冷たい足は動脈のサイン―症候から病態を逆算する5つの組合せ
第119回医師国家試験 E問題 第1問
国試問題にチャレンジ
症候と疾患の組合せで誤っているのはどれか。
- a.排尿障害 ―― 腰部脊柱管狭窄症
- b.歩行障害 ―― 頸椎性脊髄症
- c.腰背部痛 ―― 解離性大動脈瘤
- d.下肢の冷感 ―― 深部静脈血栓症
- e.膝関節腫脹 ―― 偽痛風
対話形式の解説
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ドクターまとめ
下肢の冷感は動脈血が届かないことを示す症候で、閉塞性動脈硬化症や急性動脈閉塞でみられます。一方、深部静脈血栓症は静脈還流が妨げられて血液がうっ滞するため、患肢の腫脹・疼痛・圧痛が主体であり、冷感は典型的ではありません。腰部脊柱管狭窄症では馬尾障害による排尿障害、頸椎症性脊髄症では錐体路障害による痙性歩行、大動脈解離では解離の進展に伴う腰背部痛、偽痛風では膝関節の腫脹がそれぞれ生じます。症候を「どの組織のどんな障害で起こるか」から逆算して考える習慣は、暗記に頼らない鑑別診断の基礎となり、肺血栓塞栓症などの重大な合併症を見逃さない臨床判断にもつながります。
解答・解説
正解はdです
本問は、整形外科・循環器・リウマチ領域の代表的な疾患について、その疾患で現れる典型的な症候を正しく対応づけられるかを問う一般問題である。「誤っているのはどれか」という設問なので、疾患の病態から説明できない症候を一つ選べばよい。 考え方の軸は「その症候がどの臓器・組織の障害で生じるか」である。神経(馬尾・脊髄)の圧迫であれば運動・感覚・自律神経(排尿)の障害が出る。大動脈の解離であれば裂ける痛みが背部から腰部に生じる。関節内の結晶沈着であれば関節炎(腫脹・疼痛)が生じる。一方、下肢の冷感は皮膚・組織へ流れ込む動脈血が減ること(動脈性の虚血)を示す症候である。静脈に血栓ができて還流がうっ滞する深部静脈血栓症では、血液は下肢にむしろ溜まるため、腫脹・うっ血・疼痛が主体となり、冷感は典型的ではない。 つまり「動脈が詰まる病気」と「静脈が詰まる病気」の症候の違いを区別できているかが本問の核心である。
選択肢考察
- ×a. 排尿障害 ―― 腰部脊柱管狭窄症
組合せとして正しい。腰部脊柱管狭窄症は、加齢による椎間板の膨隆、椎間関節の肥厚、黄色靱帯の肥厚などで腰椎の脊柱管が狭くなり、その中を走る馬尾や神経根が圧迫される疾患である。最も特徴的な症状は、歩くと下肢のしびれや痛みが強まり、前かがみで休むと軽快する神経性間欠跛行である。膀胱や直腸を支配する神経(仙髄由来の神経)は馬尾の中を通るため、馬尾が強く圧迫される馬尾型・重症例では、排尿障害(頻尿・残尿感・排尿遅延など)や便秘、会陰部の感覚障害といった膀胱直腸障害を伴うことがある。膀胱直腸障害の出現は手術を考慮する重要な所見である。
- ×b. 歩行障害 ―― 頸椎性脊髄症
組合せとして正しい。頸椎性脊髄症(頸椎症性脊髄症)は、加齢に伴う椎体の骨棘形成、椎間板の後方膨隆、黄色靱帯の肥厚・たわみなどによって頸部の脊髄が圧迫される疾患である。脊髄の中を下行する錐体路(皮質脊髄路)が障害されるため、下肢は痙性(つっぱり)となり、足が前に出にくい・ふらつく・階段で手すりが必要になるといった痙性歩行障害を生じる。下肢腱反射の亢進やBabinski徴候などの病的反射もみられる。上肢では手指の巧緻運動障害(箸が使いにくい、ボタンがかけにくい)が代表的で、進行すると膀胱直腸障害も加わる。
- ×c. 腰背部痛 ―― 解離性大動脈瘤
組合せとして正しい。解離性大動脈瘤(現在は大動脈解離と呼ぶのが一般的)は、大動脈の内膜に亀裂が入り、中膜の層の間に血液が流れ込んで大動脈壁が二層に裂ける疾患である。典型例では、突然発症する「引き裂かれるような」激烈な胸背部痛が起こり、痛みは発症時に最も強い。解離が胸部から腹部大動脈へ下方に進展すると、痛みも背部から腰部へと移動していく。したがって腰背部痛は大動脈解離の重要な症候であり、急な腰背部痛を診たら必ず鑑別に挙げるべき致死的疾患である。左右上肢の血圧差、脈拍欠損なども診断の手がかりになる。
- ○d. 下肢の冷感 ―― 深部静脈血栓症
これが誤った組合せであり、正解である。深部静脈血栓症(deep vein thrombosis:DVT)は下肢などの深部静脈に血栓ができ、静脈血の還流が妨げられる疾患である。動脈からの血液の流入は保たれているのに流出だけが障害されるため、下肢には血液がうっ滞し、患肢の腫脹(左右差のある浮腫)、疼痛・圧痛、皮膚の発赤や暗赤色調の変化、表在静脈の怒張などが出現する。うっ血のためむしろ熱感を伴うこともあり、冷感は典型的な症候ではない。下肢の冷感をきたすのは、閉塞性動脈硬化症(末梢動脈疾患)や急性動脈閉塞(塞栓症・血栓症)など、動脈血の流入が減る疾患である。急性動脈閉塞では疼痛(pain)・蒼白(pallor)・脈拍消失(pulselessness)・知覚異常(paresthesia)・運動麻痺(paralysis)の「5P」が知られ、冷感も伴う。なお、DVTでも腸骨大腿静脈の広範な閉塞で動脈血流まで障害される有痛性青股腫(phlegmasia cerulea dolens)のような特殊な重症型はあるが、一般的な症候とはいえない。
- ×e. 膝関節腫脹 ―― 偽痛風
組合せとして正しい。偽痛風はピロリン酸カルシウム(calcium pyrophosphate:CPP)結晶が関節内に沈着・遊離して起こる急性結晶誘発性関節炎であり、高齢者に多い。好発部位は膝関節で、次いで手関節・肩関節などにみられる。急性発作では関節の腫脹・疼痛・熱感・発赤が生じ、関節液の貯留を伴う。全身症状として発熱やCRP上昇などの炎症反応高値を示すことも多く、高齢者の不明熱の原因にもなる。診断は関節液中の正の弱い複屈折性を示すCPP結晶の証明や、X線での半月板などの軟骨石灰化像による。
動脈閉塞と静脈閉塞の症候の違い
・動脈性(閉塞性動脈硬化症、急性動脈閉塞など): 血液が届かない → 冷感、蒼白、しびれ、脈拍の減弱・消失、間欠跛行(血管性)、潰瘍・壊疽。 ・静脈性(深部静脈血栓症など): 血液が戻れない → 腫脹(浮腫)、疼痛・圧痛、うっ血による暗赤色調、表在静脈の怒張、熱感。
深部静脈血栓症(DVT)の要点
・危険因子: Virchowの三徴(血流のうっ滞・血管内皮障害・血液凝固能亢進)。長期臥床、術後(特に整形外科の下肢手術)、悪性腫瘍、妊娠・産褥、経口避妊薬、長時間の座位(いわゆるエコノミークラス症候群)など。 ・身体所見: 下腿の腫脹・圧痛、Homans徴候(足関節を背屈させると腓腹部が痛む)。ただし特異度は低い。 ・検査: Dダイマーは陰性であれば除外に有用。確定には下肢静脈超音波検査(圧迫しても静脈がつぶれない)を用いる。 ・最大の合併症は肺血栓塞栓症である。
間欠跛行の鑑別
・神経性(腰部脊柱管狭窄症): 前屈位や座位で軽快し、立ち止まるだけでは改善しにくい。足背動脈の拍動は保たれる。 ・血管性(閉塞性動脈硬化症): 姿勢に関係なく立ち止まるだけで軽快する。足背動脈の拍動減弱、足関節上腕血圧比(ABI)の低下(0.9以下)がみられ、下肢の冷感を伴う。
頸椎症性脊髄症の症候
手指巧緻運動障害、手のしびれ、痙性歩行、四肢腱反射亢進・病的反射、進行例で膀胱直腸障害。
POINT
・下肢の冷感は動脈血流の低下(閉塞性動脈硬化症、急性動脈閉塞)を示す症候であり、深部静脈血栓症の典型症状は患肢の腫脹・疼痛・圧痛である。 ・腰部脊柱管狭窄症: 神経性間欠跛行が特徴。馬尾障害が強いと膀胱直腸障害(排尿障害)をきたす。 ・頸椎症性脊髄症: 手指巧緻運動障害と痙性歩行障害、腱反射亢進。 ・大動脈解離: 突然の激烈な胸背部痛で、解離の進展とともに腰部へ移動する。 ・偽痛風: CPP結晶による高齢者の急性関節炎で、膝関節が好発部位。発熱・炎症反応上昇を伴うことがある。
