「早く死なせて」の奥にある痛み―終末期がん患者に医師がまずすべきこと
第119回医師国家試験 E問題 第34問
国試問題にチャレンジ
72歳の男性。食道癌で訪問診療を受けている。3年前に食道癌の手術を受けた。6か月前に肺と骨に多発転移が見つかり,余命数か月と告知を受けた。本人の強い希望で積極的な治療はせず,自宅で在宅療養をしている。ここ1か月で嚥下障害が進行し,体重が著しく減少した。本人は訪問診療に訪れた医師に「尊厳死宣言文書」を提示して「痛みがつらくて寝られないから早く死なせて欲しい」と訴えている。家族は本人の意向を尊重したいと言っている。 行うべき対応はどれか。
- a.胃瘻造設
- b.経過観察
- c.筋弛緩薬静注
- d.高カロリー輸液
- e.疼痛コントロール
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
ドクター
医学生
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ドクター
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ドクターまとめ
終末期がん患者の「早く死なせて欲しい」という訴えは、多くの場合、コントロールされていない疼痛や不眠などの苦痛のサインであり、全人的苦痛(トータルペイン)の視点から背景を評価して緩和することが最優先です。リビングウィルは延命処置を差し控える意思表示であり、致死的薬剤の投与を求める根拠にはならず、わが国では本人・家族の希望があっても積極的安楽死は認められていません。嚥下障害がある場合は、フェンタニル貼付剤や持続皮下注、坐剤など非経口ルートのオピオイドを用い、便秘対策や骨転移への放射線照射も併せて検討します。余命の限られた時期には胃瘻や中心静脈栄養のような侵襲的な延命・栄養療法よりも本人の意向とQOLを重視し、苦痛が和らいだ後にアドバンス・ケア・プランニングで方針を話し合います。苦痛緩和のための鎮静と安楽死の区別も含め、終末期医療の倫理と実践を結びつけて理解することが重要です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・72歳男性。3年前に食道癌手術、6か月前に肺・骨への多発転移が判明し、余命数か月と告げられている(遠隔転移を伴う進行・終末期の食道癌)。 ・本人の強い希望で抗癌治療などの積極的治療は行わず、在宅療養(訪問診療による在宅緩和ケア)を選んでいる。 ・最近1か月で嚥下障害が悪化し、体重が著明に減っている(腫瘍の局所再発・進行による通過障害や悪液質の進行が考えられる)。 ・「尊厳死宣言文書」(リビングウィル:意思表示ができなくなったときに延命処置を望まないことをあらかじめ書面で示したもの)を提示し、「痛みがつらくて寝られないから早く死なせて欲しい」と訴えている。 ・家族は本人の意向を尊重したいと考えている。
状況の読み取り
本人の「早く死なせて欲しい」という言葉の直接の理由は「痛みがつらくて寝られない」ことである。すなわち、この希死念慮(死にたいという気持ち)は、コントロールされていない身体的苦痛(骨転移などによるがん疼痛)と不眠から生じている可能性が高い。終末期患者が死を望む発言をしたとき、まず考えるべきは、その背景にある苦痛(身体的・精神的・社会的・スピリチュアルな苦痛=全人的苦痛、トータルペイン)を見つけて和らげることである。
尊厳死と安楽死の区別
リビングウィルが示しているのは、一般に「回復の見込みがない状態で延命のためだけの処置を差し控える・中止する」こと(いわゆる尊厳死、あるいは延命治療の不開始・中止)への希望である。これに対して、薬物などで積極的に死期を早める「積極的安楽死」は別物である。わが国には積極的安楽死を認める法律はなく、医師が患者の依頼に応じて致死的な薬剤を投与すれば、本人の同意があっても嘱託殺人罪などの刑事責任を問われうる。実際に医師が有罪とされた事件もある。したがって、本人や家族が希望していても、死期を早める処置は行えない。
設問の考え方
医師が行うべきことは、訴えの根本にある疼痛を十分に緩和し、睡眠を確保して、残された時間を本人らしく過ごせるよう支えることである。嚥下障害があるため、内服に頼らない経路(貼付剤、持続皮下注、坐剤など)を用いたオピオイド鎮痛薬による疼痛コントロールが中心となる。痛みが和らいだ後に、改めて本人の気持ちや価値観を聴き、本人・家族・医療ケアチームで今後の療養方針を話し合っていく(アドバンス・ケア・プランニング)。
選択肢考察
- ×a. 胃瘻造設
嚥下障害と体重減少はあるが、本人は積極的な治療を望まず自宅で過ごすことを選んでおり、いま最も困っているのは痛みと不眠である。胃瘻(内視鏡などで胃に造設する栄養チューブの入口)を造ることは、余命数か月の終末期患者にとって侵襲を伴う延命目的の処置であり、本人の意向にも、当面の訴えにも合わない。そもそも食道狭窄が高度であれば内視鏡的な造設自体が困難なこともある。
- ×b. 経過観察
「痛みがつらくて寝られない」という明確で強い苦痛の訴えがあり、それが死を望む気持ちにまでつながっている。何も手を打たずに様子を見ることは苦痛を放置することであり、緩和ケアの観点から不適切である。
- ×c. 筋弛緩薬静注
筋弛緩薬を静注すると呼吸筋が麻痺して呼吸が止まり、死に至る。これは患者の死を意図的にもたらす積極的安楽死にあたる。わが国では積極的安楽死を合法とする法律はなく、本人の依頼や家族の同意があっても嘱託殺人罪などに問われうる行為で、絶対に行ってはならない(禁忌)。また、リビングウィルは延命処置を望まない意思表示であり、致死的薬剤の投与を医師に求める根拠にはならない。加えて本例の希死念慮は疼痛が原因と考えられ、苦痛が緩和されれば気持ちが変わる可能性も高い。
- ×d. 高カロリー輸液
高カロリー輸液(中心静脈栄養)は、中心静脈カテーテルを留置して高濃度の栄養を投与する方法である。終末期の悪液質では栄養を入れても体重や筋肉量の回復は期待しにくく、むしろ過剰な輸液は浮腫・胸水・腹水・気道分泌物の増加などで苦痛を増やすことがある。本人は積極的な治療を望んでおらず、また主訴である痛みの解決にもならないため、優先すべき対応ではない。
- ○e. 疼痛コントロール
本人が死を望む直接の理由は「痛みがつらくて寝られない」ことであり、まず行うべきは苦痛の原因である疼痛の緩和である。骨転移を伴う進行がんの疼痛には、非オピオイド鎮痛薬(アセトアミノフェン、NSAIDs)に加えて、モルヒネ・オキシコドン・フェンタニルなどのオピオイド鎮痛薬を用い、必要に応じて鎮痛補助薬や骨転移に対する緩和的放射線照射も検討する。嚥下障害があるため、フェンタニル貼付剤、オピオイドの持続皮下注射、坐剤など経口以外の投与経路を選ぶ。痛みと不眠が改善することで生活の質(QOL)が向上し、希死念慮が和らぐことも多い。
全人的苦痛(トータルペイン)
終末期患者の苦痛は、身体的苦痛(痛み、呼吸困難、倦怠感など)、精神的苦痛(不安、抑うつ、いらだち)、社会的苦痛(仕事・家庭・経済の問題)、スピリチュアルな苦痛(生きる意味の喪失、死への恐怖など)が重なり合ったものとして捉える。「早く死にたい」という訴えは、これらの苦痛のサインであることが多く、訴えの背景を探って対処することが求められる。抑うつやせん妄が隠れていないかも評価する。
がん疼痛治療の基本
・WHOのがん疼痛治療の考え方では、痛みの強さに応じて鎮痛薬を選び、時間を決めて定期的に投与し、突出痛にはレスキュー薬(臨時追加投与)を用いる。 ・オピオイドの主な副作用は便秘、悪心・嘔吐、眠気である。便秘はほぼ必発で耐性が生じにくいため、下剤を予防的に併用する。 ・骨転移痛には放射線照射が有効で、骨修飾薬(ゾレドロン酸、デノスマブ)は骨関連事象の予防に用いられる。 ・経口摂取が難しいときは、貼付剤、持続皮下注、静注、坐剤などに切り替える。 ・あらゆる手段でも緩和できない耐えがたい苦痛に対しては、患者・家族の同意のもとで鎮静(苦痛緩和のための鎮静)が検討されることがある。これは苦痛を和らげることが目的であり、死期を早めることを目的とする安楽死とは区別される。
安楽死・尊厳死をめぐる整理
・積極的安楽死:薬物投与などで意図的に死期を早めること。わが国では法的に認められていない。 ・延命治療の不開始・中止(いわゆる尊厳死):回復の見込みがない場合に人工呼吸器や人工栄養などの延命処置を行わない、または中止すること。厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」では、本人の意思を基本に、家族や医療・ケアチームと繰り返し話し合って方針を決めることを求めている。 ・リビングウィル(事前指示書)は本人の意思を推定する重要な資料だが、医師に死をもたらす行為を求める根拠にはならない。
アドバンス・ケア・プランニング(ACP、愛称「人生会議」)
将来の医療・ケアについて、本人が家族や医療・ケアチームと前もって繰り返し話し合い、意思決定を支援するプロセスである。意思は変わりうるので、状況が変わるたびに話し合いを重ねる。
POINT
・終末期患者の「早く死なせて欲しい」という訴えは、まず背景にある苦痛(特にコントロール不良の疼痛)を評価・緩和する。 ・わが国では積極的安楽死は認められておらず、本人・家族の希望があっても致死的薬剤(筋弛緩薬など)の投与は禁忌である。 ・リビングウィルは延命処置の差し控えに関する意思表示であり、安楽死を求める根拠にはならない。 ・嚥下障害のある患者の疼痛管理は、貼付剤・持続皮下注・坐剤など非経口ルートのオピオイドを用いる。 ・終末期には侵襲的な延命・栄養療法(胃瘻、中心静脈栄養)よりも、本人の意向とQOLを優先する。
