足先から忍び寄るしびれ―放置された糖尿病が神経に刻む「靴下型」のサイン
第120回医師国家試験 D問題 第72問
国試問題にチャレンジ
45歳の男性。夜間のこむら返りと起立時のめまいを主訴に来院した。10年前に高血糖を指摘されたが医療機関を受診しなかった。血圧142/84mmHg。尿所見:蛋白+,糖3+,ケトン体(-)。血液生化学所見:血糖212mg/dL,HbA1c 9.6%(基準4.9~6.0)。 神経診察で予想される異常はどれか。2つ選べ。
- a.片側性の筋力低下
- b.四肢協調運動の障害
- c.アキレス腱反射の亢進
- d.足先および足底の触覚の鈍麻
- e.足関節内果における振動覚の低下
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
糖尿病神経障害で最も多い遠位対称性多発神経障害は長さ依存性の障害で、足先から左右対称に靴下型の分布で進みます。そのため神経診察では、足先・足底の触覚や痛覚・温度覚の鈍麻、足関節内果での振動覚低下、アキレス腱反射の低下〜消失が予想されます。腱反射の亢進は上位運動ニューロン障害を示し、片側性の筋力低下は中枢病変や単神経障害を考えるべき所見で、典型像には合いません。起立性低血圧などの自律神経症状やこむら返りも糖尿病神経障害を示唆する手がかりであり、細い線維が主に障害される初期には反射や振動覚が保たれることもあります。神経障害は三大合併症のなかで最も早く現れやすく、足潰瘍の予防や無痛性心筋虚血への注意につながるため、診察所見の意味を正しく理解しておくことが重要です。
解答・解説
正解はd, eです
所見の整理
・45歳男性。10年前に高血糖を指摘されたまま放置しており、少なくとも10年程度の罹病期間をもつ糖尿病と考えられる。 ・血糖212mg/dL、HbA1c 9.6%と血糖コントロールは明らかに不良である。 ・尿糖3+は高血糖による糖排泄、尿蛋白+は糖尿病関連腎臓病(糖尿病性腎症)の合併を示唆する。ケトン体は陰性で、ケトアシドーシスのような急性代謝失調はない。 ・主訴の「起立時のめまい」は起立性低血圧、すなわち自律神経障害を疑わせる症状である。 ・「夜間のこむら返り(有痛性筋痙攣)」は脱水・電解質異常・腎疾患など多くの原因で起こるが、糖尿病神経障害では比較的早い時期からみられる症状として知られる。
診断の考え方
長期間放置された糖尿病に、腎症を思わせる蛋白尿、自律神経症状(起立性低血圧)、こむら返りが揃っている。細小血管合併症(神経障害・網膜症・腎症)が進行している状態と考えられ、これらを一元的に説明できるのは糖尿病神経障害である。最も頻度が高い病型は、左右対称に足先から始まる遠位対称性多発神経障害(distal symmetric polyneuropathy:DSPN)である。
設問へのアプローチ
DSPNは長さ依存性(length-dependent)の軸索障害であり、最も長い神経線維の末端、つまり足先から障害が始まり、進行すると靴下型(さらに手袋・靴下型)に上行して広がる。したがって神経診察では、 ・足先・足底の感覚低下(触覚・痛覚・温度覚) ・足関節内果(くるぶし)での振動覚低下 ・アキレス腱反射の低下〜消失 が左右対称に出現すると予想される。これに対し、片側性の所見や、腱反射の亢進のような上位運動ニューロン徴候は糖尿病神経障害の典型像から外れる。
選択肢考察
- ×a. 片側性の筋力低下
糖尿病神経障害の主体であるDSPNは左右対称性が原則であり、片側性の所見はまず予想されない。また筋力低下は大径有髄線維である運動神経の脱落が進み、神経再支配でも代償しきれなくなって初めて現れるため、DSPNでは病期がかなり進んでからの所見である。片側性の筋力低下をみた場合には、脳梗塞などの中枢病変や単神経障害、糖尿病性筋萎縮症(腰仙部神経根神経叢障害)などの非典型的病型を別に考える必要がある。
- ×b. 四肢協調運動の障害
四肢の協調運動障害は、主として小脳性運動失調でみられる所見である。末梢神経障害でも関節位置覚を伝える大径有髄線維が近位側まで広く失われれば感覚性運動失調として協調運動が乱れることはあるが、それは相当進行した段階である。本例のように早期から現れる症状(こむら返り・自律神経症状)が中心の段階で予想される所見ではない。
- ×c. アキレス腱反射の亢進
腱反射は、筋紡錘からの求心性線維(Ia線維)と運動神経(α運動ニューロン)からなる反射弓で成り立つ。末梢神経障害ではこの反射弓が障害されるため、腱反射は低下ないし消失する。特にアキレス腱反射は反射弓の経路が長く、糖尿病神経障害で比較的早期から低下しやすい。反射の亢進は錐体路障害などの上位運動ニューロン障害を示す所見であり、本例には合わない。
- ○d. 足先および足底の触覚の鈍麻
DSPNは軸索の長さに依存して障害されるため、最も遠位にあたる足先・足底から感覚障害が出現し、左右対称に靴下型の分布をとる。触覚や痛覚・温度覚の鈍麻は糖尿病神経障害の典型的な感覚所見であり、本例で予想される異常である。臨床では10gモノフィラメントを用いた足底の触圧覚検査が簡便なスクリーニングとして用いられ、感覚低下は足潰瘍・壊疽のリスク評価にも重要である。
- ○e. 足関節内果における振動覚の低下
振動覚は大径有髄線維(後索系)で伝えられる感覚であり、長さ依存性の障害を受けるため、下肢遠位の足関節内果で比較的早期から低下する。128Hz音叉を内果に当て、振動を感じなくなるまでの時間を測る方法が一般的で、短縮(目安として10秒以下)は糖尿病神経障害の判定に用いられる。本例で予想される典型的な異常である。
糖尿病神経障害の分類
・多発神経障害:遠位対称性多発神経障害(DSPN、感覚・運動神経障害)と自律神経障害。最も頻度が高い。 ・単神経障害:動眼神経麻痺などの脳神経障害、手根管症候群などの絞扼性障害、体幹の神経根障害など。急性発症で非対称性のことが多い。 ・糖尿病性筋萎縮症(腰仙部神経根神経叢障害):大腿部の痛みと非対称性の近位筋萎縮・筋力低下をきたすまれな病型。
DSPNの経過と線維の種類
・早期には小径線維(無髄C線維・薄い有髄Aδ線維)が障害されやすく、しびれ・痛み・温痛覚低下、自律神経症状として現れる。 ・大径有髄線維(Aα・Aβ)が障害されると、振動覚・位置覚低下、腱反射低下が加わる。 ・腱反射や振動覚、神経伝導検査(伝導速度・振幅)は主に大径有髄線維の機能を反映するため、小径線維のみが障害されている段階では異常が出にくい。この段階では温痛覚の低下や自律神経症状の有無が診断の手がかりとなる。 ・進行すると筋萎縮・筋力低下、感覚性運動失調がみられることもある。
自律神経障害の主な症状
起立性低血圧、安静時頻脈・心拍変動の低下、無痛性心筋虚血、胃不全麻痺、下痢・便秘、発汗異常、神経因性膀胱、勃起障害、無自覚性低血糖など。
糖尿病神経障害の簡易診断基準(糖尿病性神経障害を考える会)の要点
糖尿病神経障害以外の原因を除外したうえで、①両側性の自覚症状、②両側アキレス腱反射の低下・消失、③両側内果振動覚の低下(C128音叉で10秒以下)のうち2項目以上を満たせば神経障害ありとする。
POINT
・糖尿病神経障害で最も多いのは遠位対称性多発神経障害であり、長さ依存性に足先から左右対称に障害される。 ・予想される所見:足先・足底の感覚鈍麻、足関節内果の振動覚低下、アキレス腱反射の低下〜消失。 ・片側性の筋力低下や腱反射亢進は典型像に合わず、中枢病変や単神経障害などを考える。 ・起立性低血圧などの自律神経症状やこむら返りも糖尿病神経障害を示唆する。 ・糖尿病の三大合併症(神経障害・網膜症・腎症)のうち、神経障害は最も早期から現れやすい。
