風邪のあとに目が動かない―Fisher症候群から読み解く「分子相同性」の病態
第119回医師国家試験 A問題 第46問
国試問題にチャレンジ
48歳の女性。ふらつきと複視を主訴に来院した。10日前に38℃の発熱と咽頭痛が出現したため,自宅近くの診療所で総合感冒薬の処方を受け,7日前に症状が改善した。2日前からテレビの画面が二重に見えることに気付いた。昨日から歩行時にふらついて転びそうになることが増えてきたため受診した。意識は清明。体温36.5℃。脈拍68/分,整。血圧120/68mmHg。心音と呼吸音とに異常を認めない。神経診察では,両眼とも垂直,水平方向の眼球運動制限を認め,正面視以外で複視を自覚する。眼振は認めない。四肢筋力は正常だが,四肢腱反射はすべて消失している。Babinski徴候は陰性。膝踵試験は両側とも拙劣で,歩行は可能だが歩隔は広く不安定である。感覚障害は認めない。尿所見と血液所見に異常を認めない。 この患者と同様の発症機序と考えられるのはどれか。
- a.重症筋無力症
- b.多発性硬化症
- c.進行性核上性麻痺
- d.Guillain-Barré症候群
- e.筋萎縮性側索硬化症〈ALS〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
先行感染の1〜3週後に外眼筋麻痺・運動失調・腱反射消失の3徴が急性に出現すればFisher症候群を考え、意識障害や飲酒・低栄養の背景があればWernicke脳症、錐体路徴候や片側性症状があれば脳幹病変を疑います。Fisher症候群は、病原体の糖鎖と末梢神経のガングリオシドとの分子相同性により生じた抗ガングリオシド抗体(特に抗GQ1b IgG抗体)が神経を障害する病態で、Guillain-Barré症候群の亜型に位置づけられます。重症筋無力症は神経筋接合部、多発性硬化症は中枢神経の髄鞘が標的であり、進行性核上性麻痺やALSは緩徐進行性の変性疾患である点で区別できます。Guillain-Barré症候群では呼吸筋麻痺や自律神経障害に注意し、治療は免疫グロブリン大量静注療法または血漿交換が中心です。「どこが」「どんな機序で」障害されているかを所見から推論する姿勢は、神経疾患の鑑別全般に通じる基本になります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・10日前に発熱と咽頭痛があり、約1週間前に軽快している(上気道感染の先行)。 ・その数日後から複視、続いて歩行時のふらつきが出現し、急性に進行している。 ・両眼の垂直・水平方向の眼球運動制限 → 特定の脳神経一本ではなく、複数の外眼筋が障害された外眼筋麻痺。 ・四肢筋力は正常だが、四肢の腱反射がすべて消失 → 末梢神経(反射弓)の障害を示唆する。Babinski徴候陰性で錐体路障害の所見はない。 ・膝踵試験拙劣、歩隔の広い不安定歩行 → 運動失調。感覚障害はなく、筋力低下もないので、感覚性失調や筋力低下によるふらつきでは説明しにくい。 ・意識清明、バイタルサインや尿・血液所見に異常なし。
診断
先行感染の後に、外眼筋麻痺・運動失調・腱反射消失の3徴が急性に出そろっており、Fisher症候群(Miller Fisher症候群)の典型像である。同じ3徴はWernicke脳症(ビタミンB1欠乏)でもみられうるが、Wernicke脳症では意識障害を伴うことが多く、アルコール多飲や低栄養の背景も記載がないため否定的である。脳幹梗塞などの中枢病変であれば、腱反射消失よりも錐体路徴候や片側性の症状を伴うことが多い。
設問の考え方
Fisher症候群は、感染の後に、病原体の糖鎖と末梢神経のガングリオシドとが似ているために生じた自己抗体(主に抗GQ1b IgG抗体)が神経を障害する、免疫介在性の末梢神経障害である。Guillain-Barré症候群(GBS)の亜型(GBSスペクトラムの一病型)に位置づけられ、発症機序が共通する疾患としてGBSを選ぶ。他の選択肢には自己免疫疾患(重症筋無力症、多発性硬化症)も含まれるが、標的(神経筋接合部、中枢神経の髄鞘)と病態が異なる点に注意する。
選択肢考察
- ×a. 重症筋無力症
重症筋無力症は、神経筋接合部のシナプス後膜にあるアセチルコリン受容体(一部は筋特異的受容体型チロシンキナーゼ〈MuSK〉など)に対する自己抗体により、神経から筋への伝達が障害される疾患である。眼瞼下垂や複視をきたす点は似るが、症状は筋の易疲労性と日内変動(夕方に悪化)が特徴で、腱反射は保たれ、運動失調も生じない。自己免疫疾患ではあるが、感染後の分子相同性による末梢神経障害という本症例の機序とは異なり、胸腺腫などの胸腺異常との関連が深い。
- ×b. 多発性硬化症
多発性硬化症は、中枢神経(脳・脊髄・視神経)の髄鞘を標的とする自己免疫的な炎症性脱髄疾患で、再発と寛解を繰り返し、病変が時間的・空間的に多発するのが特徴である。中心となる自己抗原は特定されていない。急性に複視や失調を生じることはあるが、中枢神経の病変であるため腱反射はむしろ亢進し、Babinski徴候などの錐体路徴候を伴いやすい。末梢神経が障害される本症例とは病変部位・機序が異なる。
- ×c. 進行性核上性麻痺
進行性核上性麻痺は、異常にリン酸化されたタウ蛋白が神経細胞とグリア細胞に蓄積し、淡蒼球・視床下核・黒質、脳幹被蓋、小脳歯状核などの神経細胞が脱落する神経変性疾患である。垂直方向(特に下方視)の核上性眼球運動障害、易転倒性、体幹優位の筋強剛などを呈するが、緩徐に進行する疾患であり、感染後に急性発症することはない。腱反射も消失しない。
- ○d. Guillain-Barré症候群
Guillain-Barré症候群は、Campylobacter jejuni、サイトメガロウイルス、Mycoplasma pneumoniaeなどによる先行感染の後、病原体の糖鎖と末梢神経のガングリオシドとの分子相同性によって自己抗体(抗ガングリオシド抗体)が産生され、末梢神経が障害される急性の免疫介在性ニューロパチーである。Fisher症候群はその亜型で、眼球運動を支配する神経(動眼・滑車・外転神経)に多く分布するGQ1bに対する抗体が高率に検出される。先行感染、抗ガングリオシド抗体、腱反射消失、髄液の蛋白細胞解離、単相性の経過などの特徴を共有し、同じ発症機序の疾患といえる。
- ×e. 筋萎縮性側索硬化症〈ALS〉
筋萎縮性側索硬化症は、上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの両方が進行性に脱落する神経変性疾患である。筋萎縮・筋力低下・線維束性収縮と、腱反射亢進などの上位運動ニューロン徴候が併存する。眼球運動や感覚は末期まで保たれやすく、自己免疫機序の疾患でもないため、本症例とは発症機序が異なる。
Fisher症候群
・先行感染(上気道炎が多い)の1〜3週後に、外眼筋麻痺・運動失調・腱反射消失の3徴が急性に出現する。眼瞼下垂や瞳孔異常、顔面神経麻痺、球麻痺を伴うこともある。 ・血清の抗GQ1b IgG抗体が高率(おおむね8〜9割)に陽性となり、診断的価値が高い。GQ1bは動眼・滑車・外転神経の傍絞輪部や、筋紡錘からの求心線維などに多く含まれ、これが眼球運動障害や失調の出現と関係すると考えられている。 ・髄液では、発症から1週間以上たつと蛋白が増加するのに細胞数は正常という蛋白細胞解離がみられることがある。 ・単相性で、多くは数か月で自然に回復し予後は良好である。重症例や四肢筋力低下を伴う例では免疫グロブリン大量静注療法や血漿交換を考慮する。 ・一部はGBSの四肢麻痺を合併したり、意識障害や錐体路徴候を伴うBickerstaff脳幹脳炎に移行したりする。これらは抗GQ1b抗体を共有する一連の病態(抗GQ1b抗体症候群)と考えられている。
Guillain-Barré症候群
・先行感染の後に、両側性・弛緩性の四肢筋力低下が急速に進行し、腱反射が低下・消失する。進行のピークは発症後4週以内である。 ・病型には脱髄型(急性炎症性脱髄性多発ニューロパチー)と軸索型(急性運動性軸索型ニューロパチー)があり、C. jejuni感染後は軸索型が多く、抗GM1抗体などとの関連が知られる。 ・呼吸筋麻痺や自律神経障害(不整脈、血圧変動)が生命予後に関わるため、急性期は慎重な監視が必要である。 ・治療は免疫グロブリン大量静注療法または血漿交換。副腎皮質ステロイド単独の有効性は示されていない。
外眼筋麻痺・失調・腱反射消失の鑑別
Wernicke脳症(ビタミンB1欠乏)では眼球運動障害・失調に意識障害が加わり、アルコール多飲・低栄養・妊娠悪阻などが背景となる。脳幹の血管障害や脳炎では、意識障害、錐体路徴候、半身性の症状などを伴うことが多い。
POINT
・先行感染+外眼筋麻痺・運動失調・腱反射消失 → Fisher症候群。 ・Fisher症候群はGuillain-Barré症候群の亜型で、分子相同性による抗ガングリオシド抗体(特に抗GQ1b抗体)が関与する。 ・重症筋無力症(神経筋接合部・抗AChR抗体)、多発性硬化症(中枢神経の脱髄・腱反射亢進)とは標的と病態が異なる。 ・Wernicke脳症との鑑別には、意識障害の有無と栄養・飲酒歴が役立つ。
