表在型)、1型(腫瘤型)、2型(潰瘍限局型)、3型(潰瘍浸潤型)、4型(びまん浸潤型)、5型(分類不能)。進行癌では2型が最も多い。
肝転移の治療
大腸癌の肝転移は、切除可能であれば肝切除により長期生存が期待できる点が他の多くの癌と異なる。切除不能例には化学療法を行い、縮小して切除可能となれば切除を検討する(conversion surgery)。経過観察には造影CTや腫瘍マーカー(CEA、CA19-9)が用いられる。
便潜血検査
大腸がん検診では、ヒトヘモグロビンに対する抗体を用いた免疫学的便潜血検査(通常2日法)が行われる。陽性者には全大腸内視鏡検査による精密検査を行う。
POINT
・転移先は原発巣の静脈血の流れ(最初に通る毛細血管床)で考える。 ・結腸癌・上部直腸癌 → 門脈 → 肝転移が最多。 ・下部直腸癌 → 内腸骨静脈 → 下大静脈 → 肺転移が起こりやすい。 ・大腸癌の肝転移は切除可能なら肝切除が有効な治療となる。
