肝膿瘍に視力低下―糖尿病患者で見逃せない「転移性感染」と不要な検査
第120回医師国家試験 A問題 第40問
国試問題にチャレンジ
48歳の男性。悪寒と発熱を主訴に来院した。5日前から夕方になると38℃前後の発熱を生じ,軟便が続いていた。本日,悪寒を伴う発熱と両眼の視力低下を認めたため受診した。糖尿病で投薬治療中である。意識は清明。体温38.5℃。脈拍96/分,整。血圧140/74mmHg。呼吸数24/分。SpO2 97%(room air)。眼瞼結膜に異常を認めないが,両側の眼球結膜に充血を認める。頸部リンパ節を触知しない。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦で,右上腹部に圧痛を認める。右肋骨弓下に肝を3cm触知する。筋性防御と反跳痛は認めない。尿所見:蛋白(-),糖3+,ケトン体(-),潜血(-),沈渣に異常を認めない。血液所見:赤血球450万,Hb 14.0g/dL,Ht 45%,白血球14,600(桿状核好中球30%,分葉核好中球51%,好酸球1%,好塩基球1%,単球5%,リンパ球12%),血小板21万。血液生化学所見:総蛋白7.0g/dL,アルブミン3.5g/dL,総ビリルビン2.0mg/dL,直接ビリルビン1.5mg/dL,AST 35U/L,ALT 35U/L,LD 259U/L(基準124~222),ALP 220U/L(基準38~113),γ-GT 132U/L(基準13~64),アミラーゼ45U/L(基準44~132),CK 157U/L(基準59~248),尿素窒素19mg/dL,クレアチニン1.0mg/dL,尿酸7.2mg/dL,血糖198mg/dL,HbA1c 6.3%(基準4.9~6.0)。CRP 21mg/dL。胸部エックス線写真に異常を認めない。腹部単純CT(A)と腹部造影CT(B)とを下に示す。 この患者に対する検査で適切でないのはどれか。

- a.眼底検査
- b.血液培養
- c.便の直接鏡検
- d.尿中レジオネラ抗原検査
- e.肝病変部の超音波ガイド下穿刺吸引検査
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
糖尿病患者の発熱・右上腹部痛・肝腫大に、造影CTで内部が造影されない肝内低吸収域があれば肝膿瘍を考え、起炎菌としてまず肺炎桿菌を想定します。肺炎桿菌の高病原性株は眼内炎や髄膜炎などの転移性感染を起こしやすく、視力低下を伴えば内因性眼内炎を疑って直ちに眼底検査を行います。起炎菌の特定には抗菌薬投与前の血液培養と、診断と治療を兼ねる超音波ガイド下穿刺吸引が有用で、軟便を伴う成人男性では便の鏡検や血清抗体でアメーバ性肝膿瘍も鑑別します。一方、尿中レジオネラ抗原はレジオネラ肺炎の検査であり、肺炎所見のない肝膿瘍患者には意義がありません。検査を「何を確かめたいか」という目的から選ぶ姿勢は、あらゆる診療場面での検査計画の基本となります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・48歳男性。糖尿病で薬物治療中である。HbA1c 6.3%と血糖コントロールは極端に悪いわけではないが、来院時は血糖198mg/dL、尿糖3+と高血糖になっている。 ・5日前から夕方に38℃前後の発熱がある(弛張熱)。軟便も続いている。本日は悪寒戦慄を伴う発熱と、両眼の視力低下が出た。 ・眼球結膜に充血がある。右上腹部に圧痛があり、肝臓を右肋骨弓下に3cm触れる(肝腫大)。筋性防御と反跳痛はなく、腹膜炎の所見はない。 ・白血球14,600/μLと増加し、桿状核好中球が30%と多い(核の左方移動)。CRPも21mg/dLと高く、重い細菌感染症を示している。 ・直接ビリルビン優位の軽い黄疸があり、ALPとγ-GTが上昇している(胆道系酵素優位の上昇)。AST・ALTはほぼ正常である。肝臓内に占拠性病変があると、このパターンになりやすい。アミラーゼは正常で、膵炎は否定的である。胸部エックス線写真は正常で、肺炎の所見はない。 ・腹部CTでは、肝右葉に単純CTで低吸収の病変がある。造影CTでは病変の内部は造影されず、辺縁や隔壁が造影される。これは膿瘍として矛盾しない像である。
診断に至る考え方
発熱、右上腹部痛、肝腫大、強い炎症反応、そして肝内の造影されない低吸収域から、肝膿瘍と診断できる。病変の内部が造影されない点と、急性の炎症所見があることから、肝細胞癌などの腫瘍よりも膿瘍を考える。 肝膿瘍は大きく細菌性とアメーバ性に分けられる。 ・細菌性肝膿瘍:近年は肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae)による例が多い。特に糖尿病患者に多く、胆道疾患がなくても発症することがある。高病原性(hypervirulent)株では、菌が血流に乗って広がり、眼内炎、髄膜炎、肺などへの転移性感染を起こすことがある。 ・アメーバ性肝膿瘍:赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)が大腸に感染し、門脈を通って肝臓に膿瘍をつくる。成人男性に多く、性感染症としての側面もある。下痢などの腸症状を伴うことがある。 本例は糖尿病があり、両眼の視力低下と結膜充血を伴っていることから、肺炎桿菌による肝膿瘍に合併した内因性眼内炎(血流を介して菌が眼内に及ぶ眼内炎)を強く疑う。一方で、軟便を伴う成人男性の肝膿瘍であり、アメーバ性も鑑別から外せない。 したがって、ここで行う検査は次の3つの目的に沿ったものになる。①眼内炎など転移性病変の評価、②起炎菌の特定(血液培養・膿瘍の穿刺)、③アメーバ性との鑑別。肺炎の所見がない本例で、レジオネラ肺炎の診断に使う尿中抗原検査を行う意義はない。設問は「適切でない」検査を問うていることに注意する。
選択肢考察
- ×a. 眼底検査
適切な検査である。肺炎桿菌による肝膿瘍では、菌血症から内因性眼内炎を合併することがあり、短期間で失明に至りうる。本例の両眼の視力低下と結膜充血はこれを強く疑わせるため、眼科医による眼底検査(散瞳下で硝子体混濁や網脈絡膜の病変を確認する)を早急に行う必要がある。眼内炎があれば、全身の抗菌薬に加え、硝子体内への抗菌薬注射や硝子体手術も検討する。
- ×b. 血液培養
適切な検査である。悪寒戦慄を伴う発熱と左方移動を伴う白血球増加があり、菌血症が強く疑われる。抗菌薬を始める前に、血液培養を2セット以上(好気ボトルと嫌気ボトルを1組として別の部位から)採取し、起炎菌の同定と薬剤感受性の確認を行う。肝膿瘍では血液培養で起炎菌がわかることが多く、適切な抗菌薬を選ぶ根拠になる。
- ×c. 便の直接鏡検
適切な検査である。本例は軟便を伴う成人男性の肝膿瘍であり、アメーバ性肝膿瘍を鑑別する必要がある。赤痢アメーバは原虫であり、通常の細菌培養では検出できないため、新鮮な便を直接鏡検して栄養型(赤血球を貪食した虫体)や嚢子を探す。ただし、アメーバ性肝膿瘍の患者でも便から虫体が見つからないことは多く、血清の抗アメーバ抗体検査や膿瘍の穿刺液の検査を併用する。治療薬が異なる(アメーバ性ならメトロニダゾール)ため、鑑別には臨床的に大きな意味がある。
- ○d. 尿中レジオネラ抗原検査
適切でない検査である。尿中レジオネラ抗原検査は、レジオネラ肺炎の迅速診断に使う検査である(主に血清群1を検出する)。レジオネラは、循環式浴槽や冷却塔の水などに由来するエアロゾルを吸い込むことで、重症肺炎を起こす。本例は呼吸音に異常がなく、胸部エックス線写真も正常で、肺炎を疑う所見がない。また、レジオネラが肝膿瘍の起炎菌になることはまれである。したがって、本例の診療に役立つ検査ではない。
- ×e. 肝病変部の超音波ガイド下穿刺吸引検査
適切な検査である。超音波で見ながら膿瘍を穿刺して膿を吸引すれば、グラム染色・培養で起炎菌を特定でき、アメーバの検索にも使える。膿の性状(アメーバ性ではアンチョビペースト状と呼ばれる茶褐色の膿)も診断の手がかりになる。さらに、膿を吸引したりドレナージチューブを留置したりすることは、そのまま治療にもなる。本例のように大きな細菌性肝膿瘍では、抗菌薬に加えて経皮的ドレナージを行うのが一般的である。
肝膿瘍の分類と特徴
・細菌性肝膿瘍 感染経路:胆道性(胆石や悪性腫瘍による胆道閉塞)、門脈性(虫垂炎や憩室炎などの腹腔内感染)、動脈性(菌血症)、隣接臓器からの直接波及、原因不明(特発性)がある。 起炎菌:肺炎桿菌、大腸菌などのグラム陰性桿菌、嫌気性菌、レンサ球菌など。東アジアでは肺炎桿菌が最も多い。 危険因子:糖尿病、胆道疾患、胆道系の処置後、悪性腫瘍など。 ・アメーバ性肝膿瘍 赤痢アメーバの経口感染で起こる。腸管から門脈を通って肝臓に達し、右葉に単発の膿瘍をつくりやすい。 成人男性、男性同性愛者、流行地への渡航者に多く、HIV感染症などほかの性感染症の合併に注意する。 治療はメトロニダゾールが基本である。その後、腸管内に残る嚢子を除くため、パロモマイシンを追加する。
肺炎桿菌による侵襲性肝膿瘍症候群
・糖尿病患者に多く、胆道疾患がなくても肝膿瘍を起こす。 ・高病原性株(莢膜の産生が多く、粘稠性が高いhypermucoviscous株を含む)が関与し、眼内炎、髄膜炎、肺膿瘍、壊死性筋膜炎などの転移性感染を起こしうる。 ・内因性眼内炎は視力予後が悪いため、肝膿瘍の患者で目の症状(視力低下、充血、眼痛、飛蚊症)があれば、ただちに眼科診察を行う。目の症状がなくても、スクリーニングとして眼科診察を考慮する。
肝膿瘍の検査と治療
・画像:超音波、造影CT。造影CTでは、膿瘍の辺縁がリング状に造影され、内部は造影されない。多房性で隔壁を持つものもある。 ・血液検査:白血球増加、CRP上昇、胆道系酵素(ALP・γ-GT)の上昇がよくみられる。 ・起炎菌の検索:血液培養、膿瘍の穿刺液の培養。アメーバ性を疑えば、血清抗体、便の鏡検、穿刺液の検査を行う。 ・治療:抗菌薬(肺炎桿菌は、もともとアンピシリンに耐性であることに注意する。第3世代セファロスポリンなどを使い、ESBL産生菌ならカルバペネム系を使う)に加え、大きな膿瘍では経皮経肝膿瘍ドレナージを行う。効果がなければ外科的治療も考慮する。
尿中抗原検査の位置づけ
・尿中肺炎球菌抗原と尿中レジオネラ抗原は、肺炎の起炎菌を迅速に診断するための検査である。肺炎がない患者に行う意義は乏しい。
POINT
・糖尿病患者の発熱+右上腹部痛+肝内の造影されない低吸収域 → 肝膿瘍。起炎菌として肺炎桿菌を考える ・肺炎桿菌による肝膿瘍に視力低下が加われば、内因性眼内炎を考え、ただちに眼底検査を行う ・肝膿瘍の検査:血液培養、超音波ガイド下穿刺吸引(診断と治療を兼ねる) ・成人男性で下痢・軟便があれば、アメーバ性肝膿瘍を鑑別する(便の鏡検、血清の抗アメーバ抗体) ・尿中レジオネラ抗原はレジオネラ肺炎の検査であり、肺炎がない肝膿瘍の患者には不要である
