硬く、つぶれ、酸素が届かない肺―サーファクタント減少から読み解くARDSの呼吸生理
第118回医師国家試験 D問題 第8問
国試問題にチャレンジ
急性呼吸窮迫症候群〈ARDS〉の病態で正しいのはどれか。
- a.気道抵抗低下
- b.肺血管抵抗低下
- c.肺内シャント減少
- d.肺コンプライアンス増加
- e.肺サーファクタント減少
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
ARDSは敗血症や肺炎などを契機に肺胞上皮と血管内皮が傷害されて生じる透過性亢進型肺水腫で、心原性肺水腫とは機序が異なります。II型肺胞上皮細胞の傷害と漏出蛋白による阻害で肺サーファクタントが減少し、表面張力の上昇から肺胞が虚脱するため、肺コンプライアンスは低下し、換気のない肺胞を血流が通過して肺内シャントが増加します。さらに低酸素性肺血管攣縮や浮腫・微小血栓により肺血管抵抗は上昇し、気道の浮腫や肺容量減少で気道抵抗も上昇します。シャントが主因の低酸素血症は酸素投与だけでは改善しにくく、原因治療に加えて肺保護換気・PEEP・腹臥位療法が治療の柱となり、新生児RDSと違ってサーファクタント補充の有効性は確立していません。病態の流れを一本の線で理解しておくことは、試験だけでなくICUでの人工呼吸管理を理解する土台になります。
解答・解説
正解はeです
問われていること
急性呼吸窮迫症候群(ARDS:acute respiratory distress syndrome)で生じる呼吸生理の変化を正しく理解しているかを問う問題である。
ARDSの病態の流れ
ARDSは、敗血症、肺炎、誤嚥、重症外傷、急性膵炎、大量輸血などをきっかけに、肺に急性の炎症が起こる症候群である。活性化した好中球が肺に集まり、活性酸素や蛋白分解酵素(エラスターゼなど)を放出して、肺胞上皮と肺毛細血管内皮の両方を傷害する。その結果、血管の透過性が亢進し、蛋白に富んだ滲出液が間質と肺胞腔内にあふれ出る(透過性亢進型肺水腫)。心不全による肺水腫(静水圧上昇型)とは発生機序が異なる。 この過程で次の変化が連鎖的に起こる。 (1)肺胞表面を覆う肺サーファクタントを産生するII型肺胞上皮細胞が傷害され、サーファクタントの産生・分泌が減る。さらに肺胞内に漏れ出た血漿蛋白がサーファクタントの働きを妨げる。 (2)サーファクタントが失われると肺胞の表面張力が上昇し、特に呼気終末に肺胞がつぶれやすくなる(無気肺)。 (3)水腫や虚脱で含気のない肺胞が増え、肺は硬く膨らみにくくなる(肺コンプライアンス低下)。換気に使える肺の容量が小さくなる状態は「baby lung」と表現される。 (4)換気のない肺胞にも血流は流れ続けるため、酸素化されないまま静脈血が動脈側に戻る(肺内シャント増加)。このため酸素投与だけでは改善しにくい重度の低酸素血症となる。 (5)低酸素性肺血管攣縮、微小血栓、間質の浮腫による血管圧排により肺血管抵抗が上昇し、肺高血圧から右心負荷をきたしうる。 この流れを押さえておけば、各選択肢の「上昇・低下」「増加・減少」の向きを判断できる。
選択肢考察
- ×a. 気道抵抗低下
ARDSでは、小気道の周囲の間質に水分がたまる間質性浮腫、気道粘膜のむくみ、気道内の滲出液貯留により気道の内腔が狭くなる。さらに肺容量が減少すると気道を外側に引っ張る力も弱まり、気道は細くなる。したがって気道抵抗は上昇する。誤り。
- ×b. 肺血管抵抗低下
換気が悪い領域では低酸素性肺血管攣縮が起こる。加えて、間質の浮腫による肺血管の外からの圧迫、血管内皮傷害に伴う微小血栓の形成、人工呼吸の陽圧なども加わり、肺血管抵抗は上昇する。その結果、肺高血圧や急性肺性心(右心不全)を生じることがある。誤り。
- ×c. 肺内シャント減少
滲出液で満たされた肺胞やつぶれた肺胞では換気が失われるが、そこを流れる血流は保たれる。換気のない部分を通過した血液は酸素を受け取らずに動脈血に混ざるため、肺内シャント(右左シャント)は増加する。シャントによる低酸素血症は吸入酸素濃度を上げても改善しにくいのが特徴で、ARDSの難治性低酸素血症の主因である。誤り。
- ×d. 肺コンプライアンス増加
肺コンプライアンスは、一定の圧をかけたときに肺がどれだけ膨らむか(容量変化÷圧変化)を示す指標である。ARDSでは間質・肺胞の浮腫、サーファクタント減少による肺胞虚脱、後期には線維化が起こり、膨らむことのできる肺胞が減るため、肺は硬くなりコンプライアンスは低下する。コンプライアンスが増加するのは肺気腫などである。誤り。
- ○e. 肺サーファクタント減少
肺サーファクタントはII型肺胞上皮細胞が分泌するリン脂質(主にジパルミトイルホスファチジルコリン)と蛋白質の混合物で、肺胞内面の表面張力を下げて肺胞の虚脱を防ぐ。ARDSでは強い炎症によりII型肺胞上皮細胞が傷害されて産生・分泌が減少し、さらに肺胞内に漏出した血漿蛋白などによって残ったサーファクタントの機能も低下する。その結果、表面張力が上昇して肺胞が虚脱し、コンプライアンス低下とシャント増加を介して酸素化が著しく悪化する。正しい。
ARDSの診断基準(Berlin定義、2012年)
・発症時期:既知の誘因や呼吸症状の新規出現・悪化から1週間以内 ・胸部画像:胸水、無気肺、結節では説明できない両側性の陰影 ・肺水腫の原因:心不全や輸液過剰だけでは説明できない呼吸不全(危険因子がない場合は心エコーなどで静水圧性肺水腫を除外する) ・酸素化:PEEP(またはCPAP)5 cmH2O以上の条件下で、PaO2/FIO2比により軽症(200超300以下)、中等症(100超200以下)、重症(100以下)に分類 2023年には国際的な新定義(Global definition)が提唱され、高流量鼻カニュラ酸素療法(30 L/分以上)施行中の患者や、SpO2/FIO2比、肺エコーによる評価も取り入れられた。
主な原因
・直接損傷:肺炎(最多)、胃内容物の誤嚥、肺挫傷、溺水、有毒ガス吸入 ・間接損傷:敗血症(重要)、重症外傷、急性膵炎、大量輸血(輸血関連急性肺障害:TRALI)、熱傷、薬物
病期と病理
・滲出期(発症〜約1週):びまん性肺胞傷害(DAD)。肺胞内の滲出液と硝子膜形成が特徴。 ・器質化(増殖)期:II型肺胞上皮細胞の増殖、線維芽細胞の増生。 ・線維化期:肺の線維化が進行し、予後不良となる。
治療の要点
原因疾患の治療が基本である。呼吸管理では、肺の過膨張による人工呼吸器関連肺傷害を防ぐ肺保護換気(1回換気量を予測体重あたり6 mL/kg程度に抑え、プラトー圧を30 cmH2O以下に保つ)と、適切なPEEPによる肺胞虚脱の防止が中心となる。中等症〜重症では腹臥位療法が予後を改善する。最重症例では体外式膜型人工肺(ECMO)が考慮される。なお、新生児呼吸窮迫症候群(RDS)とは異なり、成人のARDSに対するサーファクタント補充療法の有効性は確立していない。
新生児RDSとの比較
新生児RDSは早産児の肺の未熟性によるサーファクタントの一次的欠乏が原因である。ARDSは炎症による二次的なサーファクタント減少・機能障害であり、主病態は透過性亢進型肺水腫である。
POINT
・ARDSは肺胞上皮・血管内皮の傷害による透過性亢進型肺水腫で、心原性肺水腫ではない。 ・サーファクタント減少→表面張力上昇→肺胞虚脱という流れを押さえる。 ・ARDSで「増える・上がる」もの:肺内シャント、気道抵抗、肺血管抵抗。 ・ARDSで「減る・下がる」もの:肺サーファクタント、肺コンプライアンス、機能的残気量、PaO2/FIO2比。 ・シャントが主因のため、酸素投与だけでは低酸素血症が改善しにくい。治療は原因治療と肺保護換気・PEEP・腹臥位。
