頭痛と嘔吐の裏に潜む眼の救急―急性緑内障発作で「やってはいけない」一滴
第120回医師国家試験 A問題 第42問
国試問題にチャレンジ
85歳の女性。左眼痛と頭痛を主訴に来院した。昨夜から左眼の視力低下と激しい頭痛があり,悪心と嘔吐も出現している。視力は右眼0.2(1.2×+3.5D),左眼手動弁(矯正不能)。左眼の細隙灯顕微鏡写真を下に示す。 対応で適切でないのはどれか。

- a.縮瞳薬点眼
- b.水晶体摘出術
- c.アトロピン点眼
- d.高浸透圧利尿薬点滴
- e.炭酸脱水酵素阻害薬内服
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
急な片眼の眼痛・視力低下に頭痛や悪心・嘔吐を伴い、毛様充血・角膜浮腫・浅前房・中等度散瞳がみられれば急性原発閉塞隅角緑内障を考えます。高齢・女性・遠視は危険因子で、厚くなった水晶体による相対的瞳孔ブロックが隅角を塞ぎ、眼圧が急上昇します。治療は高浸透圧利尿薬、炭酸脱水酵素阻害薬、縮瞳薬で眼圧を下げ、レーザー虹彩切開術や水晶体摘出術で瞳孔ブロックを根本的に解除することであり、散瞳を起こすアトロピンは隅角閉塞を悪化させるため禁忌です。抗コリン作用をもつ全身薬にも注意が必要で、僚眼への予防的処置も検討します。頭痛・嘔吐で受診する眼の救急を見逃さず、病態から禁忌を導ける力は、診療科を問わず役立ちます。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・85歳の女性:加齢により水晶体が厚くなり、前房(角膜と虹彩・水晶体の間の空間)が浅くなる年齢である。 ・昨夜からの急な左眼痛・左眼視力低下に、激しい頭痛と悪心・嘔吐を伴う:眼圧が急激に上昇したときの典型的な症状である。頭痛や嘔吐が前面に出るため、くも膜下出血や片頭痛、消化器疾患と間違えられることがある。 ・右眼の矯正視力は1.2で、+3.5Dの凸レンズで矯正されている:右眼は遠視である。遠視眼は眼軸長が短く前房が浅い傾向があり、左右眼の屈折はふつう似ているため、左眼も同じく狭隅角(隅角が狭い状態)の素因をもつと推測できる。 ・左眼視力は手動弁(目の前で手を振ると分かる程度)で矯正不能:角膜浮腫などによる高度の視力障害である。 ・細隙灯顕微鏡写真:角膜周囲の毛様充血、角膜浮腫による角膜の混濁、浅前房、中等度に散大した瞳孔がみられる。
診断へのプロセス
急な片眼の眼痛と視力低下に頭痛・悪心・嘔吐が加わり、浅前房・中等度散瞳・角膜浮腫・毛様充血がそろっていれば、急性原発閉塞隅角緑内障(急性緑内障発作)と診断できる。鑑別として、急性虹彩毛様体炎(ぶどう膜炎)では前房内の炎症細胞や角膜後面沈着物がみられ、瞳孔はむしろ縮瞳傾向で前房は浅くならない。角膜炎では角膜の局所的な浸潤や上皮欠損がみられる。本例の所見はこれらに合わない。
病態
高齢・遠視などで水晶体と虹彩が近接すると、瞳孔縁で後房から前房への房水の流れが妨げられる(相対的瞳孔ブロック)。後房の圧が上がって周辺部虹彩が前方へ押し出され(虹彩膨隆)、隅角が塞がれて房水が流出できなくなり、眼圧が急激に上昇する(しばしば50 mmHg以上)。中等度散瞳の状態は虹彩と水晶体の接触や周辺虹彩の弛緩が最も問題となる位置であり、暗所や抗コリン作用のある薬剤が発作の引き金となる。
設問の考え方
治療の目標は、①速やかな眼圧下降(房水産生の抑制、硝子体容積の減少)、②瞳孔ブロックの解除(縮瞳、さらにレーザー虹彩切開術や水晶体摘出術による根本治療)である。これに逆行する処置、すなわち散瞳させて隅角閉塞を悪化させる処置が「適切でない」ものとなる。
選択肢考察
- ×a. 縮瞳薬点眼
適切な対応である。ピロカルピンなどの縮瞳薬(副交感神経作動薬)を点眼すると瞳孔括約筋が収縮し、周辺部虹彩が引き伸ばされて隅角から離れるため、隅角が開いて房水の流出が改善する。急性発作の初期治療として用いられる。ただし眼圧が非常に高いと虹彩が虚血に陥って反応しにくいため、高浸透圧利尿薬などでまず眼圧を下げてから効果が出ることも多い。
- ×b. 水晶体摘出術
適切な対応である。閉塞隅角の主因は加齢で厚くなった水晶体が虹彩を前方へ押し上げることであり、水晶体を摘出して薄い眼内レンズに置き換えると前房が深くなり、瞳孔ブロックと隅角閉塞が根本的に解消する。発作を薬物で鎮めたのちの根治治療として、レーザー虹彩切開術と並んで(あるいはそれに代えて)選択される。角膜内皮障害の懸念があるレーザー虹彩切開術よりも、近年は水晶体摘出術が重視される傾向にある。
- ○c. アトロピン点眼
適切でない対応であり、これが正解である。アトロピンは抗コリン薬で、瞳孔括約筋を麻痺させて散瞳を起こす。散瞳すると周辺部虹彩が隅角に寄って厚くなり、隅角閉塞がさらに悪化して眼圧が一層上昇する。閉塞隅角緑内障(およびその素因である狭隅角)では散瞳薬は禁忌である。アトロピンは作用時間が長く(散瞳が1~2週間持続しうる)、急性発作眼に用いれば重大な悪化を招く。なお、全身投与の抗コリン薬(鎮痙薬、抗ヒスタミン薬、三環系抗うつ薬など)も閉塞隅角緑内障では注意・禁忌とされる。
- ×d. 高浸透圧利尿薬点滴
適切な対応である。D-マンニトールやグリセリンなどの高浸透圧利尿薬を点滴すると、血漿浸透圧が上昇して硝子体から水分が引き出され、硝子体容積が減少して眼圧が速やかに下がる。急性発作のような高度の眼圧上昇に対して、最も即効性の高い眼圧下降手段の一つである。心不全・腎機能障害のある患者では循環血液量の増加や電解質異常に注意する。
- ×e. 炭酸脱水酵素阻害薬内服
適切な対応である。アセタゾラミドなどの炭酸脱水酵素阻害薬は、毛様体上皮での房水産生を抑制して眼圧を下げる。急性発作では内服または静注で用いる。副作用として手足のしびれ、低カリウム血症、代謝性アシドーシス、尿路結石などがあり、腎機能障害やサルファ剤過敏症では注意を要する。
急性原発閉塞隅角緑内障の危険因子
高齢、女性、遠視(短眼軸)、浅前房、厚い水晶体、アジア人、家族歴。発作の誘因として、暗所(散瞳)、うつむき姿勢、精神的ストレス、散瞳薬や抗コリン作用をもつ薬剤(抗コリン薬、抗ヒスタミン薬、三環系抗うつ薬、ベンゾジアゼピン系薬など)がある。
症状と所見
眼痛、霧視、虹視症(電灯の周りに虹が見える)、頭痛、悪心・嘔吐。所見は高眼圧、毛様充血、角膜浮腫、浅前房、中等度散瞳で対光反射の減弱・消失、眼球を触ると硬い。頭痛・嘔吐から脳神経外科や内科を受診することがあるので注意が必要である。
治療の流れ
1.薬物による眼圧下降:高浸透圧利尿薬(D-マンニトール点滴など)、炭酸脱水酵素阻害薬(アセタゾラミド内服・静注)、縮瞳薬(ピロカルピン点眼)、β遮断薬やα2作動薬などの眼圧下降点眼。 2.瞳孔ブロックの解除(根治):レーザー虹彩切開術、周辺虹彩切除術、水晶体摘出術(白内障手術)。 3.僚眼(反対眼)も同じ素因をもつことが多いため、予防的にレーザー虹彩切開術や水晶体摘出術を検討する。
散瞳薬が禁忌となる理由
散瞳で虹彩が周辺に集まって厚みを増し、狭い隅角を塞ぐ。中等度散瞳の状態では瞳孔ブロックも強まりやすい。眼底検査で散瞳する前に、前房深度や隅角の広さを確認するのはこのためである。
POINT
・急な片眼の眼痛・視力低下+頭痛・悪心・嘔吐、毛様充血・角膜浮腫・浅前房・中等度散瞳 → 急性閉塞隅角緑内障。 ・高齢、女性、遠視は危険因子。 ・治療:高浸透圧利尿薬、炭酸脱水酵素阻害薬、縮瞳薬で眼圧を下げ、レーザー虹彩切開術または水晶体摘出術で瞳孔ブロックを解除する。 ・アトロピンなどの散瞳薬・抗コリン薬は禁忌。 ・僚眼にも予防的処置を検討する。
