血は固まりやすいのにAPTTは延びる―抗リン脂質抗体症候群の「逆説」と妊娠管理
第117回医師国家試験 D問題 第6問
国試問題にチャレンジ
抗リン脂質抗体症候群で正しいのはどれか。
- a.血小板が増加する。
- b.永続的な妊娠の禁止を要する。
- c.プロトロンビン時間が短縮する。
- d.妊娠高血圧症候群の高リスクである。
- e.副腎皮質ステロイドが第一選択薬である。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
抗リン脂質抗体症候群は、ループスアンチコアグラント・抗カルジオリピン抗体・抗β2-GPI抗体などが持続的に存在し、動静脈血栓症と妊娠合併症を繰り返す自己免疫疾患です。生体内では血栓傾向なのに試験管内ではAPTTが延長し(PTは通常正常)、血小板は減少することがあるという逆説的な検査所見が特徴です。胎盤障害により習慣流産や子宮内胎児死亡、妊娠高血圧症候群のリスクが高まりますが、妊娠は禁止せず低用量アスピリンとヘパリンで管理し、催奇形性のあるワルファリンは避けます。治療の基本はステロイドではなく抗血栓療法であり、ステロイドはSLE合併例や劇症型APSに限って用います。若年性脳梗塞や不育症の背景にAPSが潜むことを知っておくことは、内科・産科・神経内科のどの現場でも役立ちます。
解答・解説
正解はdです
抗リン脂質抗体症候群(antiphospholipid syndrome:APS)は、リン脂質やリン脂質に結合する蛋白(β2-グリコプロテインI〈β2-GPI〉、プロトロンビンなど)に対する自己抗体(抗リン脂質抗体)が持続的に存在し、動脈・静脈の血栓症や妊娠合併症(流死産、妊娠高血圧症候群など)を繰り返す自己免疫疾患である。全身性エリテマトーデス(SLE)などの膠原病に合併する続発性と、基礎疾患のない原発性がある。 本問はAPSの「検査所見」「妊娠との関係」「治療」を一通り理解しているかを問う。押さえるべき考え方は次の3点である。 1. 検査所見:血栓ができやすい病態でありながら、試験管内ではリン脂質依存性の凝固反応が抗体に邪魔されて活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)が延長する、という逆説的な所見を示す。また血小板は増加ではなく減少することがある。 2. 妊娠:抗体が胎盤の血管や栄養膜細胞を障害するため、習慣流産・不育症、子宮内胎児死亡、妊娠高血圧症候群、胎盤機能不全による胎児発育不全・早産などのリスクが高い。ただし低用量アスピリンとヘパリンによる治療で生児を得られる可能性が高まるため、妊娠を一律に禁止するわけではない。 3. 治療:抗体そのものをステロイドで消すことはできないため、治療の基本は抗血栓療法(抗凝固薬・抗血小板薬)である。 これらに照らすと、正しい記述はdである。
選択肢考察
- ×a. 血小板が増加する。
誤り。APSでは血小板減少がしばしばみられる(2~4割程度)。抗リン脂質抗体が活性化した血小板の表面に出てくるリン脂質に結合して破壊を促すこと、血小板自体に対する自己抗体が併存すること、血栓形成で血小板が消費されることなどが機序と考えられている。減少の程度は多くが軽度~中等度で、血小板減少があっても血栓リスクは低下しない点に注意する。
- ×b. 永続的な妊娠の禁止を要する。
誤り。APSは不育症(流産・死産を繰り返し生児が得られない状態)の代表的な原因であり、妊娠はハイリスクとなるが、妊娠そのものを永続的に禁止する必要はない。妊娠中に低用量アスピリンとヘパリン(未分画ヘパリンの皮下注射など)を併用すると生児獲得率が大きく改善する。リスクを十分説明したうえで計画的に妊娠し、産科・内科が連携して管理する。なお、血栓症の既往でワルファリンを服用している女性は、ワルファリンに催奇形性があるため、妊娠が判明したら(できれば妊娠前から)ヘパリンに切り替える。
- ×c. プロトロンビン時間が短縮する。
誤り。APSで特徴的なのはAPTTの延長である。ループスアンチコアグラント(LA)は、試験管内でリン脂質を必要とする凝固反応を阻害する抗体の総称で、試薬中のリン脂質が少ないAPTTで延長が目立つ。患者血漿に正常血漿を混ぜてもAPTTが是正されない(クロスミキシング試験で「インヒビターパターン」を示す)ことも特徴である。プロトロンビン時間(PT)は通常正常であり、短縮はしない。血液検査上は凝固時間が延長するのに、生体内では血栓傾向を示すという逆説がAPSの重要なポイントである。
- ○d. 妊娠高血圧症候群の高リスクである。
正しい。抗リン脂質抗体は胎盤の絨毛(栄養膜細胞)や脱落膜の血管を障害し、胎盤の血栓形成、補体活性化、栄養膜細胞の浸潤障害による胎盤形成不全を引き起こす。胎盤形成不全は妊娠高血圧腎症(妊娠高血圧症候群)の発症基盤と考えられており、APSは妊娠高血圧症候群、特に早期発症型・重症型の明確なリスク因子である。APSの分類基準でも「重症妊娠高血圧腎症・子癇または胎盤機能不全による妊娠34週未満の早産」が妊娠合併症の項目に含まれている。このほか、習慣流産、妊娠10週以降の原因不明の胎児死亡、胎児発育不全なども起こしやすい。
- ×e. 副腎皮質ステロイドが第一選択薬である。
誤り。APSは自己免疫疾患であるが、副腎皮質ステロイドで抗リン脂質抗体を消失させたり血栓症の再発を防いだりする効果は確立していない。治療の中心は抗血栓療法であり、静脈血栓症や動脈血栓症の既往がある場合はワルファリンによる長期の抗凝固療法、妊娠中は低用量アスピリンとヘパリン、動脈血栓症では抗血小板薬の併用も考慮される。ステロイドが用いられるのは、SLEなど基礎疾患の活動性を抑える場合や、短期間に多臓器で血栓が多発する劇症型APS(カタストロフィックAPS)に対して抗凝固療法・血漿交換・免疫グロブリン大量療法などと組み合わせる場合である。
抗リン脂質抗体の種類
・ループスアンチコアグラント(LA):リン脂質依存性の凝固時間(APTT、希釈ラッセル蛇毒時間など)を延長させる抗体。血栓リスクとの関連が最も強い。 ・抗カルジオリピン抗体(aCL):β2-GPI依存性のものが病的意義をもつ。 ・抗β2-GPI抗体 このほか、梅毒血清反応(脂質抗原を用いるRPR法など)の生物学的偽陽性もAPSでみられることがある。
臨床症状
・静脈血栓症:深部静脈血栓症(最も多い)、肺血栓塞栓症、網膜中心静脈閉塞症、脳静脈洞血栓症、Budd-Chiari症候群など ・動脈血栓症:脳梗塞・一過性脳虚血発作(若年性脳梗塞の原因として重要)、心筋梗塞、網膜中心動脈閉塞症、腸間膜動脈血栓症など ・妊娠合併症:習慣流産、子宮内胎児死亡、妊娠高血圧症候群、胎盤機能不全、早産 ・その他:網状皮斑(リベド)、血小板減少、心臓弁膜症(弁の肥厚・疣贅)、腎微小血管症など
診断(改訂札幌基準/シドニー基準の要点)
臨床基準を1つ以上かつ検査基準を1つ以上満たすものをAPSとする。 臨床基準 1. 血栓症:画像や病理で確認された動脈・静脈・小血管の血栓症 2. 妊娠合併症: ・妊娠10週以降の原因不明の形態正常な胎児死亡が1回以上 ・重症妊娠高血圧腎症・子癇または胎盤機能不全による妊娠34週未満の早産が1回以上 ・妊娠10週未満の原因不明の連続3回以上の自然流産 検査基準(12週以上の間隔をあけて2回以上陽性) ・LA陽性 ・抗カルジオリピン抗体(IgGまたはIgM)中等度以上の力価 ・抗β2-GPI抗体(IgGまたはIgM)陽性 ※抗体の一過性陽性は感染症などでもみられるため、12週以上の持続確認が必要である。なお2023年にはACR/EULARによる新たな分類基準も発表されている。
治療
・血栓症の既往あり:ワルファリンによる長期抗凝固療法(PT-INR 2.0~3.0程度を目安)。抗体が3種類とも陽性で動脈血栓症既往のある例などでは、直接経口抗凝固薬(DOAC)はワルファリンより血栓再発が多いことが示されており推奨されない。 ・動脈血栓症:抗血小板薬(低用量アスピリン)の併用を考慮する。 ・妊娠時:低用量アスピリン+ヘパリン。ワルファリンは催奇形性のため使用しない。 ・劇症型APS:抗凝固療法+ステロイド+血漿交換/免疫グロブリン大量療法など。 ・抗体陽性でも症状がない場合は、リスクに応じて低用量アスピリンなどを検討する。
APTT延長をみたときの鑑別
凝固因子欠乏(血友病A・Bなど)はクロスミキシング試験で正常血漿を加えると是正される(欠乏パターン)。LAや後天性血友病(第VIII因子インヒビター)では是正されない(インヒビターパターン)。LAは血栓傾向、後天性血友病は出血傾向を示す点が対照的である。
POINT
・APSは抗リン脂質抗体(LA、抗カルジオリピン抗体、抗β2-GPI抗体)による動静脈血栓症と妊娠合併症を特徴とする。 ・検査ではAPTTが延長する(PTは通常正常)が、生体内では血栓傾向を示す。 ・血小板は減少することがある。 ・習慣流産・不育症、子宮内胎児死亡、妊娠高血圧症候群、早産のリスクが高い。 ・妊娠は禁止ではなく、低用量アスピリン+ヘパリンで管理する(ワルファリンは催奇形性のため避ける)。 ・治療の基本は抗血栓療法であり、ステロイドは第一選択ではない(SLE合併例や劇症型APSで用いる)。
